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vol.11 qubibiの勅使河原一雅さんに聞いてみた
体験は「願い」からはじまる
毛利慶吾さん(以下、毛利さん):専門的にどう言われているかはよくわからないのですが、この仕事をやっていて思うのは、UXを考えることは「願い」を考えることに近いんじゃないかなと。使う人や関わる人にどういう経験をしてほしいか。その願いを「UX」と言ったり「意図」と言ったりしているのかもしれません。
その願いを叶えるための最適なインターフェースをさがすことが、すなわちUIを考えることじゃないでしょうか。たとえば「プロポーズ」なら、夜景の見えるレストランやバラの花束などがUIとして浮かんでくるかもしれません。目的は、OKをもらうことですよね。もっと解像度を上げると「驚かせたい」あるいは「安心させたい」「感動させたい」といった願いや意図が見えてきます。相手を人としてちゃんと見ているか、その相手に何を願っているのかが関わっていそうですね。
毛利さん:僕らは日頃、事業家の方々に伴走しながら様々なプロジェクトの推進にかかわっています。ある時はWebプラットフォームの構想・構築だったり、ある時はビル一棟のブランディングをしたり。
そうしたクライアントワークの視点からもいろんな話はできると思うんですが、今回は何か一つにフォーカスしたほうが話しやすいかなと思っていて。今、僕たちがつくっているここ、「ファンタジア」について話すのがいいかなと思うんですが、それでも良いですか?
撮影:勅使河原一雅
毛利さん:簡単に言うと事務所なんですけどね。妻と二人で経営する会社の仕事場でもあります。事務所なんだけど毎日誰かが来るんです。朝、僕たちがここに来ると、すでに他の人が会議をしていたりする。クライアントが常駐することもあります。割合としては事業家やクリエイターが多いですね。あとは子どもや学生さん。ふらっと立ち寄って、考え事をしたり本を読んだりして帰っていく。
毛利さん:はい。いろんな人にこの場所を訪れてほしくて。事務所のインスタってなんだか変ですけど。インスタを見て東京から来た、なんて人も時々いるので嬉しいです。
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毛利さん:お茶を飲みにくる学生でも、かたわらに事業家がいたり、事業創造の残骸を目にしてると、なにかむくむくと……自分もプロジェクトをやってみたい、という気持ちが芽生えてくるようです。「公園に興味がある」という高校生がいたら公共空間についての本を貸してみる。そうやって創造性を焚きつけています。好奇心や執着、違和感なんかをスルーしないで大切にしてほしいんですよね。それらは願いの源泉なので。
マユコさん:そんなこともあって、ライブラリーのような空間もつくってみました。絵本もたくさん置いてあります。積み木や、子ども向けのおもちゃも。
毛利さん:そうそう。事業家の人たちと子どもたちが一緒に遊んだりしてね。
(毛利さん提供)
事業を生み出す光景を街の風景に
毛利さん:僕はかつて雑誌編集者だった時期があり、アーティストをはじめとして、変な人や面白い人とたくさんお付き合いしていました。事業家にも、彼らと同じ匂いを感じたんですよね。ビジネスの現場をお手伝いしながら少しずつわかってきたことなのですが。
「ああ、事業家ってクリエイターなんだなぁ」と、ふと感じたんです。創造的なエネルギーを内に秘めた人がすごく多い。でも同時に、その独創性を100パーセントかたちにして事業化できている人が少ないような気もしました。
自分の中の純粋な衝動を忘れずに行動できる人は本当に一握りなんでしょうね。「今の流行」とか「専門家のアドバイス」とかいろいろ考えているうちに、初めに抱いた創造性が見えなくなってしまうようです。
それはリーダーという立場ゆえのものでもあると思います。事業創りや経営は、多くの人と多くの事情にいつも囲まれているものだと思います。そこは個人で活動しているアーティストとの違いでもあるかもしれません。
だからまず、事業家が納得感をもって事業創造できるようなプロセスを手伝おうと思って会社をつくりました。そして、その創造的な人の様子を……目に見えない事業、その根っこにある衝動性や願いと現実との間で格闘する光景を、街の景色にしたいと思って、この場所をつくりました。
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マユコさん:街の景色にしたかったから、UIとしてはまず建物の1階、グラウンドフロアで探しました。事業家と個人的な関係を結ぶ場所が欲しかった、というのもありました。最初は自宅をオフィスにしていたんです、夫婦でやっているのでそれでも十分で。でもそうなると必然的にクライアントのオフィスに私たちが向かうかたちになる。オフィスって、いろんなしがらみであふれているんですよね。とにかくそこから引き離して、事業家がいち個人でいられる場所をつくりたい、と考えるようになりました。
人間がおとなしくない状態を作り出す
毛利さん:インターフェースとしては「なんとなく落ち着かない場所」にしようと思って。気持ちが落ち着く場所では、アクティブじゃなくなってしまうでしょう。だからザワザワさせよう、と。カフェっぽくなりかけたら、慌てて床面をシルバーに塗ったり。
ほかにも、大きなホワイトボードや作業台を置いたり、アートボードで取り囲んでみたり。気をつけないと、すぐにおしゃれでチルなムードが漂うので、そうならないように。
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毛利さん:そうだ、この写真の話をしないといけないな。この場所を考えるときUXの理想像にしている写真です。
毛利さん:アンディ=ウォーホルのアトリエの写真です。なにがいいかって、例えば左の人の椅子の座り方がいいなぁと思って。会議室でこの座り方をする人ってあんまりいないと思うんですよね。「こう座ってくれ」っていう椅子のメッセージに従っていない。
椅子に限らず「(こうやって)使ってくれ」っていう無言の強制力に負けない場所、ってどうやったら作れるんだろう、って思ったんですよ。おとなしくない状態を少しでもデザインすることはできるんだろうかって。
毛利さん:うん。特に事業家にはそうなってほしい、事業「創造」ですから。この写真は写真集からの一枚なんですけど、大概みんな、行儀が悪いんですよね。そういう意味で、おしゃれな空間、偉そうな空間にしちゃいけないなと思って。そうすると場所が人間に勝っちゃうから。
なるべく「ナメられる」場所を作ろう、って思ったんです。インターフェース面では。
毛利さん:「このテーブルより俺の方が偉い」っていう、そういう感覚。例えば、ちょっと高さが合わなかったら脚を切っちゃえ、とか。大工さんの工房とか、そうですよね。
そういえばここに置いてあるものにはほとんどキャスターをつけたんですよ。そうすると自分で動かして使うことができる。どこで使うか、どう使うか、人間が体で考えはじめる。
マユコさん:いろんな効果がありました。私たち、元々全然マメじゃないんですが、観葉植物をキャスター付きのワゴンやシンクに植え付けたら、なんだか動物みたいに見えてきたんです。日当たりの良い場所に動かしたり、気がつくとかいがいしくお世話している(笑)。
毛利さん:一人でこもる場所をつくる人もいれば、テーブル同士を繋げる人もいる。ものをどんどん動かして、1日の中で何回も空間レイアウトが変わっていく。そうやって、人が能動的にならざるを得ない場所をつくろうと思ってます。今の話はたぶん、UXとUIのつなぎの部分にあたるのかもしれませんね。
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意図を100%落とし込まない
毛利さん:僕の場合は「必ず、人と話して決めること」ですかね。ここに、この椅子を置いたらどう思う? とか。
毛利さん:できるだけいろんなことを願いから直球でつくっていきたいと考える反面、自分の願いは簡単に分からなくなってしまうからです。ただ自分の好みでかっこいいと思っているだけの方角に向かってしまったり、そういうことがすごく起きやすいから。
マユコさん:一方で願いの「暴力性」みたいなことも意識するようにしてます。何かを望むことが、対象をコントロールしようとすることにつながらないように……。
毛利さん:たしかに。願いや意図が100%落とし込まれたインターフェイスにしない、ということも心がけています。矛盾してるようですけど(笑)。効果的かどうかという軸とは別にして、面白くないんですよね。空間が意図通りになって、なんだかつまんない、みたいなかんじです。多分これは来た人もつまんないだろう、って。余白や曖昧さがなくなって……「プラン」という行為は危うさを持ってると思うんですよ。でも、もしかしたらこれも「つまらないと感じて欲しくない」という願いのせいかもしれないですけど。
(提供:毛利さん)
毛利さん:なんでもいいんだったら、僕が最高だと思うのは「花火」です。あんなに尖ったクリエイティブの産物は他にはないですよ。何万人もの人々が一斉に注目して、わぁって盛り上がって、終わったら寂しくなって、刹那的で、とにかくでかい。花火自体がでかいし、キャンバスが空というのもでかい。
音が遅れて聞こえるとかいう不思議な体験もできるし、なにより思い出に残りますよね。
あとは名護市庁舎も好きです。この方のブログがわかりやすいかな。すごく変わった建築物なんですよ。公共建築なんですけれど開放感もあって、まるでなにかこう、南米かどこかの古い遺跡かもというような。自治体の公募で段階を経て選ばれ、採用された案なんですが、なんか土から生えてきたみたいなかんじも受けます。公募要項のテキストがそもそも素晴らしいです。
職員の方がお昼寝できるようなスペースもあったりして……なんだか、人間的ですよね。もしかしたらこれもさっきの「願い」に通じるのかもしれません。働く人や訪れる人が、将来にわたってこんな気分でこんな風に過ごしてくれたら、という、そんな願いが見えるような場所ですよね。今、老朽化が進んで建て替えの調査をしているらしく、なんとか保存してほしいと思います。
マユコさん:私は、あえて挙げるなら「ハイヒール」かな。衣装の文化はもう何百年も移り変わってきているけど、ハイヒールはいまだに残っているじゃないですか。インターフェースには機能的な価値がほとんどないのに。昔、舗装されてない道を歩いていた女性たち。きっとそこにある体験が、なにかこう、刺さり続けてきたのでは? と思うんですよね。ひとつひとつのストーリーを受け取り続けてきたのかなって。
あ、あとこないだ「タトゥー」も面白いねって話してたんですよね。
毛利さん:うん。
マユコさん:仲間意識であったり、威厳であったり、「忘れないよ」という想いだったり。タトゥーというインターフェースは同じでも、文化的な背景はいろいろで。デザイナーが一人でできることじゃないんですよね、そういうものって。
フィジカルな、「役に立つなにか」ではないものを
マユコさん:感覚的にはこの場所がリビングルームぐらいの気持ちなんですよ。
毛利さん:たしかに。出社してるっていうより、自宅からとことこ歩いてリビングに来ている気分。
マユコさん:ここで食事をとることも多いよね、朝。本当にここで1日がはじまってる。人もけっこう来るから、扉は開け放ってますね……。
毛利さん:画面をにらんで仕事するというよりは、人と話していることが多いですね。
マユコさん:玄関にトングが置いてあって、ゴミ拾いに行ったりとか。昨日は犬が飛び込んできたし。
毛利さん:僕、起きるのが遅くてお昼くらいに来ることが多いんですけど。来たら誰かがいるんですよね(笑)。だれかが僕たちより早く来てミーティングしてたり。建築系の若い子がアトリエ代わりに使ってたりもするんだけど、土日は友達を交えてここで飲んでたりとか。
(提供:毛利さん)
毛利さん:うん、お金もらって、とかじゃない。僕たちがここを管理しようとすると、仕組んだことしか起きないからね。
マユコさん:リビングって言ったんですけど、自分たちの場所とは感じていないかも。朝、ファンタジアにきても「おはようございます」って、こちらがちょっとお邪魔してるくらいの(笑)。
毛利さん:そういう意味ではちょっと変わってるかもしれませんね。
毛利さん:おすすめの書籍は前回勅使河原さんも紹介していた、ブルーノ=ムナーリの『ファンタジア』(みすず書房, 2006年)。
これはうちの社名の由来にしてるくらい好きな本で。創造性についての本です。創造性を発揮しているときに人間が何をどう考えているのか、ムナーリの解釈で書いてある。この一冊で「つくる」ということの大事な部分がだいたいわかる。
マユコさん:なんでもいいと思うんですけど、ビジネス書などの役に立つ本じゃないものをたくさん読むといいと思います。役に立つ本も気になっちゃうんですけどね(笑)。
毛利さん:なんだろうなぁ。田舎に遊びにいくといいんじゃないでしょうか。
例えば川の土手に降りて、その辺の草花を摘んでみる。手に持って引っ張ってみる。そうすると、茎の硬さとか伸びやすさとか折れやすさとか、わかってくるじゃないですか。そのうち、手に取る前に想像できるようになる。この草はこんな形だから引っ張っても切れないだろう、とか。
川に入れば、滑りやすい石なんかわかってきて、苔が生えてたら恐る恐る踏んで歩いたりとか……。そういう体験がきっとクリエイティブのもとになりますよね。人が世界に関わるときのあれこれが、実感として頭の引き出しに収まっていく。毎日パソコンやスマホの画面を見つめていても、引き出しが充実しない気がします。
体の感覚をおおいに使って、時には変な感覚を味わって、遊びの経験を重ねることですかね。田舎は情報量が多い場所だけど、砂浜とか、踏切とか、どこでもいいと思う。道端の塀を触ってみるとかでもいいのかもしれない。
『ファンタジア』にも書いてあるんですが、頭の中に入っている知識以外からは創造ができない。いっぽうで、ただ情報をたくさん知ってるだけだと、創造につながらない。経験を通した知識が必要なのでしょうね。
(毛利さん提供)
マユコさん:とにかく、無駄なことにお金と時間をかけたらいいと思います。最近高校を卒業したばかりの女の子が「同い年の友達が大学はつまらないと言ってる」と言うんです。「役に立つことを学べないから」と。私自身、学生時代は就活だなんだと社会生活への不安に翻弄されていたのでえらそうなことは言えないけれど、役に立つかどうかを気にしない方がいいと思うんですよね。今すぐに役に立たないことが、10年後に自分を助けてくれたりするから……でも、大人になると、そういうものに時間をさくことに苦労する。今のうちにぜひ無駄なことを、と思いますね。
毛利さん:若い頃って、人生のルートを見えてる選択肢から選びがちだと思うんです。大企業にいくか公務員になるか。実家に戻るか上京するか、とか。僕もそういう感覚があったんですが、選択式じゃない人生の歩み方もあるよ、ということはお伝えできるといいのかなと思います。
自分で人生を創っていくという道もある。それは、事業創造をするクライアントに対していつも願っていることでもあって。選択肢探しから一度自由になってみてほしい。創る方がちょっと楽しいかも、って思ってもらえたら嬉しいですね。
毛利さん:”魔女”を紹介しようかなと。
毛利さん:はい。海外でも少し前から、ミレニアル世代を中心に魔女が人気なんですって。ご紹介したいのはパラレル宇宙子さんという方なのですが、コンテンツや商品を創っているまさに現代版の魔女です。魔女が考えるUI/UXについて、ぜひ聞いてみてほしいです。
今回のまとめ
願いから直球で考える、という毛利さんの言葉通り、お二人のスタンスや考え方はシンプルで自然体。加えて、人々へのやさしさや好奇心がずっと流れているように感じました。きっとこの場所、「ファンタジア」にも同じような空気が流れているのでしょう。
・UXを考えることは「願い」を考えること
・UIは願いを叶えるための「最適なインターフェイス」
・人と話して決める。意図を100%落とし込まない
「ファンタジア」は福岡を代表する繁華街の一つである天神からほど近い場所にありながら、人々の暮らしを身近に感じられるエリアに位置します。
現地を訪れることができずオンラインでインタビューしたのですが、いつか行かなくては! と思わずにはいられない、あたたかくてちょっぴり不思議なエピソードが盛りだくさんの時間でした。
プロダクトであれ、サービスであれ、空間であれ、作り手が「願い」を見つめることで初めて、デザインの良し悪しを判断する軸ができるのかもしれません。
願いを叶えるためのインターフェイス。そう考えるとUXもUIもぐっと身近で素敵なものに感じられるのは、私だけでしょうか。
毛利慶吾(もうり・けいご)
1979年生まれ。東京大学教育学部を卒業。教材出版社を経て、月刊誌『Web Designing』で編集者を務める。2013年に福岡市へ移住。広告代理店・電通九州で企業や行政のマーケティングに従事。APIC-SHAでブランディング業務に携わった後、2020年にファンタジアを設立。
毛利マユコ(もうり・まゆこ)
1990年生まれ。祖父の代から続く事業を営む一家に育つ。慶應義塾大学SFCに在籍中は、コンゴに小学校を建設、運営する6年がかりの研究プロジェクトに参画する。卒業後の2014年に福岡に戻り、電通九州に入社。2020年にファンタジアを共同設立。