切手デザインの「ものさし」
玉木:8名のデザイナーがいます。採用は不定期に行われていて、基本的には欠員があったときに募集しています。直近では2017年にありました。
前回の募集の時も応募があるか不安だったんですが、ふたを開けてみると大きな反響がありました。
切手は基本的に子どもから大人まで人に使ってもらうものですから、作家性よりも人の意見を取り込んで咀嚼する能力が求められます。
切手デザインに限らず、デザインの仕事には全ての工程で「コミュニケーション」が重要。
例えば印刷技術を深く知ることで表現の幅は広がりますが、知っているだけではだめで、印刷を担当する技術者と綿密なやりとりをする必要があります。切手の場合、2〜3度校正を取ります。そのなかで自分の表現したいデザインを決めて、きちんと言葉にしていく必要があるんです。
また、記念切手など、外部の関係者との調整が必要なものも多いですよね。推薦元である省庁や主催者等とのやりとりも発生します。
日頃デザインに触れることが少ない方と打ち合わせをする場合にも、わかりやすくデザインコンセプトを伝える、という技術が必要になります。
それから切手の場合、差別的な表現や、プロパガンダにつながる表現がないかは特に気を使います。全日本国民が目にし、また、時には国を代表するデザインという見方があるため、そういう意味では緊張感がある仕事だと思います。
ぼくが愛知県立芸術大学に入学したのは1987年でした。そのころはバブル景気の真っ只中、デザインも華やかな時代だったので、当たり前のように広告やパッケージの世界を目指していました。
ですから切手デザイナーになるつもりはなかったんですが、4年生になったあるとき、郵政省の仕事をしていた先生から「切手デザイナーの募集があるが受けてみないか?」と言われたのがきっかけでした。
最初にその話を聞いたのは電話だったんです。でもその時、僕は不遜ながら「切手か……」と。「ちょっと考えさせてください」と言って、一度電話を切ったんですよ。今考えれば失礼な話だったなと思うんですが(笑)。
大学院の先輩と話す中で「広告やパッケージデザインは中途でもできるけど、切手のデザインはこのチャンスを逃したらできない」と言われ、翌日先生に改めて「受けます!」と連絡しました。
そうして運良く採用してもらえて、1991年に入省しました。
最初は切手関連のパンフレット制作などからスタートしました。当時はデザインがデジタル化する前。DTPソフトなどはもちろんなかったので、「版下」を作る作業があり、それが最初の仕事でした。
あとは新人の仕事として重要だったのが、万国郵便連合(UPU)という国際機関から送られてくる世界の切手をファイリングして整理することでした。この作業、つまり自国や他国の様々な切手デザインに触れる中で、切手デザインの面白さに開眼したと言ってもいいくらいです。
地味な作業でしたが、今思えば切手デザインの「ものさし」を作ってくれた大切な仕事だったと思いますね。
世界の切手を見ると、キラキラしていたり変わった形をしていたり、色んなデザインがあります。最初はそうした派手なものに目を奪われましたが、しばらくすると普通切手が持つ「飽きない魅力」に気が付きました。
その代表格がイギリスの普通切手。とにかくぼくはこの切手が大好きなんです。
写真はイギリスの普通切手
そもそもイギリスは世界で最初に切手を作った国で、始まりは1840年にローランド・ヒルという人物が近代郵便制度を確立させたことに起因します。そして同じ年に発行されたのが、ヴィクトリア女王の横顔を象った「ペニー・ブラック」、世界初の切手でした。
歴史的な背景が色濃く現れていることもあり、イギリスの切手は世界中に愛好家がいて、ペニー・ブラックのエンタイアがなんと3億円を超える価格で取り引きされたこともあるんです。
現在のイギリスの普通切手は、洗練されていて手を加える余地がない。未だに憧れる切手デザインです。
イギリスでは180年以上にわたって時の君主の肖像を切手の題材として、統一したデザインの色違いで発行し続けています。長く一貫しているところに、イギリスらしさがある。そんな風にも受け止めています。
切手から見える「お国柄」
諸外国の切手を比較してみると、いろいろなことが見えてきますよ。
先ほどお話ししたイギリスでは普通切手のデザインが統一されていますが、アメリカを見るとかなりバラバラなんです。なぜかというと、アメリカでは各州の郵便公社が交替で切手を制作しているからと聞いたことがあります。
(玉木氏提供資料より引用)
だからワシントンの切手にはホワイトハウスがあしらわれたり、サンフランシスコの切手は西海岸風のデザインになったり、中西部の切手は雄大な風景のデザインになったり。各州によって、自国の見方が違うんだと思います。
フランスの普通切手は「マリアンヌ」と呼ばれています。女性の肖像がデザインされていて、いかにもフランスらしい感じがします。大統領が変わるたびに普通切手のデザインが変更されるので、その時々の大統領の女性の趣味が反映されているのではと、マリアンヌ切手好きの仲間と話すと必ずそんな話になります(笑)。
フランスの普通切手
(玉木氏のコレクションより撮影)
ドイツの普通切手は値段ごとに異なる花のモチーフがあしらわれていて一目でわかる、合理的でドイツらしいデザインですよね。
個人的に気に入っているのはイスラエルの記念切手で、縦長で聖地のモチーフが採り入れられています。ぼくとしては、お手本のようなグラフィックです。デザインが単純化されつつ洗練されているのは、紛争が続くイスラエルには古い建物や美術品が残っておらず、実物を見る機会がないため、デザイナーたちの感性でエッセンスを上手に抽出した結果なのかなと思います。
(玉木氏提供資料より引用)
日本の普通切手は、花や鳥、風景など「日本の自然」で構成されています。世界の切手と比較すると「ドイツ型」に近いようですが、ドイツほど統一されているわけではありません。でも、普通切手の中に「慶弔切手」があることが特徴的で、日本らしさを表しているように感じますね。日本人ならではの気遣いがあるのかもしれません。
切手から漂ってくる時代の空気
そうだと言えます。切手ができた当初は「お金の延長」という感覚だったので、紙幣をベースにしたデザインが採用されていました。格調高いデザインだったのですが、切手の社会的な地位が「金券」から「商品」へと変わっていったところがあります。
たとえば、友達に手紙を送ろうと思ったときに、紙幣みたいに重厚な絵柄の切手はフィットしませんよね。時代とともに「重さ」よりも「軽さ」や「かわいらしさ」が志向されるようになってきたといえます。
デザインには如実に反映されていますね。たとえば戦前の切手を見てみると、国威高揚やプロパガンダのためのメディアになっている。国内外へのアピールとして使われた時期があり、それは世界各国で多く見られます。
しかし戦争が終わると一転して、国民の方を向いたデザインになっていきます。切手のデザインが明るくなっていく。
象徴的なのは、1948年に発行された『見返り美人』。発売時、国民の間には大きな衝撃が走ったそうです。日本画をモチーフにした大きな切手で、郵便局に並ぶやいなや行列ができ、すぐに売り切れたと聞いています。
(玉木氏のコレクションより撮影)
この頃はまだまだ戦後まもない、趣味の少ない時代。切手収集はポケットの中の小銭で楽しめるエンターテインメントの一つだったんです。庶民の生活と心を少しでも豊かに潤したい、国民に喜んでもらえる挑戦をしたいという、切手デザイナー(当時は「技芸官」と呼んだ)たちの静かな気概を感じますね。
高度経済成長期からは、よりカラフルで楽しさや勢いを感じるデザインになっていきます。
僕が個人的に「最上級のデザイン」だと思っている切手の一つに、1961年から順次発行された東京オリンピックの寄附金付き切手があります。
価格に注目して欲しいのですが、5円の切手に5円の寄附金が付いている。つまり倍の値段なんです。当時はまだ今ほど豊かではない時代。その中でなんとしてでも東京オリンピックを成功させるんだという国民の悲願を見ることができます。6回に分けて発行されたのですが、そのどれもに情熱を感じます。
(玉木氏のコレクションより撮影)
1980年代には、マイケル・ジャクソンやマドンナの来日など、世間を賑わせた「外タレブーム」があり、すこし遅れて1990年代には日本の切手にもディック・ブルーナが起用されたりと、常に時代の空気感が反映されています。
そうですね。フォントが全て手書きだったりと、デザインそのものから感じる温かみもあるとは思いますが、印刷技術の変化による違いも大きいのではないかと思います。
現在、切手の印刷の主流は「オフセット印刷」。かつて主流だった「グラビア印刷」は年に数えるほどしかありません。
グラビア印刷の特徴は、銅でできた円柱型の版面にダイヤモンドの針で穴(セル)を掘り、その穴にインクを詰めて転写することです。平面的に転写するオフセット印刷と比較すると、インクに厚みが出て重厚感が生まれます。また、インク自体が水性かつ半濁していることもあり、印刷したときに独特の風合いが出るんです。この風合いが温かみを感じられて好きだ、という声は今でも多いですね。
ちなみに、写真などクリアな印象がほしいものにはオフセット印刷、浮世絵や日本画など、絵の具が透明でない素材で制作されたものを表現する際にはグラビア印刷が向いていると言われることがあります。
マーケティング的な発想も必要
もちろん、いつも悩みますよ。例えば地方を題材とした切手。アイデアは割と思い付きやすいのですが、地域性を押し出し過ぎると現地でしか売れなくなってしまいます。日本全国どこででも売れることも必要で、そのためにローカリティをどれだけ出すか、あるいは出さないかのバランスが難しいなと思っています。
また、国の記念日や周年などの記念切手では比較的堅いイメージのモチーフが選ばれがちですが、利用者層を考えてやわらかい方向のモチーフにすることも少なくありません。
郵便局にいらっしゃるお客様の7~8割は女性だといわれているので、堅いデザインの切手だと、あまり喜んでいただけないんです。
ですから堅い題材を扱いつつも、いかにお客様の心にフックするように仕上げるかというところでデザイナーの力量が試されるんです。
メーカーさんなどと比較するとかなり穏やかだと思いますが、目標もあります。
ただ、切手の利用者層は高齢化していて、これからキャッシュレス化の流れが進んでいくのでしょう。SNSも発展していきます。切手や文通にとって、順風満帆と言える環境ではありません。
蒸気機関車や黒電話がなくなっていったように、より便利なものが選ばれるようになるのはあたりまえのこと。ただ、手紙や切手がゼロになることはないとも考えています。
手書きには、デジタルのテキストでは表現しきれないメタ情報がある。昔の恋人にもらった手紙を見返すと、当時のことが蘇ってくるじゃないですか(笑)。そうしたコミュニケーションは、価値あるものとしてこれからも残っていくと思っています。
1週間でデザインを完成させた『東日本大震災寄附金付切手』
難しかった切手ですか。特に心に残っているのは『東日本大震災寄附金付切手』ですね。あれはとにかく難しい仕事でした。
忘れもしない、2011年3月11日の金曜日。都内のオフィスで大きな揺れを感じ、交通機関も止まって……あの日は歩いて4時間くらいかけて家に帰りました。その週末はずっとテレビを見て「大変なことになったな」と。同時に、寄附金付き切手が動き出すだろうなとも考えていました。
災害などに関連した寄附金付き切手を発行する際に、第一に求められるのはスピード感です。被災地の悲しみに寄り添い、国民とともに立ち向かっていくには、とにかく早く動く必要があります。
翌週、早速、寄附金付き切手を発行することが決まりました。今回は未曽有の災害なので初めての試みとして「災害そのものをテーマにした切手」を制作することになりました。
発行日は6月21日に決定。ぼくらは普段、一枚の切手を3~4ヶ月かけてデザインするんですが、そのときは実質的にデザインにかけられる期間が1週間ほどしかありませんでした。
※後編は8月7日の公開予定です。
玉木 明(たまき・あきら)
1968(昭和43)年、三重県生まれ。愛知県立芸術大学美術学部デザイン科卒業。 1991(平成3)年郵政省(当時)に技芸官として入省。以降、切手デザイナーとして数多くの切手を手掛ける。これまで手掛けた切手はおよそ160件、1,000種類近くに上る。(2020年7月現在)