UXのタテヨコナナメ vol.9デザイナー・造本作家の駒形あいさんに聞いてみた

NEW Nov 15,2024interview

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NEW Nov15,2024

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UXのタテヨコナナメ vol.9 デザイナー・造本作家の駒形あいさんに聞いてみた

文:
TD編集部 青柳 真紗美

デザインだけでなくビジネスやアカデミック領域からもUXを考えてみよう、ということで始まった当連載。第9回は、ご自身もデザイナーであり、現在は故・駒形克己さんの出版社「ONE STROKE」の代表を務める駒形あいさんとお話ししてきました。

(取材はオンラインにて実施、お写真は全て駒形さん提供)

前回の記事:UXのタテヨコナナメvol.8 「手でふれてみる世界」監督、岡野晃子さんに聞いてみた

自ら行動して経験することが体験に繋がる

早速ですが、駒形さんにとって体験を考えるとは、何を考えることですか?

駒形さん:私にとって「体験」とは、自分の目で実際に物を見て、手や足を使って情報を得るということでしょうか。自分だけで完結しない、他者や他のものとの関わりを持ちながら得ていく経験を「体験」と捉えています。

画面越しに見るだけとか、受け身で得る情報ではなく、自ら行動して経験することがキーになるのかなと感じます。
デジタルにもいい面はたくさんあると思いますが、ともすると一方的になってしまうことがあるのかなと。経験は嘘をつかないなと思います。「実体験」とも言い換えられるかもしれません。例えば、ソファに横になって情報を得ても、特に何のハプニングも起きないと思うんですけど、例えば自分で美術館に行くと、想定外なことがあるじゃないですか。急に雨が降ってきたとか、バスが来ないとか、誰かとの出会いとか。
そういうハプニングが起きた時、人は工夫すると思うんです。その工夫が経験になる。

駒形さんは、以前インタビューした岡野晃子さんの映画「手でふれてみる世界」の絵本制作も手がけていらっしゃいます。

駒形さん:映画の公開をきっかけに岡野さんから依頼を受け、手をテーマとした絵本『世界にふれる手 The Hands Touching the World』を制作しました。この絵本をオメロ触覚美術館の館長夫妻にも届けたくて、量産版の他に数冊だけ、触察本(視覚に障がいを持つ人が触って鑑賞できる絵本)も作りました。完成した本は岡野さんから夫妻に手渡していただくことができました。

『世界にふれる手 The Hands Touching the World』
特別に作った触察本

駒形さん:本の制作を通じて思うのは、本は先ほどお話した「経験」につながっている、ということです。紙に触って、ページをめくって、この段階で経験が生まれている。一般的な読書体験で言えば、タブレットでも同じ本を読むことにはなるかもしれませんが、それは情報として処理されるんじゃないかなと思います。
紙の質感を感じたり、時にはインクの匂いもしたり。怖い本だとページをめくるのが怖かったりする。子どもたちなら、お母さんに読んでもらう。それは経験を共有することにもつながりますね。私自身も子育てをしていく中でデジタルをゼロにすることはできないと感じていますが、そうした「親子で経験を共有する時間」はすごく大切だなと感じます。

ファッションの世界からデザイン・出版の世界へ

どういったきっかけで今のお仕事に。

駒形さん:桑沢デザイン研究所のファッション科を卒業し、オンワードでメンズ服のデザイナーとして約三年勤務しました。その頃、父である駒形克己が白血病で倒れてしまって。闘病しながらも活動を続けていたのですが、娘としてやはり思うところがありました。いつか父と一緒に仕事をしたいという夢もあって、うちも小さい会社なので……会社の存続も危ぶまれれば、今まで作ってきた父の本や作品がこの世からなくなってしまう。そのことを想像すると、ものすごく寂しい気持ちになりました。

それで「これはなんとかせねば」という思いで今の会社(ONE STROKE)に入社したいと父に話しました。一度も(事業を)継いでほしいという話はされたことないですし、私もファッションの会社にデザイナーとして就職してこれからという時だったので、父は非常に驚いていたんですけど、私の決意が固かったので、喜んで受け入れてくれて。

その後はこの会社で色々なことを手がけています。自分たちで本を作って出版しているので、各書店さんに対しての営業や、国内外での展示やワークショップなども行います。
現在では会社の代表として会社の経営を担っていますが、自分の作品制作も続けていて、多岐にわたって活動しています。その一方で、母校の桑沢でも授業を受け持っています。

桑沢デザイン研究所 3年生の授業「デザインの視点」講義の様子

ルールや制約が工夫を生み出す

良い体験を生み出すためのルールはありますか。

駒形さん:私は父と一緒に世界各国でワークショップを行ってきたので、その時のことを元に考えてみようかと思います。
一言で言うと、ルールや制約があること自体がすごく大切だと考えていて。それがあるからどう工夫していくかを考えるようになると思うんですよね。

駒形さんが手がけるワークショップ

例えば私たちのワークショップに相手と形を交換するプログラムがあります。何でもいいので自分で好きな形を考え、それを相手に渡す。
相手からどんな形が来るかわからない。もらった形を何か他のものに見立てて作品を作っていく、というプログラムなんですけど、その中で二つ、ルールを設けていて。

一つ目は、相手からもらった形に文句を言わないこと。
二つ目は、相手にどんな形がいいかお願いしないこと。

自由に、何でもやっていいということにはせず、ルールの中で工夫しながらやっていく方が結構面白かったりすると思います。例えばスポーツもそうですよね。サッカーは手を使っちゃいけない。バスケットボールは足を使っちゃいけない。そうしたユニークなルールがあるから人々が工夫を始めて、そうすると面白くなる。

たしかに、自分で工夫する、ということが良い体験を作るキーになるのかも。

駒形さん:例えばワークショップを思い返すと、子どもたちがのりで手をベタベタにしている光景がどんなところでも見られます。でも、観察してみると、どうやってベタベタにならないようにのりを紙に塗るか、短い制作時間の中でも彼らは結構考えてるな、と思うんです。

他にも、形を交換する際に「思ってもみなかった形が相手から届いた」ということもあります。想定外の形に困っているのが表情で読み取れても特にこちらからアドバイスとかはしないんですけど、子どもたち自身で意外としっかり考えている。そうした工夫の中で経験が生まれるのではないかなあ。それが良い体験に繋がるのではないでしょうか。

ワークショップはどんな風に進むんですか?

駒形さん:導入の説明で10〜15分、その後1時間〜1.5時間ほど制作時間をとり、最後に参加者全員が発表をします。
発表があることをお伝えすると「えーっ!」てどよどよとなるんですけど、結構それでみなさん、頑張るんですよね。

そうそう、私たちは、発表時に「いい作品だと思ったら拍手してくださいね」と投げかけるんです。ただ拍手を促すんじゃなくて「皆さんがいいと思ったら」というふうに。

「いいと思ったら」と添えるんですね。

駒形さん:実は失敗を元に、このアイデアが生まれたんです。父から聞いた話なんですが、ある時、フランスでワークショップをやった時に一人の男の子が「発表したくない」ってなったんですね。そしたら子どもたちの中から「がんばれ!」という声が上がった。すると周りのお友達がその男の子の名前を呼んでみんなで「大丈夫だよ。大丈夫!」と声をかけてくれたんだそうです。その子は作品を見せることができて、最後はニコニコの笑顔で終わった。

父は「これだ」と思ったようで(笑)。ニューカレドニアでも発表が嫌だと言ってる子がいたので、「みんなでお名前を呼びましょう」みたいな感じで……こちら側から促したんです。
そうしたらもう逆効果で。全然ダメ。その子、自分の作品をビリビリに破っちゃった。

お友達から自発的に湧いてきた声じゃなくて、大人から声をかけましょうって言ったものっていう違いが大きくあったんです。そういう失敗談から「いいと思ったら」拍手して下さいねっていう声かけに変わっていったという話を聞いてます。

発表なんてしたくないと言ってたお子さんがみんなの前で「すごーい」って拍手をもらって、自信に満ちた表情で帰っていく姿とか見ると「あ、良かったな」って思いますね(笑)。

なるほど。他にも、ワークショップの時間を良い体験にするために行っている工夫があれば教えてください。

駒形さん:一つは、親子で参加してもらうようにしていることでしょうか。父がこの取り組みを始めた当初、まだまだ「ワークショップ」という言葉は知られておらず、「何をするの?」「何を売るの?」みたいな反応だったそうです。我々自身も手探りでやっていて、初期の頃は体操を挟んだりとかもしていたそう。

最初は子どもたちだけが参加していたんです。でも、横で見ている親御さんが子どもたちにあれこれ言うようになってしまったみたいなんです。こうした方がいいんじゃない?とか、ここは作ってあげるよ、とか。
そうすると、参加しているお子さん自身が全然作ってない、考えてないということになってしまったんですって。
そこで親子を離して開催してみると、寂しかったり不安でお子さんが泣いてしまったり。泣かせてまでやるものでもない、楽しんでもらいたいのにこれでは本末転倒だ、ということで考えた結果、「そうか、お父さんお母さんも忙しくなればいいんだ」と気付いたんだそうです。

親御さんにも自分の作品に取り組んでもらうようにすると、もうお子さんそっちのけで作り始めるんですよね。「お母さん、これどうすればいいの?」とか聞かれても「んん……ちょっと待ってね……」みたいな(笑)。身近な大人が真剣になっている姿を見て子どもたちもスイッチが入るようで。それがすごく良くて、今の形につながったようです。

もう一つは、ワークショップの中で「上手」という言葉を使わないようにすること。
私たちのワークショップでは紙を切ったり貼ったりする、いわゆる工作を行うんですけど、「上手」という言葉を使った瞬間に優劣ができてしまう気がしていて。上手の一方には下手があるとか、参加者をそういう気持ちにさせたくない。

本来アートの世界は違いを楽しむもの。評価がはじまった時点で自由ではなくなってしまいます。私たちのワークショップはただ楽しむためのものなんです。このワークショップを受けたから色彩感覚が良くなるとか、人として成長できるとか、そういうことは全く謳ってなくって、同じ空間で楽しみましょう、というのをコンセプトにしてるので、暗黙の了解的に、ルールになっています。

神社仏閣の「怖さ」に学ぶ

この体験は素晴らしい、という例があれば教えてください。

駒形さん:私、神社仏閣が好きなんです。子どもの頃、どこかの神社で大きな天狗を見たんですよ。震えるぐらい怖かったんですよね。大人になった今でも、まだ天狗が怖いんですけど。
その「怖い」という感覚、大事だと思ってるんです。怖いっていう気持ちがあるから気をつけようと思う。厳かな場所、雰囲気、目に見えないものがいつも見てるぞ、みたいな……。そういうものがあることで、何かが自分を見てるかもって思うと悪いことはできなかったりするし。

神社仏閣は建築的にも工夫されていると思います。例えば奥の間に大切なものが祀られていることを自然と感じることができるけれど、張り紙も何もないじゃないですか。都会ではいたるところに注意書きがある。神社仏閣ではそういうものが何もなくても雰囲気でわかりますよね。
この先は重要な場所なんだろうなとか、今は静かにしなきゃいけないとか。誰からも何も言われてないけど自分で感じ取ることができる。そうした体験を生み出す環境づくりって、すごく深いですよね。

そういう空間、雰囲気はどうすれば作れるんでしょうね。ここでは襟を正さなきゃ、みたいな。

駒形さん:照明は大事だと思ってます。展覧会の会場も照明次第で広く見せたり、ドラマチックに見せたりできるんですけど……仏像も光の方向によって表情が変わったりしますよね。神社仏閣も薄暗いところがあったりして、そのコントラストの中で光をうまく使ってるんじゃないかな。

あとは、隠れられるような場所も必要なのかなって。でも、完全に見えないところじゃなくて、ちょっと見える、隠れ家のような……。例えば小さな子を見ていると、カーテンの裏や部屋の隅でひとりになる瞬間があって、でも絶対見つかるじゃないですか。その、隠れられるけど見つかるっていうのが結構ポイントな気がします。鍵をつけた部屋に籠る、ということではなくて、見つかるけど一人になれる場所も時にはちょっと必要かなって思うんですよね。だから明るすぎるのもね。一人でぼうっとしたりとか、考えごとをしたりとか、意外とそういうことができる空間があることが重要なんじゃないかなあ。

若い人たちに向けて、世界を広げるための一言をお願いします。

駒形さん:“Don’t think, feel”ってよく聞くじゃないですか。私はそれを”Don’t think, move”だと思ってて。「最近の若い人」という言い方を自分が言うのは嫌なんですけど、行動する前に考えすぎてる部分はあるんじゃないかな、と思うんですよね。
これだけ情報社会に生きていたらある程度仕方ないとは思います。でも、時には情報を得るだけじゃなくて、自分で行動をする、動くことも大切だと思っています。

例えば就職先とか、進路を決める時。ウェブ上の情報を鵜呑みにするのではなく、実際にその会社に行ってみると、見えてくるものがありますよね。空気や雰囲気はインターネットで得るものではなく、自分で感じ取るものだと思います。だから、自分の手足を使って動いて、そういう情報を得ていくことを意識するといいと思います。

あとは、自分の好きなものを仕事にすること。今、転職のCMもひっきりなしに流れていて、条件で仕事や会社を選ぶ人が増えてる印象があります。でも、条件だけで選ぶと、条件が変われば辞めてしまう。一つの選択肢としてはあると思いますが、それよりも何がしたいかを見つめるのが先なんじゃないかなって思ってて。

人って誰かに必要とされるときに喜びを感じるんじゃないかなと思うんです。それって日常でどういう時なんだろう? って考えてみると、多分仕事なんですよね。そうすると、やっぱり自分の好きなもので仕事をしてる時間が長ければ長いほど幸せなんじゃないかなって。条件で選ぶより、自分が好きなものとか何がしたいかとか、そういう基準で選んでいった方が心が豊かになるんじゃないかなぁと。
好きなもの、やりたいこと、何でもいいので探して、そこから広げていってほしいですね。

おすすめの本などがあればぜひご紹介いただけませんか。

駒形さん:自分たちの本になりますが、駒形克己作『Little tree』(ONE STROKE)です。木の一生を描いた本です。ページごとに異なる紙を使用し、木はそれぞれ手でひとつずつ付けられています。小さくたたずむ木はとても静かですが、寄り添ってくれるような、何かを語り掛けてくれているかのような、読むたびに大切な存在に思えてきます。

もしくは、写真家 広川泰士さんの『sonomama sonomama』です。農家の方やお寺の住職が、コムデギャルソンやイッセイミヤケなどのデザイナーズ・ブランドを着ている写真集です。意気込んで着るようなブランドの服を、いつもの日常の中で、飾らない自然体のまま、”そのまま”、着る。そして普段の表情を撮りつつその人の背景を想像させるような写真を撮る広川泰士さんは、すごい……。どちらも感性をビリビリ刺激するような一冊となれば幸いです!

今後の展開をぜひ教えてください。

駒形さん:一つは、海外の仕事を継続して広げたいと思っています。海外のいいところを日本に持ち帰ってくる、ということもできたらと。
もう一つは、目の見えない方や弱視の方、ハンディキャップを持つ方の意見を聞きながらものづくりをしていくことです。現在、東京都庭園美術館との触察プロジェクトを進行中です。今年から始めたばかりですが、このプロジェクトは私の中では結構大切にしていきたいと考えています。

最後に、体験やUXについて、この人に話を聞きにいくと面白いよ、という人をひとりご紹介いただきたいのですが。

駒形さん:城端蒔絵(じょうはなまきえ) 十六代目 小原治五右衛門(おはら・じごえもん)さんをご紹介します。名前だけ聞くと、おじいちゃんかな? って印象を受けると思うんですが、40代前半のまだお若い方で。以前お仕事でご一緒したんですが、お人柄とお考えにとても感銘を受けたので、ぜひUXや体験のお話を聞いてほしいです。

印象に残っているのが、私、以前に聞いたことがあるんです。「16代も続いていてプレッシャーを感じませんか」と。そうしたら、「小原治五右衛門は16人いるけれど全員違うんです。それぞれ個性のある方々だったので、自分の個性をどう出すかに集中できる。だから、他の治五右衛門と同じでなければいけないというようなプレッシャーはありません」とおっしゃってたんですよね。それがすごく大事なキーワードな気がしています。

駒形さんが手がけた、城端蒔絵 十六代目 小原治五右衛門氏の作品集
ありがとうございます!

今回のまとめ

駒形さんが語る「UX(体験)」は、自ら行動し、他者や環境との関わりを通じて得られるもの、という解釈が印象的でした。

・他者や他のものとの関わりを持ちながら得ていく経験が「体験」である

・ユニークなルールが工夫をうみ、物事を面白くする

・情報を得るだけではなく自分で行動をすることも大切

行動によって発生するハプニングや予想外の出来事が工夫を生み、経験を独自のものにすることが可能となり、結果的に良い体験に繋がるー。一見シンプルですが、デジタルの時代において「まず動く」ことの重要性を再発見したような、そんなインタビューでした。

 

駒形あい(こまがた・あい)

株式会社オンワード樫山にてメンズデザイナーとして勤務。その後ワンストローク入社。マネジメントからデザイン、本の制作に携わる。桑沢デザイン研究所 基礎デザイン(ファッション)担当講師。 2022・2024年 桑沢祭ファッションショー審査員 2023年 一関図書館にて絵本作家育成講座講師 2024年 スペイン Irudikaにて講演とポートフォリオレビュー、イタリア Spazio TENDAにて講演

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