秋田公立美術大学が掲げる「複合芸術研究」
東北唯一の公立美術大学として知られる秋田公立美術大学(以下、秋美)。4年制大学として開学したのは2013年と比較的最近のことだ(前身は秋田公立美術工芸短期大学)。
TDが2021年に取材した東北芸術工科大学(「山形で考える、これからのアート/デザイン教育」前編/後編)は、キャンパスが町となだらかに繋がる「町に開かれた美術大学」だった。それに対して秋美にはどのような特色があるのだろうか?
秋美を象徴するのは、大学院に設置された複合芸術研究科。2017年にできたばかりのこの大学院は、一学年10名の少数精鋭の研究科として、学部からの内部進学者と他大学からの入学者がおよそ半々の構成になっている。
大学の基本理念を見ると「新しい芸術領域を創造し、挑戦する大学」「秋田の伝統・文化をいかし発展させる大学」などの文が目に留まる。いま秋田でアート/デザインを学ぶことの強みとは? そして「複合芸術」とは何なのか?
複合芸術研究科で教鞭を執る岸健太氏(複合芸術研究科教授/研究科長)と岩井成昭氏(複合芸術研究科教授/副学長)にオンラインでインタビューした。
条件は「協働」。自らの領域から越境することで新たな文化領域を創造する
岸健太氏(以下、敬称略):日本語で「複合」と聞くと「複数のものを組み合わせること」を思い浮かべるでしょう。それも間違いではないんですが、複合芸術研究科の英語名「Transdisciplinary Arts」で表現されているように、私たちは自らが専門とする領域(=disciplinary)からほかの領域へ越境(=trans)し、さらにはそれと自らの領域を変容(=trans)させることを「複合」の根本の活動理念として研究と教育に取り組んでいます。
私たちの最大のミッションは、このような「trans」の成果として新たな文化領域を創造することです。アートやデザインを含めた広域のクリエイションのどこかに根ざしながら、しかしこれまでになかった文化領域を生み出すための方法論として「複合芸術」を提示・実践しているのです。
研究科には、工芸・プロダクトデザイン・彫刻・絵画・建築・メディアアートなど、さまざまな領域を出身とする学生が在籍しています。彼/彼女らが他領域の学生や教員の領域の制作・研究と交わることで、各自の領域の内外に効果的な「揺らぎ」が生まれることを期待しているんです。
岸:修士課程ではそれぞれの個人研究である特別研究をしながら、前期では複数の学生がチームを構成してひとつのテーマに向き合う「複合芸術演習」の授業に取り組みます。
今年度は13名の学生を4つのチームに分け、また教員と助手もそれに加わり、知恵と経験を持ち寄り、テーマを定め、それを短期のプロジェクトとして実践するためにディスカッションを重ねて行動していきました。このようなチーム形式の活動を、私たちは複合芸術研究に欠かすことのできない複数形の学びの機会として位置づけ、それを「セッション」と呼び、他の授業や学生教員個々の活動の中でも積極的に応用しています。
後期では、企業や行政、民間団体などの学外の社会的組織をカウンターパートとしてプロジェクトを実践する「複合芸術実習」に取り組みますが、ここでも「複合芸術演習」と同様にセッションの形式で授業が進められていきます。
「セッション」は、音楽の「ジャムセッション」から引用したものです。ジャムセッションとは、ミュージシャンが集まって楽譜にとらわれない即興的な演奏を楽しむこと。それにならって私たちも、他のメンバーが提案するトピックに対して即興的に反応しつつ集団で論を深めていくプロセスを複合芸術研究の基本的な態度あるいは方法として経験しようとしているのです。
「複合芸術実習」ではそこに学外組織のメンバーも入りますから「セッション」を誘導するハンドリングは難しくなりますが、一方で予定調和ではない新たな事実や視座の発見が多く得られます。
岸:「複合芸術実習」では対等の関係性の中で協働する相手(カウンターパート)とともに社会実践を行なうことを必須の条件としています。最終的なアウトプットは展覧会など公共的な活動でも、デザインのプロトタイプの提案でも、リサーチプロジェクトでも何でもいいんですが、それは必ず外部の組織との協働体制によって実現されたものでなければなりません。
対価を支払いギャラリーや誌面、あるいは制作技術を入手するのではなく、実際に機能している社会的組織と自らの力を協働の形で合流させることを条件にしています。なぜなら、社会実践のために必要になること、あるいはそれによって可能になることを考えることのなかから、自身の活動に潜在する可能性が見いだされるのと同時に、現代社会の状態や課題も内部観察的に確認できると考えるからです。
修士2年になると、主担当・副担当の教員とともに個々人が「特別研究」に取り組みます。とはいえ、従来の美大のように担当教員の研究室に籠もりそれを行なうのではなく、担当以外の教員や学外のゲストなども巻き込みながら、引き続き独自の「セッション」を構成・運営して自身の研究を広げることを学生に求めています。
岩井成昭氏(以下、敬称略):たとえば、歴史的に秋田は、豊かな地下資源を生かした鉱業が盛んでした。その名残として「スラグ」や「鍰(からみ)」と呼ばれる鉱物を精錬する際に生まれる廃棄物が現在も行き場を失って放置されていることが多いのです。
閉山した鉱山に行くと、いまでもスラグが山積みになった光景を目にすることができます。1年前期の演習では、ある学生がこの素材に着目してスラグを用いた絵画や立体の制作に取り組みました。さらに、そこから鉱山の歴史的背景のリサーチが始まり、自主展覧会(「滓-echo of the mine―」展)にも発展するなど、地域におけるスラグの位置を考えることで、社会的な課題を考察する広がりをみせました。
岸:秋田はお酒が有名な土地でもあって、後期の実習では地酒の文化に着目したプロジェクトも実施しました。
中国からの留学生が主導するものですが、元々は日本の酒を製品として中国でプロモーションすることを目的としたプロジェクトでした。しかし「複合芸術演習」「複合芸術実習」のなかで地道にリサーチしていく過程で、秋田の酒造にまつわる文化、歴史、地域性、そして酒蔵で実際に働いている方々のリアルな生活のありかたを知り、少しずつ研究の対象が広がっていきました。
その結果、最終的には地酒文化をアートとデザインの視点から捉え直すべく、秋田の酒造メーカーと協働して酒文化の現状と展望を包括的に表現・理解することを目指すプロジェクトへと発展したんです。
岸:大きく分けてふたつあります。ひとつは思考実験としてのワークショップです。出店のような可動式スペースで秋田市内各所を巡り、酒造メーカーで実際に働いている方から一般の方までを対象に「お酒とはあなたにとってどのようなものか?」という素朴な問いを立てて対話を続けました。
もうひとつはワークショップから発展したプロダクト開発です。お酒の表象は味覚だけでなく視覚や触覚に訴えるパッケージでも示されます。そこで秋田の酒文化を表現するのに相応しいラベルとはどのようなものか、ワークショップを通して得られた気づきを反映させるかたちで視覚化の作業に取り組みました。
岩井:私が面白いなと思ったのは、主導した学生によるワークショップの対象が「お酒を飲まない人(飲めない人)」にまで及んでいたことです。「お酒のプロジェクト」と聞くといかにも酒好きな人が集まっているような印象が強いのですが、このプロジェクトはお酒を嗜む人もそうでない人も対象にしていた。
つまり、お酒をそのイメージも含めた広義のコミュニケーションツールとして捉えるということですね。秋田の地酒文化が地域に及ぼす作用を特定のコミュニティーの中に限定していないわけです。
岸:ちなみに、いまは便宜的に年度の前期・後期を切り分けて話していますが、実際にはその区別は明確でありません。
繰り返しになりますが、まずはベースになる「特別研究」があり、それを深めるための「演習」があり、演習で得た気づきを社会実践を通して確認する「実習」があり、その経験から理論や技法を見いだし各自の「特別研究」にフィードバックさせるというループがあるので、すべてのプロセスは繋がっているんです。
領域を広げることで視点を増やす
岩井:大学全体の傾向として、各専攻においてそれぞれ特色のあるフィールドワークやフィールドサーベイの方法論を採り入れています。すると必然的に、どの学生も地域の独自性や人々の思考に触れることになる。その中で、たとえばエコロジー、あるいは食の問題について考えるとすると、すでに魅力的な回答を見いだしている地域コミュニティに出会うこともあります。
この例は学部生の活動ですが、本学にはマタギ文化や狩猟に興味を持つ学生が比較的多いと思います。自身が狩猟免許を取得したり、マタギの方々の猟に同行したり、あるいは「生物部」というサークルがありますが、専門家に指導を受けながら大型の獣を解体したりという活動を行なっていました。こうした体験がモノづくりに与えるポテンシャルは未知数です。
岩井:活動そのものがクリエイションであるともいえるでしょう。たとえば「卒業後は農家になる」と宣言している学部4年生がいます。いまは農家の方から土地を借りて作物をつくる準備をしている段階ですが、農地で雑務のアルバイトをしながら「工芸作物をつくること」を思いついたそうです。
伝統的な工芸品にツルで編んだカゴがありますよね。あのような野山から採取した素材ではなく、ある種の箒などは「工芸作物」で制作します。その学生は「工芸作物」を通して、農業とモノづくりの新しい相利共生の関係を見つけ出したいと考えています。
学部ビジュアルアーツ専攻課題作品展示 瀧谷夏実
ほかにも、実家の水田から粘土を掘り起こして成形し、飯碗を焼成した学生もいました。ここでは、ただ器をつくるだけでなく、実家で収穫された米を炊き、その稲を育んだ土で造られた器に盛り、食するという一連の営みまでも作品化したわけです。
そこには工芸の視点、デザインの視点、アートプロジェクトなどさまざまな視点が「複合」しており、一人の作家がそれらの関係性を作品化していることが素晴らしいと思います。
岩井:それに関連してもうひとつお話ししたいのが、学部の「ものづくりデザイン専攻」でガラスの指導をしている瀬沼健太郎先生から伺った話です。
彼も複合的な視点に立った指導をしておりますが、学生との研究の一環として「陶器とガラスを同じ窯で成形する」という実験的な制作をしています。現状の美大教育では「陶器とガラスは別」との認識が色濃く残っているようですが、瀬沼先生はそこに新領域の萌芽を見いだしたのではないでしょうか。
はたして、その実験から創造されたのは、非常に魅力的なテクスチャーを持つ作品群でした。ある見方においては、ガラス業界を揺さぶる力を持つ作品だと言えるかもしれません。ただ心配なのは、このような先端的な試みを目指す学生達が皮肉なことに本学卒業後に、ガラス工房にも陶芸工房にも入れないのではないかと……いうことです。
これは、大学の学びが新しい表現を牽引していく証左でもあるために、大学としてはそのスピードを緩めるのではなく、学生の取り組みが正当に評価される環境づくりを進めていきたいと考えています。
これまでお話しした例にあるように、学部における教育研究活動が、既に大学院が目指す「複合芸術」を醸成する土壌となっているわけです。
岸:ぼくは秋をおすすめします。10月から11月に入るくらいの米の刈り入れシーズンは、農家の方々も活発に動かれていますし、栗などの収穫物もあって食べるものが美味しい。紅葉や渡りの白鳥の群れの飛行など、気候と風景はとても美しくて見どころがいっぱいです。
あとは冬もおすすめで、雪がたくさん降って風景が一変するので、秋の次はぜひ冬の景色も堪能してほしいです。
岩井:私も同じ意見で、どうせなら2月頭くらいの厳寒期がおすすめかな。
雪景色の中で秋田の人々がどんな生活をしているのか、実際に目にすることで気づくことがあるかもしれません。なので、一年で最も厳しい冬の秋田にもぜひ!
取材後記
「新しい芸術領域を創造し、挑戦する大学」や「秋田の伝統・文化をいかし発展させる大学」などの基本理念が、どのようにして「複合芸術」につながっていくのかが見えてくるインタビューだった。
お勧めされた冬の季節には、滞在型集中ワークショップ「AKIBI複合芸術ピクニック 秋田/京都」が実施される予定だ。複合芸術ピクニックは、2018年度から始まった「旅する地域考」の後継プロジェクトとして2021年度にスタートした。今年度は9月実施の夏編と1月実施の冬編にわかれて、それぞれ京都と秋田で8日間ずつ開催される。これも秋美を象徴するプロジェクトのひとつであり、取材を通して冬の秋田の魅力を垣間見ることができることだろう。
鉱山、地酒、マタギ、農業。厳しい自然と豊かな文化がすぐそばにある秋田は、ある領域から別の領域へと越境して新しい芸術(=複合芸術)を生み出すのにピッタリな土壌なのかもしれない。
岸健太(きし・けんた)
秋田公立美術大学大学院 複合芸術研究科教授。Cranbrook Academy of Art 建築学科(アメリカ、ミシガン州)修了。ポスト20世紀の人間居住(Human Habitat)の可能性と課題を探ることを目的として、東南アジアおよび国内の都市居住文化の構造と変容を探る社会実践型の研究とアートプロジェクトに取り組む。インドネシア・スラバヤ市を本拠地とするアーバンスタディーズの非政府組織「OHS -Operations for Habitat Studies-」を現地メンバーと共同主催。2017年より現職。
岩井成昭(いわい・しげあき)
秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科教授・副学長。美術家。国内外の特定地域における環境やコミュニティーの調査をもとに多様なメディアで作品を制作し、発表している。1990年代から多文化状況をテーマに、欧州、豪州、東南アジアにおける調査を進める。2010年からはプロジェクトベースの「イミグレーション・ミュージアム・東京」を主宰。その一方で拠点を秋田に置き、秋田公立美術大学大学院複合芸術研科の新設に参与したほか「創造的辺境」を標榜するなど様々な活動を並行して進めている。2013年より現職。