「ふつう」を極めた本文用書体、ヒラギノ
私たちが考える以上に、書体(フォント)の影響力は大きい。良い内容なのに、フォントのせいで何となく古臭く見えたり、スッと頭に入ってこなかったり……。心を込めた文章やキャッチコピーを違和感なく読み手に届けるためには、書体が持つ力を無視できない。
今回は数ある書体の中でも「ヒラギノ」という本文用書体を開発した「書体設計士」である、字游工房(じゆうこうぼう)代表の鳥海修氏を訪れた。
そんな中でのヒラギノの登場は多くのデザイナーたちの表現の幅を広げ、瞬く間に「使い勝手の良いベーシックな書体」としてのポジションを確立した。
さらにヒラギノが注目を浴びたきっかけが、2000年のmacOSへの搭載だ。これにより、デザイナー以外の人にとっても馴染みのある書体となった。
今から18年前に幕張で行われたApple社の新商品発表会。その日、スティーブ・ジョブズ本人がヒラギノを標準フォントとして搭載することを発表した。鳥海氏は、その時の様子を今も鮮明に覚えているという。
あの時は、晴れがましい気持ちでしたね。昨日のことのように覚えています。ジョブズがヒラギノ明朝体のウェイト6の「愛」っていう文字を指差して「Cool.」とおっしゃった瞬間は、本当に嬉しかったですね。会場の皆さんも少しざわついた感じでした。作った文字が、こんな風に日の目を見ることができたのは幸せです。(本編より)
気が遠くなるほどのこだわり
書体のデザインは数年にわたって手掛けられることも少なくない。インタビューの中で鳥海氏は、最初にどの文字から作るのか、そのあとでどうやって大量の文字を仕上げていくのかなど、私たちの質問に対して丁寧に、本当に丁寧に語ってくれた。
一つひとつのエピソードから見えたのは、気が遠くなるほどの「こだわり」だった。
例えば「宀(うかんむり)」という部首一つとっても奥深い。この写真は見せてもらったヒラギノの「原字」だが、ここに写っている12文字の全ての「宀」は微妙に異なる形をしている。それぞれバランスを見ながら作り直されているのだ。
また、本記事のトップに掲載した、ホワイトボードに書かれた「の」という文字。シンプルに見える「曲線部分の筆の『返し』」がどうしたら一番美しく見えるか、太さはどのくらいが最適か、繰り返し考えるという。
思わず「そんなに大変な作業、途中で嫌になる時はありませんか」と尋ねてしまった。鳥海氏のそれに対する答えは、ぜひインタビュー本編で読んでほしい。
「水のような、空気のような書体」
「本文用」にこだわってこれまで数々の書体を生み出してきた鳥海氏。一貫して心がけているのは「水のような、空気のような書体を作ること」だという。
著書の中で彼は、そのために「ふつう」であることが重要だと述べている。
大切なのは正確に読むことができて文字に引っかからないこと、そのためにはふつうであることが重要だ。ふつうとはどういうことか。だれにでも違和感なく受け入れられること、つまり個性がなく普遍的であるということ。(著書『文字を作る仕事』(晶文社)より引用)
インタビューの中では、このことに加え、今後は「時代にあった書体」を作ることが大切だとも語ってくれた。PC、スマートフォンやタブレットなどの比較的大きなディスプレイからApple Watchのような小さなデバイスまである現代。同じ内容のWebコンテンツでもモニターの大きさが異なると書体の印象も変わってしまう。鳥海氏はそういった状況に対応できる書体の開発にも意欲を見せていた。
来週から始まる本編では、鳥海氏が考える文字の魅力や、これからの文字に対しての考えなどを、3回に分けて深くお伝えしていく。ヒラギノ以外にも、初の自社ブランド書体である「游シリーズ」や現在制作中のWebフォントに関するお話など、貴重な制作秘話の数々を聞くことができた。
デザイナー以外でも、文字を扱う編集者、作家、ビジネスマン、学生など、ジャンルを超えた多くの方にぜひ読んでいただきたい。お楽しみに!
※『【連載】書体デザイナーが生み出す、究極の「ふつう」vol.1 』は5月18日(金)更新予定です。