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「乗りものも地産地消!AZAPAの超小型FCVが目指すもの 前編:水素を選んだ理由」
名古屋に本拠を置くエンジニアリング会社、AZAPAが「北京モーターショー2020」で発表した2人乗りの超小型モビリティ「AZAPA-FDS Concept」。前編では、動力源として水素を採用した理由を中心に聞いた。バッテリーよりエネルギー密度が高く、少ない容量で長距離走れること。圧力が低い水素は取り扱いが容易であり、カートリッジ型にすればコンビニで販売したり宅配便で送ったりすることが可能となり地方の燃料問題を解決できる可能性があること。さらに各地にマイクログリッドを作ることで地域内でお金が回るようになるという、大きな計画だった。
後編では、AZAPA-FDS Conceptとはどんな乗りものなのか、そしてデザインについて話題が及んだ。直線や平面を多用した特徴的なデザインもまた、「地方」と深い関係があるという。
レゴみたいに作れるクルマ
宍戸:FDSには、2つの意味があります。ひとつは「Flexible Decomposition Structure」で、ボディ系をモジュール構造にして、組み合わせでバリエーションを作れるようにしました。もうひとつは「Function Domain System」で、FCVやEVといったパワートレイン系や自動運転、ドライバーのセンシングといった車載機能ごとにモジュール構造にして、発展性や拡張性を持たせようというものです。この2つを合わせてFDSという名前を付けました。
ボディの方のFDSですが、具体的にはアンダーボディ、いわゆるプラットフォーム部分をフロント、センター、リアに3分割し、それぞれをモジュール構造にしてつなげられるようにしました。それに合わせてアッパーボディも3分割して、レゴブロックのような形で組み合わせることで、いろいろなバリエーションを作れるようにしました。基本はフロント、センター、リアをひとつずつつなげた2人乗りですが、センター部分を2つつなげば4人乗りになります。リアのモジュールを取り換えてバンやピックアップトラックにするアイデアもあります。
あえてシンプルなモジュール構造にすることで、大規模な生産設備がなくても組み付けられます。またパワートレインなど、現地で生産が難しい部分だけは別の場所で作って持ってくることも容易になります。ですからこの構造であれば、地方や新興国などの自動車産業がない場所でも現地で作れるのです。
根津:もちろん設計上難しいところはあって、これからいろいろ検討していかなければいけない部分もあります。でも作り方から変えていかないと、地方でクルマを作るなんてことは実現しないですから。モジュール構造なら、難しい部分だけは誰かががんばって作り(笑)、それを現地に送ればいいわけです。
今、地方の整備工場とかバイク屋さんって、仕事が減っているところも多いんですよ。それですごく苦しい思いをされている方々もいます。でもせっかく設備があって技術者がいるんだから、そこでクルマが作れれば皆の利益になりますよね。「おれが中心になってこの街のクルマを供給するよ」みたいな構図ができるとすごくいいな、と思っています。
デザインもコンセプチュアルにそういうことを表現しています。といっても、これでデザインを成立させるのはなかなか大変なんですよ(笑)。赤い帯がぐるりと車体の周りを一周しているのですが、ここにADAS(先進運転支援システム)や車内のセンシング(センサーを使ったドライバーの状態検知)といった機能モジュールを入れようと考えています。またこの帯を境界としてボディを上下に分割できるようにする予定です。
基本的にこのデザインは、平面と二次曲面しか使っていません。なるべく平面で構成することで、いろいろな素材に対応できるようになります。またできるだけ曲げのR(曲面の半径)も統一しているため、簡単な曲げ型だけで作ることができ、地方でも作りやすいというメリットもあります。あまりやりすぎると形が成り立たなくなってしまうので、そこは苦労しているんですが。
宍戸:高度な生産技術は使わない、というのも設計思想として入っているんです。
根津:デザイン面では「勇気のいる割り切り」をたくさんしたので不安な部分もあったのですが、いざ発表してみたら現地でも国内でも「デザイン、いいね」と言っていただけたので、市販版で勢いが落ちたと思われないようにしたいな、と思っています。
小型モビリティはもはやライフワーク
宍戸:はい、いろいろなところで「根津さんらしい」という声をいただきました(笑)。今回はコロナ禍のため我々も北京モーターショーの現地にはいけませんでしたが、現地に赴任している日本人のエンジニアの方がコンセプトモデルを見かけて「これ根津さんっぽいですね」と気づいてくださったという話も聞きました。
根津:(超小型モビリティについて)自分の中でだんだん考えが進んできているところがあって、rimOnOでやり切れなかったという思いもあります。今回せっかく宍戸さんと組めることになったので「これがラストチャンスだ」というつもりで、必ず世に送り出したいです。自分がよいと思ったものは全部注ぎ込んでいるので、僕らしいといってもらえるのはすごくありがたいです。逆にこれまでうまくいかなかった反省も含めて、全部回収してやると思っています。
根津:今の乗りものには今の乗りものの良さがありますし、否定するつもりはまったくありません。でも今の乗りものでは救えていない人がいる、というのも事実です。特に地方の移動を考えると、取り残されている人がいます。そもそも国交省が超小型モビリティ構想を打ち出したのも、そこに視座があったからですよね。
僕としても、ローカルコミュニティの課題への挑戦はもはやライフワークになっていますので、これをやりきるまでは死ねないな(笑)、と思っています。
今回のような事業は、エネルギーのインフラと乗りもののシステムの組み合わせですから、自社だけで進めるものではなくて、仲間を作りながら進めなくてはなりません。そこに関しては、宍戸さんは本当にすごいです。僕も所属していた「Z」(トヨタの製品企画を担当する部署)で様々なクルマを企画してきましたし、そのあたりの経験は僕よりはるかに豊富です。
20年来の強力なタッグ
根津:いつからだろう……。結構古いんですよ。最初が何だったのかはもう覚えていないくらいですが、例えばアメリカでサイオンの立ち上げを一緒にやりましたよね。
宍戸:あれが確か2000年前後ですから、もう20年以上になりますか。
根津:でもその前の、サイモンがいたころから一緒にやっていましたよね。
宍戸:根津さんとはお互い違う部署だったのですが、それぞれ新コンセプトの企画をやっていたので、つながりがあったんですね。直接一緒にやった仕事としては、「bB」がありましたね。
宍戸:私は2019年の8月にトヨタからAZAPAに移りました。ちょうど7月が55歳の誕生日だったのですが、定年までの時間を考えたら「何かもっとやれることがあるのでは」と思ったんです。トヨタではいろいろなクルマの企画をさせてもらいましたが、その経験を他の場でも生かせるのではないか、と。そんなときにたまたまAZAPAから声をかけてもらい、やってみようと決断しました。
このAZAPA-FDS Conceptの企画を具体化しはじめたのは、2020年に入ってからです。例年、北京モーターショーは2020年4月なので、とっくに申込期間は終わっていたのですが、コロナ禍で9月に延期になりました。それで「出してみようかな」と。それで社内で「北京モーターショーに行きましょう」と提案してOKをもらったのですが、実は社長は2021年のことだと思っていたらしい(笑)。
根津:ちなみに、僕もそう思ってましたよ!
宍戸:根津さんに話をしたのは6月くらいでしたよね。
根津:これが他の人だったら「いやいや、あなたクルマ作りをなめてませんか」って言えますけど、宍戸さんだしなあ、と。この人は勝算があって言っているんだろうから、しょうがないなという感じですよね。
宍戸:タイトな日程だったのは重々承知でしたが……。今回はモデルメーカーのシバックスさんにお願いしたのですが、彼らもすごく協力してくれました。もともとは日本で作る予定でしたが、コロナ禍で物流が遅れていて間に合わないことが分かりました。そこで途中からシバックスさんの上海拠点での製作に切り替えたんです。だから僕らはまだ実物を見ていないんです。
根津:生まれて初めてですね。デザインした実物を見たことがないというのは。だからひょっとして中国にあるのは、本当は全部CGなんじゃないかと思っちゃうくらい(笑)。基本的にはすべてリモートで進めていましたが、製作がシバックスさんだったから安心して進められた面もあります。
最短開発記録を更新
根津:今回も、基本的に形状データの制作は僕がすべてやっています。だから今回AZAPA-FDS Conceptが発表されたときも、何人もの友達に「あのクルマ、ディレクションしたんだ」なんて言われましたけど、「いやディレクションじゃなくて、形状データは全部僕が作ってるから!」って(笑)。
根津:なんか夏の記憶が全然ないんですよね(笑)。ぽっかり空いていて。実際にシバックスさんが作業に入られたのは7月に入ってからだったと思います。まず大きなところからデータを作りはじめて、段々細かいところを詰めていってと、段階的にデータをお出しする形で進めました。作ってくださる方々のご苦労は僕も一応分かっているので、なんとかスケジュールを立てて進めるんですが、きつかったですね。
宍戸:通常だったらクルマのパッケージ図というのをCADで作って、それをベースに設計やデザインを進めていきます。でも今回はそれがなかったので、Excelで作った簡単なポンチ絵みたいなパッケージ図を作って、「根津さん、これで」って(笑)。
根津:ただ寸法感覚なんかは、さすがに宍戸さんは間違っていないので、それをもとにレイアウト図を書いて。レイアウト図も(二次元の図面ではなく)いきなり3DCAD上にダイレクトに書き込んでいく形で進めました。でも、ぐだぐだ検討しすぎて、何度も煮たり焼いたりしているよりは、かえっていいものができますよね。
宍戸:余計なことを考えず、ストレートに作れますから。
根津:宍戸さんのリーダーシップと、優秀なチームのおかげでなんとか形になりました。
根津:そうですね。最短記録すぎますよね(笑)。
宍戸:これまでモーターショーに出す様々なコンセプトモデルも作ってきましたが、普通はモデルを作るだけで半年はかけますから。その前の企画も含めると、1年は必要です。
根津:そう、最低でも1年くらいはかけます。それが今回2-3カ月ですからね。でも最終的にこうやって笑って話せて良かったなと思います。
中国で得た大きな手応え
宍戸:もともとの計画は、マイクログリッドとその周辺で走るクルマを含めて、まずは日本で実証実験をして、商業ベースまで持っていくつもりでした。そして、そのしくみを中国に持っていこうと考えていました。ところが今回北京モーターショーに出してみたら、すごく反響があったんですね。彼らは動きもすごく早い。そう考えると、中国で先にやってしまった方がいいのかなと今は考えています。
根津:幸いAZAPAは中国にもパイプがありますので、そのメリットを生かすこともできますし。
宍戸:実は、超小型モビリティの領域はすごく大きな市場規模になってきています。中国では超小型モビリティはまだ正式にカテゴライズされていないのですが、ニーズはすごくあります。特に地方のお年寄りや女性が買っています。というのも、中国のお年寄りは免許を持っていない方もいらっしゃいます。昔はそういう時代じゃありませんでしたから。
ところがだんだん生活水準が上がってきて、低価格なモビリティなら買える人が増えてきました。また中国のお年寄りは子どもと同居して、孫の面倒を見るような生活スタイルが多く、おじいちゃん、おばあちゃんが孫の送り迎えをするようなシーンが増えてきます。そのために、免許がいらない超小型モビリティのようなクルマが増えているのです。
ただ一方で、やはり安かろう悪かろうみたいなクルマも多く、事故も増えています。そこで政府が規制に乗り出し、だいぶプレーヤーが整理されました。さらに正式なカテゴライズに向けて、まさにいまルール作りが始まったところです。
根津:実は、僕たちが中国のモーターショーに出展するに当たって、彼らにとって僕らはどういう風に見えているんだろう、というのは気になっていたんです。「何を今さら」という反応もあるかなと思っていたのですが、フタを開けてみたら「組みたい」と言ってくださる企業さんがたくさんいました。我々に価値を感じてくださっていたんですね。その背景には、たぶん先ほど宍戸さんが言っていた事故の問題もあるのかもしれませんし、技術的な面を見てくれたのかもしれません。
日本でも中国でも、ローカルの課題というのは共通してあるんです。我々が今後展開を進める上で、もし「日本だけじゃ採算が合わない」となっても、中国のローカルも合わせれば成り立つかもしれません。分母が変わることで違う世界が見えてくる、ということもあると思います。
根津:実は僕、個人で「地産地消小型モビリティ(ちこも)」という商標を持っているんですね。これまでどこにも使っていなかったんですけど、このプロジェクトのためなら使ってもいいかな、と思っています!
(了)
宍戸智彦(執行役員電子制御カンパニー Vice President)
トヨタ自動車にて長年に渡りコンセプトカー、市販車などの製品企画に従事。Gazoo Racingカンパニーではスポーツカー『86』や、スポーツカーと環境技術を融合したコンセプトカー『GR HV SPORTS concept』の開発を手がける。自動車分野を中心に、マーケティングや営業関係なども含め幅広い知見を持つ。19年8月にAZAPA入社し「AZAPA-FDS Concept」の企画を立案、推進している。
根津孝太(AZAPAデザインセンター センター長)
トヨタ自動車にて愛・地球博『i-unit』コンセプト開発リーダーを務めた後、2005年に(有)znug design設立。「町工場から世界へ」を掲げた電動バイク『zecOO』、布製超小型モビリティ『rimOnO』などのプロジェクトを推進する一方、GROOVE X『LOVOT』、ダイハツ工業『COPEN』などの開発も手がける。著書に『アイデアは敵の中にある』(中央公論新社)、『カーデザインは未来を描く』(PLANETS)がある。