「命に近いデザイン」
森本:独立のきっかけはいくつかあるのですが、一番大きかったのは祖母の死でした。私にとって初めて手がけたCDジャケットのお仕事、Mr.Children「HOME」の仕事。このプロジェクトの最中に祖母が入院してしまったんです。
仕事の合間を縫って祖母に会いに病院へ通ったのですが、病院ってなんとも殺風景で、こんな場所で残りの時間を過ごすのって、どんな気持ちだろう? と行くたびに考えさせられました。
その時、こういった場所にいるおばあちゃんたちを喜ばせることのできるデザインがしたいと思ったんです。将来は、病院とか学校といった、命に近いところをデザインしたいなぁと。
病院に通いながらMr.Childrenの『HOME』の企画で使うプレゼンテーションのカンプを作っていて。いつも通り、8案から10案ピシッと作ったのですが、あと一味何か足りないなぁという感じでした。
Mr.Childrenの桜井さんに言われた「例えば身体の7割は水だけど、当たり前に体の中にあるものほど、目で見たことない」という言葉が頭の中で響いていて、でもその部分の表現がうまくできずにいました。
そんな時、入院中の祖母が突然「キリスト教徒になりたい」と言い出して、洗礼を受けることになったんです。
洗礼式で祖母はドレスを着て白いレースをかぶっていて……、息子に車椅子を押してもらって教会へ入って行きました。
その場には家族全員が揃っていて、まるで祖母の一人結婚式みたいな状態でした。
親族一同が並んでいる姿を見て、家系図の素晴らしさに気づきました。桜井さんが言っていた感覚はこれなのかもしれないと思い、HOMEの企画ではリアルな人間で家系図を作ろうと考えました。
はい。でも、スケジュール的にギリギリで、お正月中に撮影しないと間に合わない状況でした。撮影地であるマウイ島に向かって飛行機が日本を離陸するとき、フッと身体が軽くなって、雲を抜けた頃に「この仕事が完成したら独立しよう」って思ったんですよ。
まさか自分が博報堂を辞めようと思うなんて、想像もしていなかったのですが……自然とそう思ったんです。
実は少し前に、会社の先輩たちが次々と独立して会社を去っていくということがありました。その時はただ寂しくて、「なんで辞めちゃうんですか?」としょっちゅう問い詰めていました。
そうしたら、ある先輩に「独立っていうのは、せざるを得ない時にするんだよ。何かを大成したからとか、会社に不満があるからとかじゃなくて、せざるを得ない時が、いつか森本にも来るから」と、そう言われたんです。
はい。私にそんな時が来るなんて思ってもいなかったですが、HOMEの企画の時がそうでした。
HOMEの仕事の1ヶ月くらい前、HAPPY NEWSという仕事をさせていただいた時に、「ご縁」という言葉に出会いました。
これは本当に素敵な出会いだったと感じています。そのエピソードと、HOMEの仕事、祖母の死が独立への大きなきっかけでした。
あ、あともうひとつ、決定的だったことが。
HOMEを撮影して帰国した後は「いつ独立しよう」と、ドキドキしながらそのタイミングを考えていて。いつも通りに会社行こうと思ってドア開けたら、10年間乗っていた車にカビが生えていたんです。車にカビが生えて動かない。その時、「あぁ今だ」って思ったんです。