(前回の記事) vol.4「海外経験を結集したマツダでの取り組み」
聞き手:藤本 彰
画像提供:俣野 努 氏
サンフランシスコの美術大学で教壇に立つ日々
俣野:アカデミー・オブ・アートは1929年に設立された、アメリカ国内では最大規模の私立美術大学です。創始者は画家であると同時に『サンセットマガジン』という雑誌のアートディレクターを務めていた方で、当時、腕の良い写真家やグラフィックデザイナー、イラストレーターが西海岸におらず、わざわざニューヨークやシカゴから招いていたそうです。そこで西海岸でクリエイターを育てようという主旨で、アカデミー・オブ・アートが創設されました。
当初は基礎のドローイング、グラフィックデザイン、イラストレーション、写真等が主体でした。工業デザイン学部が創設されたのは1992年と遅く、カーデザイン学科が創設されたのも1998年。他の美術大学と比較するとまだまだ歴史が浅いと言えます。
©︎Academy of Art University
アートセンターと違い、入学選考のためのポートフォリオ提出は必要ありません。志望すれば誰でも入学でき、学費もアートセンターの約半分で済みます。と言うのも、アートセンターはエクスクルーシブモデルといって、学生の人数を少なくする代わりに個々の学費が高くなるシステム。一方のアカデミー・オブ・アートはマスモデルといって、学生一人あたりの学費を下げる代わりに学生数を増やすことで収支を保っているからです。ポートフォリオで選考しないため、優秀な学生が入学してこないのではないか、との見方もありますが、飛び抜けた才能を持つ学生も必ず2~3パーセント現れます。この方針で約90年間、大学を運営してきました。
オンライン講義をいち早く開始した「アカデミー・オブ・アート」
さすがにクレイモデラーを育てるうえではオンライン講義は難しいかな、と当初は思っていました。けれども、デジタルモデラーを育てるクラスであればオンライン講義が効果的だと分かり、キャンパスでの講義を中心にした従来のクレイモデラークラスと、オンラインを活用したデジタルモデラークラスに分けました。
デジタルモデラー志望の学生でも、実際のクレイに触りたいと思う人には、最後の1年間だけキャンパスに通学してもらうなど、フレキシブルな対応をとっています。
いますよ、びっくりするくらいの腕を持った学生が。前述のようにアカデミー・オブ・アートは入学前にポートフォリオで選考しませんから、どんな技量を持った学生が入ってくるか分からない反面、優れた素質を持つ学生も必ずいるんです。
才能を発掘するため、その生徒がデザイナー志望でもモデラー志望でも、工業デザイン学部では全8学期中の最初の3~4学期は同じプログラムを受けさせ、全員にクレイを触らせます。そこでクレイの腕が良いと判断した場合は、たとえデザイナーやデジタルモデラーを志望している学生であっても、クレイモデラーへの転向を勧めることがあります。
最後の3学期は実際の職場と同じように、デザイナー志望の学生とモデラー志望の学生にチームを組ませ、実践さながらの制作を行います。その際、彼らには自分の意見を押し通すのではなく、周りの意見を聴いてデザインを練り込むように、またスケッチのイメージを汲み取ってモデルを作り込むように、と教えています。
GMやメルセデスなどのメーカーにインターンとして学生を受け入れてもらうこともあります。そうした体験を経た学生は、企業に入社した時点で「私はクレイモデラーです」と胸を張って言えるだけの技術やマインド、チームプレーが身についています。そのため、就職先企業からアカデミー・オブ・アート出身者は評価が高いんです。
これは本校の特長といってもいいかもしれません。
他校のカリキュラムの場合、こういった「技術志向別の教育」が行われないので、デザイン学科に入学した学生のほとんどがデザイナーを目指します。しかし、実際にプロのデザイナーになれる人はごくわずか。たとえ技術力が備わっていたとしても、色々な理由でデザイナーになれないことがあります。
その場合はクレイモデラー、もしくはデジタルモデラーとして就職していくことが多くなるのですが、本人の意思でその職種を選んだ場合と比較すると、やる気や態度に大きな差がついてしまうことが多いのです。