漢字から作り始める理由
鳥海:最初に作るのは、漢字です。
漢字って画数が多いじゃないですか。仮名は画数が少ないので、線を太くしようと思えばかなり太くできます。しかしその太さに合った漢字を作ろうとすると画数が多いので作れなくなってしまうんですよ。
例えば「酬(シュウ)」という字があるでしょう。これは点を含めると、縦に10画もあるので、線が太い文字は作れない。だから、そういった画数の多い漢字から太さを決めていくんです。
太い書体を作る時はこういう画数の多い漢字を参考にしながら、どこまで太く見せるかを考えていきます。そうやって画数の多い漢字を作りつつ、「力(ちから)」など画数が少ないものの太さも、バランスを見ながら検討していきます。
字の大きさも同じですね。例えば「今(いま)」は、ひし形に収まるような形をしていますね。ひし形って、正方形の枠に収めると小さく見えるでしょう。だから何も考えずに作ると他の文字より小さく見えてしまいます。
そういった文字はなるべく大きく書く。そのような特徴のある文字と比べながら他の文字を作っていくんです。
はい。字游工房では、はじめに基準となる書体見本の12文字を、次に種字と呼ばれる400文字を作っていきます。
12文字の書体見本には、画数の多い「酬」や「鬱(うつ)」、極端に画数の少ない「力(ちから)」や和数字の「三(さん)」などが入っています。
例えば明朝体の「三」って、横線に三角の鱗しか付いてないわけですよ。明朝体の横線は画数が多くても少なくてもほぼ同じ太さなので、鱗の大きさで文字の強さを表現しなくちゃいけないんです。
400文字の種字には使用頻度の高い部首を持つ漢字が入っています。ごんべんの「訣」や女へんの「妙」 など。例えば、「訣」のつくりとりっしんべん、さんずいとを組合せて「快」「決」を作ります。「妙」の「少」はてへん、いとへんと組合せて「抄」「紗」を作ります。このように種字の部首を分解し、組み合わせて残りの文字を作っていくんです。
ところどころに墨入れや修正の跡があり、鳥海さんたちの「粘り」が伝わってきた。
「の」と「国」の一番太い部分を見比べる
漢字ができたら、それに組み合わせる仮名の太さや大きさを検討していきます。例えば、「の」の一番太くなる右下の部分と、国(くに)の部首、「囗(くにがまえ)」の右の縦画。この2つのバランスを見ながら、太さを決めていきます。「の」の一番太い部分は、囗(くにがまえ)の右縦画の太さよりも大体110%ぐらいの太さがないと「国の〜」のような文字組みをした時に、ピッタリといかないんです。
ちなみに、「囗(くにがまえ)」の縦画って、左右で太さが異なるんです。一見、同じように見えるけど、右の方が太いんですよ。実際に筆で書く時って、右の方が力を入れるじゃないですか。左は軽く書いて、次の横画は右上がりに書いて、筆を抑えてぐっと下に持っていくでしょう。気づかないような「こだわり」が、それぞれ詰まっているんです。だから、文字を作るのはとても大変ですが、面白いんです。
大変ですよ(笑)。例えば、「ここを少し太くしてよ」という指示が入ったとします。「空きがちょっと変だから」といった説明を受けるわけです。それで太く修正した文字を1つ完成させると次に進みますが、次の文字には前の理屈が通用しないんです。
この文字で正しかったことが他の文字にそのまま反映できない。また別の話なんですよ。
だから、ひとつずつ繰り返し、ゼロから考えなくちゃいけない。その繰り返しを10年くらい経験してやっと、どんな文字でもデザインできるようになってきたなと感じられるようになると思います。
全部ですね。すべて難しいです。
何が良いのか、何を拠り所にしていいのか分からないんです。
例えば、「く」っていうのは縦長で、「へ」は横長じゃないですか。「へ」と「く」の幅が狭いとか、どこまで広くするかっていうのが組み版上、とても重要なポイントですが、どこが適切なのか正確に分からない。
「あ」や「の」のアール(曲線)も同じように難しい。アールの筆の返しみたいな部分の形が分からない。
正解の形なんて無いけれど、誰もが読みやすくて美しい文字にしないといけない。文字を四角の中に設計していくっていう理屈は分かるけど、その中でどうデザインしていくべきか、いつも悩むんですよ。
明朝体の「の」という一文字にも複雑な筆づかいが隠れているという。