現代アートのイベントが連続開催
筆者から見ると、エジプトの人々はどちらかというと保守的・懐古主義で、歴史あるものを好む傾向にある。特に音楽シーンにおいてそれは顕著で、例えるなら令和の今も、昭和歌謡を若者たちが歌うようなイメージだ。それはアートシーンでも同じだと思っていたが、踏み込んでみると着実にうねりとなりつつある、新たな動きが見えてきた。
昨年、エジプト史上初となる「ピラミッド前」での現代アートの展覧会『Future is Now』が開催され大きな話題を呼んだ。
ロンドンの美大、セントラルセントマーティンズで現代アートのキュレーションを学んだナディン=アブデル=ガファー氏。彼女がファウンダーを務めるArt de Egypt(政府関係企業)の主催で、UNESCOとエジプト当局の後援を得て国内外から10名のアーティストが参加した。
その勢いはとどまることなく、今年も現代アートの展覧会が多数企画・運営されている。
この秋、注目されているのは大きく二つ。一つ目は「カイロ国際アート地区 第二弾」(Cairo International Art District Second Edition:以下CIAD)。カイロのダウンタウンの複数拠点でグループ展を開催し「アートウォーク」を提案するものだ。学芸員によるアートツアーも実施され、全作品購入可能だ。(会期:2022年10月1日〜30日)
二つ目はカイロのすぐとなり、ギザのピラミッドの前で行う現代アートの展覧会、「Future is NowⅡ」。これは、先ほど紹介した展覧会をアップデートして今年も開催する試みだ。(会期:2022年10月27日〜11月30日)
まずは一つ目のCIADを前後編でレポートする。
Cairo International Art District Second Edition(「カイロ国際アート地区 第二弾」)
カイロを訪れた人がそれぞれに口にする言葉――それは「カオス」だ。多くの場合、明確なルールが存在しない都市交通を揶揄するが、文化や建築、そして芸術についても同じような表現が使われる。古代エジプト文明、アラブ世界、ヨーロッパ、アフリカ。それらがまぜこぜになって独特のバランスを保って存在している。ここはそんな場所である。
そのことを的確に捉えた文章が、このイベントの挨拶文として添えられている。
カオスの向こう側、エジプトで親しまれているものの中に何かが横たわっている。今年のCIAD第二弾では、アーティストがエジプトの身近なものを通じてさまざまな視点を示す機会を提供したい。(中略)
――個人的、あるいは社会的自己の境界線がぼやけている場所として。CIAD の目的は、アーティストのレンズを通して現代エジプトを展示することである。
CIADは5会場にまたがるグループ展覧会だ。スタート地点はダウンタウンの中心部。比較的人通りの多いエリアなので辿り着けるだろうと甘く見ていたらやっぱり迷子になった。Googleマップが信用できない街なのだ。
一つ目の展示会場「5shops」を見つけられずに薄暗い路地を20分ほどうろうろしていると、場の雰囲気にそぐわないスタイリッシュな女子二人組が道をずんずん進んでいくのが見えた。ピンときてついていく。彼女たちはおしゃべりに夢中だったが、気づかれていたら怪しまれたかもしれない。
路地裏に現れたアート空間、5shops
もう日も暮れ、街灯はほとんどない。いくつかの角を曲がるとぽっかりと浮かび上がる四角い穴が見えた。「5shops」である。
ここでは3つの展覧会と1つの店舗が運営されていた。撮影は控えたが、すぐ脇には簡易テーブルと椅子を並べただけの露天カフェがあり、数十人の近隣住民らしき人々がシーシャ(水タバコ)を吸ったり軽食をとったり、ただ静かに座っていたりと思い思いに過ごしている。まさにカイロの日常だ。
そんな光景を横目に、まずは23名の合同展を覗いた。
倉庫のような外観と対照的に白壁が印象的な入り口の先は、ちょっとした長屋のようになっていた。なぜ5shopsなのに4つしかコンテンツがないのか不思議に思っていたら、この展示空間だけ2店舗分の空間を使って構成されていた。外から見た時の印象よりずっと広い。
唐突に現れた吹き抜けを見上げると天井から作品が見下ろしていたり、やや危なっかしい階段を上がるとロフトのような狭い部屋があったり。そこかしこに作品がひしめき合う。
剥き出しの配管。砂まみれの、外なのか中なのかわからない部屋。空間そのものがカイロのカオスを体現しており、作品それぞれの個性が発揮されるのを後押しし、ありのままを包み込んでいた。
自画像とセルフィー
隣の展示スペースに移動した。「Conditio humana and the inner image(人間の条件と内在するイメージ)」をテーマとした11名のアーティストの展示だ。扱われたモチーフは自画像である。
ボードにはこんなことが書かれていた。15世紀に生まれた自己表現としてのアート作品。ゴッホやルネ・マグリットの延長にセルフィー(自撮り写真)があるという解釈がこの展覧会の前提としてある。
それらの根底には、束の間の瞬間をとらえて心の状態を記録しようとする人間の根源的な欲求、探究心が流れている。――そしてそれは個人と社会の対話と捉えることもできる、と。
表情すら読み取れないもの、精神的な部分にフォーカスしたもの、映像作品を通じて自己を表現しようとするもの。
自画像、あるいはセルフィーを通じて同時に切り取られる情報とは何だろう。自分の中の何を表現すればその時の自分を切り取ったと言えるのだろう。そんなことに思いを巡らせながらふと背後に目を向けると、ぽっかりと空いた入り口によって道端の情景そのものがフレーミングされていた。自己と、社会と。この行き来がまるで作品の一部にさえ感じられた。
異文化を呑み込む青
最後の展示スペースは、青とカオスをテーマにさまざまな形状の壁を作り上げたアブエルナーガ氏の「The Blue Museum」だ。10畳ほどの小さな空間。打ち捨てられた遺跡を連想させるような、あるいはさまざまな概念をかき混ぜてもう一度塗り固めたような小さな壁。青いタイルのような作品には、古代エジプトやギリシャ神話、イスラム世界など異なる文化圏のモチーフがうっすらと透けて見える。
エジプトといえばナイル川のイメージが強いが、ここは意外にも「海派」が多い。地中海と紅海に接するこの地では、休みのたびにみな海の近くに出かける。人々を分断する壁と、そこに滲む宗教や文化。それらを包み込む、あるいは呑み込むような深い青が印象的だった。
今っぽさと素朴さと
二つ目の展示会場は「Access Art Space」。
5shopsのすぐそば、歩いて2分ほどの路地の突き当たりにあるアートギャラリーで、築70〜80年は経っていそうなビルの中にある。カイロのダウンタウンにはどことなくヨーロッパの気配を感じさせる建築物が多い。このギャラリーもそんな場所だった。
レコード屋か?! と呟いてしまうほど雑多に作品が置かれた最初の部屋。この部屋が常設のギャラリーなのだろう。ここを通り過ぎると広いスペースがあらわれた。
ハニー=ラシェッド氏のキュレーションで、広い空間を贅沢に使い22名のアーティストによる作品がひっそりと、しかしのびのびと呼吸しているように感じられた。
エジプトには素朴さを感じさせる工芸品が多い。ここでも、陶器やファブリックを使ったアートなど、クラフトの要素を感じさせる作品たちと出会った。塗装されていない壁もあたたかく感じられる。アーティストたちの息遣いが聞こえてきそうな作品が多くみられた。
デジタルコラージュのような作品や懐古的な作品などデジタルとアナログの融合も意識されていたが、目が離せなくなったのはこの「Like turtle」だ。木綿の生地に横顔と亀モチーフの刺繍が施されている。近くで見ると大胆なステッチのなかに繊細さがある。手がけたファトマ氏は何を感じ、このモチーフを選んだのだろう。わかりやすいようでわからない。シンプルなようで複雑。横顔の表情と同様、捉えどころのないメッセージのなかに人間味のような印象を感じ取った。
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さて、ここまででおよそ60名のエジプトのアーティストの作品を目にしたことになる。改めて思うが、カイロにはやはり夜が似合う。ここで生まれた作品たちにも同じく、夜の街が力を与えていた。雑踏と砂埃のなかで出会った路地裏のアートだが、残り3箇所の展覧会はぐっと違う表情となる。次回、紹介しよう。