聞き手:藤本 彰
画像提供:俣野 努 氏
海外自動車メーカーでの経験が全て集約されたマツダでのプロジェクト
俣野:そうですね、最初に戸惑ったのは、広島のマツダ本社から送られてくる図面が全て1/10スケールだったことです。アメリカやドイツのメーカーでは、絵も図面もスケールは実寸が当たり前。それに慣れているから、1/10では実体感が全くないんですよ。
例えば20ミリのスペースなら指が入るか入らないか一目で判断できるのですが、1/10だと2ミリですからね。散々文句を言って、ようやく1/2スケールの図面が送られてくるようになりました。それでも1/2ですよ。
後から理由を知ったんですが、アメリカやドイツではフルサイズの製図台があって全て実寸でドローイングできるのに対し、広島では設計者の机が小さいので実寸大の図面は机に広げられないんですよね。そして、エアブラシでフルサイズの絵を描いてもそれを遠くから眺めるだけのスペースがない。だから図面がみな小さかったんです。
MPVの最初のモデルを北米マツダから日本に向けて提案した時の話です。プレゼンテーションを始めると、デザイナーたちが車を間近で見るために近寄ってくるので車が見えなくなってしまうんです。「アメリカでは遠くからプロポーションを見ることが大事なので離れて見て下さい」と言って彼らを10メートルくらい引き離すんですが、また5分くらいするとじわじわ寄ってくる。
もっとも、アメリカでは常に30メートルほど離れたところでプロポーションを確かめられるだけの敷地があるのに対し、広島ではそれだけの敷地が確保できないという事情もあったのかもしれません。だから30センチの距離から車を眺めることが身体に染みついていたんですね(笑)。
そういう事情ですから、当時の日本車は細かなディティールに凝っている反面、遠目で見た途端にプロポーションが崩れてしまう事が多かったのかもしれません。しかしアメリカで売るなら、プロポーションや骨格をきちんと作り込まないといけません。ミニバンの1.5Boxボディは今までになかったプロポーションですから、特にそのあたりをしっかり押さえる必要があったのですが……。
アメリカでは「リアのデザイン」に気を配る
アメリカ人は全く逆。スーパーマーケットなどでは後ろ向きに駐車してそのまま颯爽と歩いて店に入り、戻ってきたらバックで車を出します。だから僕は「リアのデザインに気を配った方が、米国でブランドアイデンティティを築くには有効である」という結論を出しました。特にトヨタや日産など、他の日本車と差を付けるためにはね。
加えて言うなら「感情を盛り込んだデザイン」をするというのが僕らの思想でした。ミアータについてはお話ししたとおりですが、RX-7も、MX-6も同じです。ところが日本に提案すると彼らは勝手にデザインを変更してくるんです。「アメリカのやつらはハンバーガーだのステーキだの脂っこいものばかり食べているから、デザインが太って重たくなりすぎている。だから日本で贅肉を取ってやった」とか言って。
でも僕らからすれば、購入するのはアメリカのお客さん。日本の価値観で考えれば正しいことでも、アメリカの価値観では受け入れてもらえないこともあるんですよ。
米国での現地生産が可能ならこういった価値観の違いによる軋轢は起きないのですが……、マツダの場合は日本で作って世界に売るわけですから、こういう葛藤がどの車種でも起こりました。