現場では「UI/UXデザイン」とは言わない
畠山糧与氏(以下敬称略):なるほど。それでいうと、自分自身はUbieという医療系スタートアップで開発に関わっていますが、今の環境で明確に「UI/UX (デザイン)」と言葉にして仕事をすることはほとんどないんですよ……。企画、成立しますかね?(笑)
畠山:理由としては、そもそも「UI/UX」という言葉自体が指す専門性がかなり広くなってきているため、この言葉だけでは何をやるのかを的確に表せない、という点があります。Ubieには現在、自分を含めてデザイナーが6名います。ある時、それぞれが持つスキルや得意・不得意をまとめたマップを作成しました。(※作成当時は5名)
これを見るとわかるとおり、一口に「UI/UX」といっても手がける領域も範囲も多様化しているんです。この傾向は業界全体として共通だと思います。
畠山:AIの解釈性など、Ubieならではのものもここには入れていますが、他社も状況は同じなのではないかと思います。加えて、企業や組織によってどこに力点をおくかが大きく違う。Webデザインに力を入れている場合もあれば、リサーチなどに集中している企業もある。だから「UI/UXデザイナー」という肩書きだけで、その人がどのようなデザインをしているのか理解するのは、どんどん難しくなっていると思います。
また、UI/UXを考えるのは必ずしも「デザイナー」と呼ばれる人たちだけの仕事ではなくなってきていることも、他社にも共通して言えることだと思います。デザイナーだけがデザインを検討するのではなく、ユーザーの視点をよく知る非デザイナーのメンバーがデザインに関与することはある種当たり前になりつつあります。
Ubieにも医師として医療機関に勤務しているメンバーが複数人いて、彼らの知見はユーザー体験を考える上で欠かせないものです。デザイナーからは見えづらい「医師の当たり前」があって、それを反映させることはプロダクト上かなり重要。デザイナーだけで完結する仕事ではないんです。
畠山:UI/UXの概念が提唱されたのは2000年台のはじめ頃(※)だと思います。様々な定義がありますが、使いやすさや使い心地を重視するデザイン自体は今までにもありましたよね。対象が物理的な「モノ」のデザインではなくデジタルプロダクトであるという違いはありますが、UI/UXの概念で言われているようなことは急に立ち現れたわけではなく、過去のデザイナーたちの叡智の上に成り立っています。
畠山:インターネットとスマートフォンの普及によって急速に目立つようになりましたが、そんなに身構えるような、新しいものではないんですよ。ユーザー視点・事業視点それぞれを考えて改良することの繰り返しです。
畠山さんたちがどのようにUI/UXを検討していくのか、プロセスを教えてもらえますか。
畠山:「ダブルダイヤモンド」という課題解決方法があります。2005年に英国デザインカウンシルで初めて導入されて以来、デザインの現場ではよく目にする図です。二つの段階に分かれていて、「正しい課題を見つける」フェーズと、「正しい解決を見つける」フェーズがあります。
多くの企業では、程度の差はあれ基本的にはこのように発散と収束を繰り返すプロセスで進めることが多いかと思います。定性・定量両方のユーザー調査、プロトタイピング、実装を伴う仮説検証、場合によっては実装をせずにLPで価値仮説を検証する……など。目的と状況に応じてプロセスを設計します。
今おっしゃっていただいたように、必ずしも画面の中の話だけでなく、サービスを利用するユーザーの行動そのものを見つめます。目的はユーザーとのコミュニケーションをより良くすること。ですからユーザーインターフェースを考えるのはもちろんですが、ユーザーが使う前にどういう期待を持っているか、どんな広告を見ているか……といったことなども考えます。
また、繰り返し使う中で積み重なって出来上がるサービスイメージもあるので、時間軸という観点で見ることも当然あります。
畠山:何よりもBTC (ビジネス、テクノロジー、クリエイティブ) のバランスですね。そもそもビジネス的に微妙だと、どんなに技術とデザインが良くても事業として持続しません。ビジネスモデルやオペレーションが秀逸でも、デザインが悪ければユーザーに価値が届かないままサービスが終了してしまうこともある。大義があっても技術的に実現できなければやりきれない部分も生まれてしまうでしょう。
Ubieは医療系のサービスを提供しているので、ここに「M(メディカル)」の観点も付与して「BTCM」の4つのバランスを重視しています。ビジネスとしての持続可能性が高く、技術的にも十分実現でき、ユーザー体験としても医学的観点としても適切なプロダクトを「良いサービス」の定義の一つととらえ、日々検討・改善を重ねています。
畠山:はい。そもそもデザイナーだけでBTCM全てを担うことは難しく、実際にはビジネスとエンジニアリングを含めたチーム全体でバランスをとりながら取り組むことが多いわけです。
畠山:特に「ユーザー視点に振り切ること」です。事業のROIはプロダクトオーナー、技術的観点はエンジニア、医学的観点は社内の医師がそれぞれ主に役割を担っています。
ですからデザイナーチームとしては、ユーザーが本当に実現したいことがどうやったら叶えられるかに振り切って考えるようにしています。その結果として、チーム全体としてバランスが取れた意思決定ができればよしと考えています。
高齢者から子どもたちまで、誰にでも直観的にわかるデザイン
畠山:まずはサービスについて簡単に説明しますね。サービスは大きく二つあって、一つ目が医療現場の業務効率化をサポートする「AI(エーアイ)問診ユビー」。そしてもう一つが生活者の適切な受診行動をサポートする「AI受診相談ユビー」。「AI問診ユビー」は北海道から沖縄まで全国的に利用されていて、2018年のサービス開始後、現在までに350以上の医療機関に導入されました。
医療機関を受診するとき「問診票」を書きますよね。今日の症状や、生活習慣や病歴などを記入する紙です。その問診票をデジタルに置き換えることで電子カルテ記載などの事務作業を効率化し、AIを用いることでより広く深く患者さんの状態をヒアリングできます。
これまで、問診は診察室に入ってから医師が行うものでした。言い換えれば医師は丸腰の状態で患者さんと向き合わなければならなかった。待合室でのAI問診があることで、事前に患者さんの症状や容態をしっかりと把握でき、医師は余裕を持って診察を行うことができます。夜間救急などで、専門領域以外の患者さんを診る必要がある医師の方々からも、「症状の見落としが減った」との声もいただいています。
ちなみに医療現場の業務効率化は喫緊の課題で、社会問題でもあります。医療従事者以外にはあまり知られていませんが、一般労働者の残業時間上限が720時間に対し、医師は1860時間。これは過労死ラインの2倍に値します。さらに憂慮すべきは、彼らの仕事のほとんどが「書類仕事」であること。右から左にただ書き写すだけ、といった非生産的な作業が圧倒的に多いのです。もっと患者さんと向き合える医療現場をつくりたい、というのが医師でもある、共同創業者の阿部の願いであり、サービス開発の原点でした。
畠山:Ubieのサービスのユーザーは「患者さん」と「医師」の両方。その2つの視点で、サービスの使い勝手などを検証し、改良を重ねています。
まず患者さんにフォーカスすると、特徴は老若男女を問わないという点。この問診で初めてタブレット端末に触れるというユーザーも少なくないので、いかに直感的に操作できるか、医療知識を持たなくとも症状を言語化できるかという点にとても配慮しています。
自分はまだ在籍していなかったんですが、共同代表やエンジニアが3名程度だった創業初期の頃には近くの公園でご高齢の方に使ってもらい、フィードバックしていただいたこともあったとか。他にも、家族や祖父母に使ってもらって意見をもらう、といったことを繰り返してきました。
「痛み」一つとっても、痛みの範囲、痛みの種類、どれくらい痛むか、症状が現れた時間……など、診察のために医師が必要とする情報は多岐に渡ります。
それら一つひとつの質問と、質問画面において「どのように聞けば適切な情報が得られるか」を繰り返し仮説検証してきました。
例えば痛みの度合い。最大値を「人生で最大の痛み」と表現し、レベルを選択するために「+−」のボタンを設置しました。この言葉自体も検討を重ねてたどり着いた表現ですし、「+−」もご高齢の方を意識して作り変えた設計です。レベルを表すのにどんな表現をするのが一番わかりやすいかを考えていく中で、着眼点になったのはウォシュレットでした。
キーボードも、当初はiOSの基本の入力キーボードを使っていたんですが、50音順に変えました(記事TOP写真)。「患者さんの当たり前」は何か、いつも探っています。
医師の視点にフォーカスすると、「患者語」を「医師語」に自動変換して表示すること、つまり患者さんの「当たり前」と、医師にとっての「当たり前」を適切に翻訳するという点にこだわっています。
例えば先ほどの「痛みのレベル」について、患者さんが10段階のうち7を選択したとしたらそれを医療現場の専門用語(NRS7)に変換して医師側の画面に表示します。こうすることで医師側のわかりやすさも向上しますし、後から書類に記載する際の業務効率化にもつなげられます。
UI/UXデザイナーになるには?
畠山:特定の資格がなくとも、美大卒でなくとも、UI/UXデザイナーになることは可能です。自分自身も現場でのOJTを中心に経験を積んできましたが、冒頭でお伝えした通り、UI/UXデザインは専門性が広範囲に及んでいます。全てを一気に習得しようとするのでなく、経験を積む中で好き/嫌い/得意/苦手が見えてくると、キャリアの見通しがよくなると思います。
畠山:人によって異なると思います。自分の場合は、デザイナーではなく「UXリサーチャー」という仕事がキャリアのスタートでした。リクルートの様々なサービスに関するUXデザインの中で、ユーザーリサーチに特化した専門部署があって。そこでリサーチを重ねていく中で、調査だけでなく実際に手を動かしながら、ものづくりをしないとわからないなと思うことが増えて。そこから少しずつ、デザイン領域の取り組みを増やして今に至ります。
よくデザイナーのキャリアの話で挙がるのが「(目指す場所が)ゼネラリストかスペシャリストか」という話題。自分はいろんな方面に好奇心を持つタイプなのでゼネラリスト寄りかな。今はシンガポールでの事業立ち上げを現地メンバーと共に手がけています。どちらか一方が良い、正解というわけではなく、どちらもあって良いのではないでしょうか。
畠山:この仕事って、ドラえもんの道具を作っているみたいなところがあると思うんです。「こんなことができたらいいな」というアイデアを、信頼できるメンバーと一緒に形にしていくプロセスは純粋に楽しいですね。
加えて「Ubieでしか実現できないユーザー体験」を生み出せているなと実感できる時は本当に嬉しいです。
畠山:ユーザーに対して誠実でないサービスはちょっと許せないなと思ってしまいます。事業目標を達成するためだけに、例えば故意に解約しづらいお問い合わせにしたり、読まれもしないニュースレターを発信しまくったりする企業も世の中ありますが、そういう仕事がしたくてデザイナーになったわけじゃないよね、と。人の役に立つ道具を作りたいとか、使って楽しいものを作りたいとか、そういう想いでデザインをしてるんじゃないのかなと。
畠山:様々な領域にプロフェッショナルと呼ばれる方々がいらっしゃいます。あとでメールしますね。
畠山:あまり大人の言ってることを間に受けないで、いろんなことに好奇心をもって体験して、自分なりに考えたり感じたりしてみるといいと思います。自ら体験していないことはカタチにできないので。
学問でも、Netflixでも、街の観察でもなんでもいいと思います。
あまり万人に向けておすすめできる本はないと思いますが、敢えて一冊選ぶなら『考えなしの行動?(ジェーン・フルトン・スーリ, IDEO 著 / 森博嗣 訳 太田出版 刊)』は日常の光景をデザイナーがどのように切り取って解釈するか、デザインの視点を提供してくれるので、広くおすすめです。
今回のまとめ
UI/UXデザインとは何か? という大きな問いにお付き合いいただいた連載第一回目。今回、畠山さんのお話からは以下の学びがありました。
・UI/UXの領域は広い。デザイナーは「画面の中のデザイン」だけでなく、「ユーザーの行動そのもの」を見つめている。
・UI/UXはデザイナーだけのものではなくなっている。BTCのバランスを取って一緒に考えることが重要。
・非デザイナーのメンバーと協働してUI/UXを考えるからこそ、デザイナーチームはユーザー視点に振り切って考えている。
広大な大海原に漕ぎ出してしまったような感覚ですが、引き続き、このテーマを追いかけていきます。次回をお楽しみに。
畠山糧与(はたけやま・りょうせい)
1989年 秋田生まれ。東京大学経済学部を卒業後、モンゴル国立大学経済学部でモンゴル遊牧民の生活/家計調査を研究。2015年よりリクルートホールディングスで住宅、美容、人材領域などのUXデザインを担当。2017年よりグッドパッチで金融機関を中心とするクライアントのプロダクトのUXデザインおよび組織デザインを担当。2018にUbieにジョインし、医療機関向け業務効率化・診療支援プロダクトの「AI問診ユビー」、生活者向け受診相談サービスの「AI受診相談ユビー」のUI/UXデザインを手がける。最近はグローバル事業の立ち上げを行っている。