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vol.2 つくるだけで完結しない、社会に「実装」させる美大教育
京都芸術大学の学生が老舗企業50軒を取材して製作した「100年かるた」
東京や大阪をはじめとする「都会」は、長年にわたってデザインの中心地であり続けてきた。デザインは都市文化と密接な関わりをもっており、流行の移り変わりと常に肉薄してきたからだ。それに対して、歴史と伝統の街である京都でデザインを学ぶことは、デザイナーやクリエイターにどんな影響をもたらすのだろうか。
そんな疑問に答えてくれるのが、京都芸術大学の附属機関・京都伝統文化イノベーション研究センター(KYOTO T5)だ。2018年に設立され、京都における伝統文化の継承・発展を目指し、伝統文化の再評価や人的ネットワークのリ・デザインなどに取り組んでいる。
約60名の学生が所属するKYOTO T5を率いるのが、センター長の酒井洋輔(さかい・ようすけ)氏だ。KYOTO T5以外にも、自身が主宰するデザインスタジオの「CHIMASKI」やファッションブランドの「Whole Love Kyoto」、准教授を務める空間演出デザイン学科など、多彩なフィールドで活躍している。その酒井氏がディレクションし、KYOTO T5から発表された新商品「京都100年かるた」が2021年度グッドデザイン賞を受賞した。
4年もの歳月をかけて完成された「京都100年かるた」は、京都にある創業100年以上の老舗50軒を取材し、その内容をまとめたものだ。
札が納められた箱の中には「取り札」と「読み札」が50枚ずつ(合計100枚+予備札2枚)納められている。同封されているのは、それぞれのお店の詳細が掲載されたリーフレットの「京都100年MAP」。遊びを通して、京都の街をかたちづくる歴史と文化を深く知ることができる。
本シリーズ「京都芸術大学の現在」では、第1弾・第2弾のインタビューを経て、大学全体に通底する問題意識とその思想的背景を掘り下げてきた。
それに対して本記事では、特にいま注目の「京都100年かるた」について掘り下げながら、学生が手掛ける個別のプロジェクトの内容を詳しく見ていきたい。
取材に応じてくれたのは、かるた制作をディレクションした酒井氏に加え、実際に制作に携わった空間演出デザイン学科3年生の浅野夏音(あさの・かのん)氏のおふたり。制作現場からの声をお届けする。
「かるた」着想のきっかけ
酒井洋輔氏(以下敬称略):みなさんが思い浮かべる京都のイメージは「歴史」「文化」「伝統」だと思うんです。そういうイメージをもって京都に来る人が、果たしてどれくらい本当の京都に触れ合えるだろうという疑問を以前からもっていました。「本当の京都はもっと面白いんだぞ!」と伝えたい気持ちが、KYOTO T5や「京都100年かるた」の根底にあります。
かるたを制作したきっかけは、空間演出デザイン学科の授業で「京都の新しい地図を作る」という課題に対して、学生からあるアイデアが出てきたことでした。
それは、碁盤の目のようになっている京都の街を「かるたが並んだ状態」に見立てるというもので、その視点に「創業100年以上の老舗」に絞るというアイデアをのせて「京都100年かるた」のプロジェクトが始動しました。
制作にかかった期間は、トータルで4年ほど。創業100年以上の老舗を探すところから始まり、実際に学生たちが一軒一軒訪問して取材した内容を歌にし、イラストをつけて、かるたにしました。最終的には、2021年に京都市の「ふるさと納税返礼品」として製品化されています。
酒井:リサーチを始めてみると、京都の四条界隈だけで創業100年越えの老舗が余裕で50軒以上ありました。まずはその事実に驚きながら、どうすればそれぞれのお店について、かるたで遊ぶ人に深く理解してもらえるか考えました。
普通の「いろはかるた」の場合、はじめの一文字で札を探し始めるので、歌を最後までよく聞きません。でも「絵札」の頭文字に屋号を載せて、「読み札」の最後にお店の名前という構造にすると、歌を最後まで聞かなくてはならなくなります。遊びながら、京都の街を学ぶことになるんです。
「推し札」から見えてくる街の歴史
浅野夏音氏(以下敬称略):私はこの札がお勧めです。「おこしやす もてなす心は 来者如帰(らいしゃにょき) 我が家の寛ぎ 柊家(ひいらぎや)」。
柊家は1818年創業の旅館なんですが、館内の至るところに(屋号にもなった)柊の葉の紋様が散りばめられています。それで絵札には、部屋の灯りの柊紋様をモチーフにしたイラストを載せています。
館内には「我が家のようにくつろいでください」を意味する「来者如帰」と書かれた書が飾られていました。西洋のホテルと違って、日本の旅館は家のような造りになっているので、我が家のようにくつろいでくださいねという想いが込められているそうです。そういった旅館の要素を歌やイラストにぎゅっと凝縮しています。
浅野:この札が私の「推し札」です。「半襟は 惜しまずしぶらず美意識も ゑり善(えりぜん)好み 京ごふくゑり善」。
四条河原に「ゑり善」という呉服屋さんがあるんですが、もとは呉服屋ではなくて半襟屋さんだったそうです。今風にいえば靴下にこだわるみたいなもので、ほとんど見えないところへのこだわりを「惜しまずしぶらず」という言葉に込めています。
実はこのお店には個人的に思い入れがあるんです。ちょうど20歳になったころにインタビューに行ったんですが、お店の方に「成人式には出る予定がなくて」と話したら「羽織るだけでも羽織ってごらんよ」と言ってくださって。そんなやり取りも嬉しかったですし、着物姿の写真をお母さんに送ったらすごく喜んでもらえて、思い出深いお店ですね。
酒井:ゑり善さんのコレクションしている半襟は超絶技巧で作られていて、実際に見ると職人技に感動します。歌の中にある「ゑり善好み」という言葉は、お店に飾ってあった言葉なんですが、「ゑり善」が店名なので普通はコピーとして成立しません。でも実際に半襟を見てみると「ゑり善好み」というジャンルが成立するなと思えるくらいの説得力でした。
酒井:ぼくはこれですね。「半分生かして 半分殺す 黒とろろ昆布 四条のぎぼし」。
「ぎぼし」はとろろ昆布が名物の昆布専門店。世の中に出回っている普通のとろろ昆布って、何枚もプレスした昆布の側面を機械で削って作っているんです。だから、広げると年輪みたいな模様が見えて、その一本一本がプレスされた昆布の一枚一枚になっています。
でも昔のとろろ昆布は、細かい刃が付いた包丁で昆布を一枚ずつ切って作っていたそうです。ぎぼしではその製法が守られていて、その様子が「半分生かして半分殺す」という言葉で表されていました。いまでは職人さんがほとんどいないので高価ですが、信じられないくらいふんわりしていて、味も香りも全く違います。
実際に食べてみて、100年も続くのにはわけがあるんだなと改めて思いました。だって、どのお店もバウハウスと同じかそれより年上になるんですよ(笑)。
デザイン教育としての「かるた」制作
浅野:私が関わり始めたのは2020年9月で、そこから2021年2月の完成までの間、お店のリストアップから始まって、インタビュー、歌づくり、イラスト制作、デザインまで、かなり忙しく動きました。メンバーは私を含むコア5人とサポート10人の15人体制でした。
浅野:そうですね。しかも学生なので、最初は遊び半分と思われて軽くあしらわれたり、話をしてくれても大切なことは教えてもらえなかったり。でもそれだとネットに載っているような情報になってしまうので、多いときは4回ぐらいお店に通い続けて、最終的には(2020年以前に情報が集まっていたお店を除く)40軒くらいは取材に回りました。
浅野:私は京都府外の出身なんですが、京都生活2年目にこのプロジェクトに参加して、お店を取材しているうちに、街のネットワークが見えてきたときがありました。取材中に「あそことあそこは仲がいいよ」とか「あのお店とは同級生だよ」みたいに教えてもらって、老舗同士の関係性が見えてくると街の見え方も変わってきて。街と関わっているという実感がモチベーションにつながりました。
酒井:京都って特殊な街じゃないですか。歴史的にも観光地としても他の街と違うので、街から学べることはたくさんあるはずだと思いながら、実はぼく自身、5年前まではほとんどそのアドバンテージを活用できずにいたんです。
いまから思えばもったいないことをしていたなと。なので京都や日本の文化に興味がある学生には、少なくともその関心を深めていける機会をつくってあげたいと考えています。
老舗や職人の工房を自分で訪ねるという、ただそれだけで、本やウェブで見ているのとは全然違う解像度があります。その印象は頭でなく身体に染み込んで残るもの。そういう場が街に無数にある京都のポテンシャルは大きいと思います。
酒井:今回は「創業100年以上」に絞りましたが、これを「80年以上」に引き下げると古い喫茶店が入ってきます。逆に「500年以上」に引き上げると寺社仏閣のマップが見えてくる。そんな風にさまざまな時代のレイヤーに直接触れられるのが、京都でデザインを学ぶことの強みかなと思います。
酒井:KYOTO T5のプロジェクト全般に言えることですが、お客さんに届くことを重視しています。結局、買ってもらえない限りは「自分ごと」にならないし、生活に踏み込んだレベルで理解してもらうこともありません。学生も「勉強になりました」で終わってしまう。それではもったいないので、作って終わりにならないように、デザインの力で「人が本当に欲しがるもの」を作り上げてもらいたいと思っています。
酒井:そうです。でも「教育」という面でいえば、「京都100年かるた」は作り手の学生に対してだけでなく、かるたで遊ぶ人にも同じような効果を期待しています。先ほども「かるた歌を通して街の理解度が深まる」という話をしましたが、実際にかるたで遊んだあとに四条を歩いてみると、本当に街の見え方が変わるんです。浅野さんが話していたように、街の見えないネットワークが可視化される。
そう考えると、このかるたの本当のターゲットは京都で暮らす人なのかもしれないなとも思います。「京都100年かるた」で遊ぶことによって、京都で暮らす人にも、京都に興味がある人にも、京都のことをもっと知ってもらって、好きになってもらえたら嬉しいです。
京都だからこそ学べるデザイン
前回の吉田大作氏へのインタビュー(「京都芸術大学の現在 vol.2」)に続き、京都芸術大学が「社会とのつながり」を重視するプロジェクト当事者の声を聞くことができた。
今回のメイントピックになったのは、京都でデザインを学ぶことの意義について。酒井氏はその答えとして「京都には直接知り合える老舗や職人の工房が無数にあること」、そして「さまざまな時代のレイヤーが無数に折り重なって存在していること」を挙げていた。こうしたお話は、前回吉田氏が話していた「一次情報に触れることの大切さ」にも通じる話である。
それに加えて興味深かったのは、かるたを「売ること」と「遊ぶこと」の中にも、教育的な効果が期待されているという話だった。具体的な営み(売ることや遊ぶこと)の中に「デザイン教育」の本質を見出すことによって、より解像度の高い実践が行われているように感じられた。
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次回は、毎年卒展シーズンに東京で開催される京都芸術大学の学生選抜展「KUA ANNUAL」を支えるキーパーソンであるヤノベケンジ氏、キュレーターの服部浩之氏、アシスタント・キュレーターの学生へのインタビューをお届けします。
「学生選抜展 KUA ANNUAL 2022」
会期:2022年2月24日(木)〜26日(土)
会場:東京都美術館(東京都台東区上野公園8-36)
電話番号:03-3823-6921
開館時間:9:30~17:30(入場は閉館の30分前まで)
公式Twitter:@kua_annual
酒井洋輔(さかい・ようすけ)
KYOTO T5センター長。京都芸術大学空間演出デザイン学科及び大学院文化創生領域 准教授。デザイナー。 https://chimaskidesign.jp https://wholelovekyoto.jp
浅野 夏音(あさの・かのん)
兵庫県出身。空間演出デザイン学科3回生。