図工教員の1日の過ごし方
山口秋音氏(以下、敬称略):東京都内の小学校で図工の教員をしています。学生時代は武蔵野美術大学の油絵学科で現代アート系のゼミに所属していました。卒業してからも制作を続けるか、映画関係の仕事に就くかを考えていて、教員を目指していたわけではありませんでした。けれど転機になったのは学部3年のとき。東日本大震災が起きて、それまで当たり前と思っていた前提が崩れ落ちるような体験をしました。
私がそのとき取り組んでいた内省的な作品は、もしかすると社会に対して何の意味ももたないんじゃないか、いやそんなはずはない──と葛藤するようになったんです。そこで卒業も就職も一旦見送って、大学院に進学することにしました。
大学院では制作の傍ら教員免許を取得しました。卒業後に最低限生きていける程度のお金を稼ぎながら制作していこうと思っていたためです。ところが採用試験を受けたら正規の教員として合格してしまい、小学校の図工専科に。そして今に至ります。

山口:東京都の小学校では「図工専科」といって、図工を専門とする教員が配置されています。私もそれに当たるので、基本的には図工の授業が私の仕事です。対象の学年は学校の規模によって異なります。私は、この学校では3年生以上を担当しています。
山口:出勤したらまず授業準備をして、1・2時間目の授業をします。それが終わったら中休みに片付けと次の授業の準備をして、3・4時間目の授業。給食の時間は、担任の先生の代わりに教室で給食指導をすることもあるので、急いで教室へ。5分くらいで給食をかき込んで図工室に戻って午後の授業の準備をすることもあります。

昼休み中も、図工室には子どもたちがやってきます。絵や工作が大好きな子たちや、外へ遊びに行きたくない気分の子たちです。お昼はその子たちと過ごして、午後には5・6時間目の授業。それが終わってから片付けや評価をして、夕方になってようやくそれ以外の仕事──学校の校務が始められます。
でも会議がある日はそれだけで勤務時間が終わってしまうので、そこからようやく明日の授業準備ができるみたいなこともしばしば。そんな風に休む間もなく、慌ただしい日々を送っています。
山口:勤務時間は8時15分からです。私は8時頃に出勤していますが、それよりずっと早くに出勤している先生も多いです。定時は16時45分ですが、その時間に帰れることはあまりありません。忙しい時期は20〜21時になることもありますね。

図工の授業の内容は?
山口:学習指導要領では、各学年の目標や、各学年で基本として扱う用具などが示されています。でもその目標のために、それらの道具を使って、どのような授業をするかまでは決まっていないので、内容は比較的自由に検討できるんです。だから他の教科と違って、先生ごとのオリジナリティが出やすいのが図工の特徴ですね。
山口:最近だと、11月に体育館で全学年参加の展覧会を行いました。こんな風にブラックライトのある通路なんかを作って。個人の制作だけじゃなく、みんなで制作するような取り組みもあります。
開催頻度は2年に1回のビエンナーレ形式です。学校ごとに違いはありますが、東京の小学校の大半は展覧会をしているみたいですね。保護者や地域の方も見に来られて、かなり賑わっていました。
「別の規範」が生み出す自由
山口:子どもたちがなるべく自由に制作できるようにしたいと思っています。が、言葉で言う以上に難しいことだなと思っています。
たとえば電ノコを初めて使うとき、何をつくるかを教師に示されていたら嫌だろうなと思うんです。自分が子どもだったら、初めて使うこの道具で何ができるかをワクワクしながら考えたいのに、つくるものが決まっていたらそれはただの作業になってしまう。
だから学ぶ道具が指定されているときは、テーマを自由にして、子どもたちに委ねる部分を大きくしようとしています。
逆にテーマやモチーフ、目的などが決まっているときは、道具を自由にしてバランスを取ります。そんな制作の経験を経て、最終的に6年生では、何をつくるかも、どうやってつくるかも、自分で自由に決められるようになってほしいと思っています。その状態で中学校に送り出せたら理想的だなと思っています。

山口:図工教育の現状を見渡すと、自由で子ども中心的な図工と、テーマや道具が決まっている教師先導的な図工。この2つの傾向で論じられることが多いと感じています。
自由を重んじる立場と規範を求める立場の違いとも言えるでしょう。私はどちらかというと自由を大事にする立場ですが、単純に自由を推奨しているだけでは、本当の自由にはならないんじゃないかとも感じています。
「この時間は何をやってもいいよ」と言われる野放しの自由も、「彫刻刀を使ってこれをこう彫りなさい」と強制される規範も、本当の自由をつくり出すことはできないんじゃないか。本当の自由のためには、別の規範が必要なんじゃないかと思うんです。
山口:図工をめぐっては「自由」と「規範」の二項対立で議論されがちですが、本当にそうなんだろうかと疑問を感じていたんです。
制作における自由はもっと複雑なもので、一部では規範的なものを取り入れる必要があるのではないかと──そう考えるようになったのは、私自身が東日本大震災のあとにそのことで悩んだからでした。
それまで私は、自分が女性であることをモチーフにした内省的な作品をつくっていました。でも東日本大震災が起きたことで、内省的なことだけをしていていいのだろうか、社会と向き合う必要があるんじゃないかと悩むようになりました。写真家の畠山直哉さんや、小森はるか+瀬尾夏美さんなど、現実と必死に関わりながらアートの意味を探っている方を目にしたからです。
そして、自分の中から湧き上がることだけを取り扱ったり、自分ばかりを表そうとするのは本当の自由ではないんじゃないか。社会に向き合ったり、これまでの歴史を顧みたり、身のまわりに目を向けたりする中にこそ、制作の自由があるんじゃないかと考えるようになりました。つまり、ある規範によって、本当の制作の自由に触れることができるんじゃないかと思うようになったということです。

木を味わってみること
山口:そこで、図工における自由のために必要な規範とは何かを考えて、自分以外のものに触れる機会を増やすようにしてみました。
例えば、「木を描こう」という授業をしたときのことです。うちの学校には木がたくさんあるのですが、突然描くのではなく、まずはいっぱい関わってみようと。触ったり、匂いを嗅いだり、音を聞いたり……とにかく木を味わう時間を1時間ぐらい取りました。
それは子どもたちにとっては、小さな外部としての学校の周りにある木と触れ合うということです。そのあと、お気に入りの木を決めて、一人一人イメージを広げて大きな紙に描いていきました。これは《げいじゅつのたき》というタイトルの作品です。

この子は柳の木を選んだんですが、風が吹くと垂れ下がっている木の葉が揺れて、それが滝みたいだと言ってこの絵を描きました。
山口:最初に味わう時間を1時間とって、次の2時間では紙2枚をどう使ってもいいよと言って手渡しました。画材はアクリル絵の具や粉絵の具など自由に設定して描いてもらいました。

この作品では部分的に土が使われていて、紙に土を定着させるための技術的なサポートはしつつも、最小限に留めています。
また別の子は、木を眺めているうちに夜の学校を想像して「お化けのいる木」にしたり、木の中に入って空間を味わってみたら、光が差し込んでくる様子が海の中にいるみたいだったから「海の木にした」という子もいましたよ。
これが規範という言葉で合っているかわかりませんが、自分だけじゃなく、自分の外部にあるものと出会って感じたものがあるからこそ、こうした発想が出てきたのではないかなと思いました。
捨てられない物の居場所を作る
山口:もうひとつ題材を紹介しますね。この題材では、身近な他者という存在を規範として捉えてみました。
まず、子どもたちに箱をひとつ手渡したんです。それで「おうちにある“どうしても捨てられないもの”を見つけてきて、この箱に入れて持ってきてね」と伝えました。
それでこの子が持ってきたのは、カナヘビの形をしたペンです。「どうして捨てられないの?」と聞くと、このペンは1回壊れてしまったけど、お父さんが直してくれたから捨てられないんだと言っていました。

捨てられない物には身近な他者が関わっていることが多いです。なので、子どもたち同士で「これはこういう思い出があって」と対話してもらい、自分の想いを再確認してもらいました。そのうえで、その物にぴったりな居場所をつくってあげようという提案をしたんです。
この作品では、箱の片側がカナヘビにとって過ごしやすい森になっていて、反対側にはこの子の家がつくられています。家の中には「フォートナイト」というゲームをしているモニターや、棚やベッドなんかも表現されていますね。

図工室にいるけど、そこにはいない誰かのことをみんなが思い出しながら制作している雰囲気でした。
山口:そうですね。最終的なアウトプットだけじゃなく、その制作過程で考えていることもすごく大切だと思っています。
図工専科のある東京都
山口:図工専科は東京と一部の地域にしかなく、その他の地域では基本的に担任の教員が図工の授業を行っています。専科の教員がいる地域に比べると、授業準備などの面で難しいことも多いと思います。
また、東京都には東京都図画工作研究会という組織があります。現場の先生が運営する実践的な研究会で、毎年いろんな研究発表が行われています。
東京都では図工に特化してこうした取り組みも行われているので、これを見に来てくださった地方の先生などを通じて、東京の図工の実践が全国に広がっていく流れもあります。反対に、地方の先生方との交流を通して、地方での実践が東京に活かされることもあります。

山口:はい、来られます。学習指導要領等の策定に関わる教科調査官の方がいらして、学習指導要領と照らし合わせた議論を行うこともあります。
山口:全国的には、どちらかというと古い意味での規範が依然として残っています。それに対し、「教師先導的な図工は良くない」「もっと子ども中心の自由な図工を」という声も多くあります。その間をいくような「自由と規範」の話は私個人が抱いている問題意識なので、研究会等で取り扱うことはあまりありません。
そこで私自身は、こうしたテーマをより深めるために、教員をしながら大学院に進学して研究に取り組みました。大学院での個人研究にも力を入れているところです。

美大出身だから言えること
山口:美大というアートの世界と、図工専科という教育の世界の両方を知れたことは、私にとってとても大切なことです。これまでお話してきたような自由と規範に関するもやもやは、アートと教育の間に立っているからこそ抱いたものでした。
アートの文脈に目を向けると感じますが、制作はもちろん個人的で自由なものですが、同時に社会や他者との関係の中で行われるものですよね。図工でも、子どもたちには自由に楽しく活動してもらいながら、その中で社会や他者と関わっていってほしいと思います。
その中でこそ、本当の自由に出会えるんじゃないかと思うからです。アート、教育、研究の間に立っているという自分の立場を大切にしてこれからも取り組んでいきたいです。


山口秋音(やまぐち・あきね)
武蔵野美術大学大学院造形研究科を修了後、都内小学校において図工専科として勤務。その後、東京学芸大学大学院教育学研究科を修了し、現在は東京学芸大学個人研究員も務める。美術教育とアートの接続を通した、社会に開かれた美術教育の実現を主なテーマとして研究に取り組んでいる。