美しさは普遍的である
松井:僕は「調和が取れている自然な姿」に美を感じます。
朝のシーンとした空気の中、だれもいない湖で、白鳥が飛び立った瞬間とかって、たぶん殆どの人が美しいと思うはずなんです。その白鳥を見てあの鳥食べちゃおう、とかあまり思わないですよね(笑)。
それがロボットだとしても、生活の中に自然に存在していて、ちゃんと機能を果たしている姿って美しいんじゃないかと思っていて。
たとえば小津安二郎の映画の中にPatin(パタン)が入ったら……。スターウォーズとかに出ていても、なんか当たり前って感じじゃないですか(笑)。そういう、ちょっと未来の生活の中に、普通にロボットがいるということを想像していきたいですね。
そうですね。普遍性を紐解いていくと、たぶん「一番美しくて強い」というところに落ち着くんじゃないでしょうか。
無駄なものは削られ、機能は「環境そのものの形」となる
たとえば僕が使っているものだと、Bang & OlufsenのスピーカーとかライカのカメラMシリーズとかですね。あとはポルシェの911とか。
人間の生活に溶け込み、馴染んでいるものは、本当に美しいと思うんですよね。
長い時間をかけて複雑な技術を洗練させ、私たちの人生を高いクオリティで包んでくれる製品です。
技術とともに洗練された「機能そのもの」が姿となった、凛とした美しさ。先端技術と職人技が相まって高い完成度を実現している。この世界を良くする美しい製品たちだと思います。
ポルシェの911は自動車の中でもやはり特別ですね。毎回モデルチェンジで常に革新的に進化を遂げる。つまり、最良の911は最新の911であるというわけです。デザインとしては911の伝統の持つ特別なオーラを現代解釈する、という難しい仕事です。最新の人間工学に基づいた設計もそうだし、椅子の革の部分一つ取ってもそう。テクノロジーだけじゃなく、ソフト面も全部含めて最新の現代スポーツカーになる。一方で、長い歴史と共に築き上げられた911のコンセプトを保っている。
ライカのMシリーズは「カメラの代名詞」みたいなプロダクト。今もなお、脈々と続いている部分がある一方で、最新技術を投入することによって無駄なものは削られ、常に「機能そのもの」が形になっています。そして使ってみると、そこにはポルシェ911同様にライカの美学を感じることができる。この「美学」」がユーザーの感性に染み渡るのです。
実体験が感性の軸になる
ロボットデザインに限らず、本物をちゃんと見て、触って、できれば使ってみることが大事だと思います。
値段や評価にかかわらず、惹かれるものにはそれなりの魅力があるんですよね。
まずはなぜ惹かれるのかを突き詰めること。そしてもう一つ大事なのは行動に移すこと。自分がいいと思ったものを、ちょっと無理してでもとにかく手に入れてみる。
本当に良いものって、僕の基準は抱いて寝れるぐらいということですけど(笑)。
「インターネットで見ただけで、見た気になるな」って、悟ったおじさんみたいな事言いたくないんだけど(笑)。心底惚れたモノを使ってみる。 建築なら、そこに行ってみて空間を感じたり、座ってみる。
僕は今でもそういうことを大事にしています。最近だとピカソの『ゲルニカ』ですかね。幼い頃から本などで見て知ったつもりでいたんですが、実物を見ていないことに気づいて、今年になってスペインのマドリードまで慌てて行ってきたんですよ。
やっぱり本物は全然違うんですよね。描かれた筆跡からピカソの息遣いまで全部見えてきて。本物を見た後の自分は、それまでゲルニカについて話していた自分とは違う人間なんですよね。濃度が上がるというか。
本物に触れる経験が、人格や感性の軸になっていく。 だからそういうことを若いうちは大事にするといいのではないでしょうか。