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vol.2 Goodpatch社のUIデザイナー 野崎駿さんに聞いてみた
UXとはサービスの価値そのものである
伊野亘輝氏(以下敬称略):この質問、事前に考えたんですよ。例えばアプリの触り心地とか、そういうことを(話すことを)期待されてるのかな、とか。でも僕たちは普段そんなことは全然考えていないんです。
UXという言葉は、もともとは一過性の気持ち良さを高める、というところから出てきていますよね。でも、僕はそう思ってはいなくて。そこだけじゃないよ、っていう意味も込めて、社内でもできるだけ「UX」とは言わないようにしています。
もちろん触り心地の良さや気持ちの良さも大切なことの一つではありますが、そこはUXの本質ではないと考えています。
伊野:「サービスの価値を作り出す人」。これ以外にないんじゃないでしょうか。
サービスの価値とは、サービスの利用前後、つまり現在と未来の間にポジティブなギャップをつくること。具体的には、まず前提として、そのサービスによってユーザーが抱えている痛みや課題が解決されることです。でもそれだけでは足りません。普段あまり意識することはないかもしれませんが、痛みや課題があるということは「本来行きたかった場所」があるということ。だからその場所がどこなのかを正しくとらえ、ゴールを設計し、そこに向かってサービスを作り上げていくことが「UXを考える」ことだと考えています。
伊野:そうです。例えば僕たちの「ALBUS(アルバス)」というサービスは、「写真が整理できない」「スマホの中の写真がごちゃごちゃでお気に入りの一枚が見つからない」という課題を解決しています。 そして、それらの課題の向こう側には「写真が整理されていて、家族がいつでもとっておきの一枚を見ることができる状態」という本来行きたかった場所があるんです。
検討を重ねた結果、ALBUSは単なる写真印刷サービスではなく「家の中の宝ものをつくること」をゴールとしました。アプリの開発は4ヶ月で完了しましたが、「宝もの」となりうる品質のアルバムを作るために追加で4ヶ月を要しました。 もし単に課題を解決することだけを目的に作ったサービスなら、写真の整理ができるアプリを開発できた時点でローンチしていたでしょう。でも僕たちのサービスには明確なゴールがある。「宝ものをつくる」というゴールが達成できると確信できるまではサービスを開始しませんでした。
痛みや課題を取り除いた先には、行きたい場所が必ずセットでついてきます。だから、その地点をサービスのゴールに設定して施策を考えていく。これがUXを考えるということです。
関東で配信してるALBUSのCM。流れで家族で出てしまうことに。「見たよ!」って方は感想教えてください!
#albus_is
#リンコ日記
pic.twitter.com/SQxBuwy4ex— 伊野 亘輝 (@memocamera)
July 25, 2021
課題ダイレクテッドデザインとゴールダイレクテッドデザイン
伊野:多くのサービスは課題に注目して作られることが多いのではと感じています。僕らはその手法を「課題ダイレクテッドデザイン」と呼んでいます。課題(現在)を中心においてそこから広げていくサービスの作り方ですね。
一方、僕らがとっている手法は「ゴールダイレクテッドデザイン」。未来のある一点から現在を「引っ張る」ようなサービスの作り方をしています。
伊野:課題ダイレクテッドデザインの難点のひとつは、今ある技術や解決方法に集中しやすいことにあります。現在の課題を中心に作られるので、ある意味では仕方ないことかもしれません。
しかし、そうするとチーム内でも合意形成を図りにくい状況が生まれてしまうんです。全員がその課題に対して「自分の考える正義」を持ち出すから、施策もちょっとずつずれていく。結果的にユーザー像もブレていくことが多くなって、ユーザーやマーケットにフィットしていくことが難しくなります。
もう一つは、似たようなサービスがどんどん出てくること。課題って見つけやすいし、サービスを見るときにも「この課題を解決するサービスです」と伝えるとわかりやすいんですよね。でも、みんなが同じように現在の課題を、現在の解決方法でなんとかしようと思うわけなので、ちょっとうまくいったらすぐに類似サービスが作られてしまう。そうなると資本力や体力がある企業にしか優位性が働かないんです。
僕はずっと、サービスづくりをしながらなんども壁にぶつかって、その度にもっと良いやり方でできないかなと考えていて。その結果たどり着いたのが、プログラマーのアラン・クーパー氏が提唱していたゴールダイレクテッドデザインでした。
伊野:まず、ユーザーにとって最高の状態を探しにいくんです。そこをゴールとして、開発も運用も、全ての施策をそこに向かわせる。僕らはこれを「未来からのプル型」と呼んでいます。課題ダイレクテッドデザインが「現在からの拡散」だとしたら、ゴールダイレクテッドデザインは「ゴールへの収れん」。こうすることで全ての施策が一貫性を持ったストーリーの一部として機能するようになるんです。
チームメンバーが目指している場所が一緒なのでプロダクトにブレが出にくくなり、チーム内の合意形成も格段に楽になります。一見、完成までに時間がかかるように思われるかもしれませんが、PMFのスピードが上がるのでサービスを軌道に乗せるまでの時間でいうと課題ダイレクテッドデザインよりも早くなると考えています。
また、外部から見たときに僕らが何を作っているのか想像しづらくなる。うわべは真似されても、本質的な部分は真似されにくいということが起きているな、というのはここ数年の実感としてもあります。
ユーザー体験設計書がサービスづくりにおける「憲法」
伊野:最初に「ユーザー体験設計書」を作ります。これはサービスを作る上での憲法みたいなもの。余談ですが各国の憲法ってゴールダイレクテッドなものが多いんです。その国の国民がどんな国に住みたいかを表現しているものだから。そして、その憲法を運用するために法律があります。
法律の運用にあたって憲法を変えることができないのと同じように、各種の施策を進めるにあたってユーザー体験設計書を変えることは基本的にできません。市場や、ぼくたちの考え方が変化すれば変更を加えることもありますが、頻繁には行いません。
伊野:ユーザー体験設計書では、ライフゴール、感情的ゴール、機能的ゴールの3つを決めます。一番大きいのが「ライフゴール」。先ほど話した、ユーザーが本来行きたかった場所で、どう感じてどういう生活を送っているかを記載したものです。
それを達成するために感情的ゴールと機能的ゴールを設計していきます。
これをベースにしてサービスを作り上げ、現在と未来のポジティブなギャップを作り出していく、という一連のプロセスが、僕たちの考えるUXデザイナーの仕事です。
伊野:いきなりゴールを決めるってすごく難易度が高いんですよ。なので、ある程度の方向性は課題から見つけ出します。ここに課題がありそうだから、その向こうを探しに行こう、とあたりをつける。その課題を持っている人ーーそれは自分でもいいんですが、その周りを掘っていきます。
その上で、ビジネスとして成立するかを考えます。当然ですがどんなに設計書がよく書けていても、それが魅力的だと思う人がごく少数しかいなければビジネスにはなりませんから。
ただし割合で言えば、ゴール7割、ビジネス3割、くらいですね。ブルーオーシャンだ、レッドオーシャンだというような検討はほとんど行いません。競合がいないように見えても後発はいくらでも出てきますし、逆にプレイヤーが溢れている成熟した市場でも切り口を変えることで独自性を出せますから。
伊野:そうあるべきだと僕は思うんですよね。表層的なところに止まってしまうと、いくらでもコモディティ化してしまう。技術が進むにつれて様々なデジタルツールが普及して、スキルがない人でも「それっぽいもの」を作れるようになります。形を作る部分はいくらでも簡単になっていって、僕らデザイナーが活躍する領域はどんどん狭くなっていくと思います。
必要最低限の機能だけ残す
伊野:ユーザー体験設計書で設計するユーザー体験とは「ライフゴールにたどり着くこと」だと考えています。ゴールにまっすぐ向かわせてあげるために、途中でどういう体験が必要になるかを考え、小さなゴールをつくっていく。それが開発や運用、各種施策になります。
ゴールにまっすぐ向かうわけだから、余計な機能は必要ありません。外出するとき、目的地に合わせて荷物の内容を変えるように、ゴールにたどり着くための最適な機能はなんなのかを考えます。そして、必要ないものは全部おろしてしまう。体験を完結するための必要最低限のものだけ残して、それ以外は自信を持って全部置いていく。そうするとスリムで骨太なサービスが出来上がります。
課題ダイレクテッドデザインだとこうはいきません。課題中心に考えるといろんなアイデアが出てきて、それを否定するだけの根拠がありませんから。
例えば、富士山に登る時に何を持っていくかを考えてみます。課題中心に考えると、ひょっとしたらゲーム機もいるかも、とか、バレーボールも持って行こう、とか、笛がいるんじゃない? とか言い出す人が出てくる。結果的にファットでマッチョなサービスになる。
伊野:そうですよね。だからこそ、ゴール中心に考えることに価値があるんです。例えば富士山の頂上で美味しいコーヒーを飲む、というのをゴールにすれば、必要なものは自ずと見えてきますよね。もちろん僕らも、削ぎ落としていった結果、サービスローンチ後に「やっぱりあれはあった方がよかった」と思うこともあります。でも大概、そういうものは後から簡単に付け足せるんです。
極端な話、そのゴールが達成されるならアプリケーションを開発しなくてもいいかもしれない。商品を紹介するためのランディングページ(LP)を一枚つくれば事足りてしまうかもしれない。そうなったら最高だな、とも思いますよ。
伊野:10年ほど前ですね。少しずつアップデートされて今があるので、今と全く同じというわけではありませんが、根本的なところは変わっていません。
当時を振り返ると、課題解決型のものづくりにものすごく疲弊していて。ユーザーの反応も感じられないし、チームの雰囲気もなんだか悪くなっていくし、これ、なんか違うよなぁと。
当時の課題ダイレクテッドデザインに疑問を感じたことでゴールダイレクテッドデザインを意識するようになりましたが、かなり大きな変化があったと感じています。実はクックパッド時代のアプリリニューアルでもこの手法を採用したんです。進め方を変えたので現場からの反発はあったんですが、リリース後、ユーザーの反響などが数値にも大きく現れて。
もちろんROLLCAKEの創業後はこの方法で全てのサービスをつくっています。
伊野:たしかにそうだと思います。……でも、本当に、そうでしょうか。少なくとも「提案すること」はできるのではないでしょうか。
僕たちはクライアントワークを手がけてはいませんが、もしもやるとしたらきっとゴールダイレクテッドデザインの考え方をクライアントにも提案すると思います。
おそらく最初はクライアントも課題解決型の思考で発注してくるでしょう。
クライアント自身も、どこに向かいたいかわかっていないことは往々にしてあります。でも、課題がわかっているなら、それは言い方を変えれば「方向性は見えている」ということ。360度全部を探しに行かなくても、その課題の先に灯りが見えてくると思います。
その灯りが見えたら、望ましい未来の状態を描いてみて、そこからプロダクトを引っ張る。そんな風に一緒に作っていきませんか、と。
伊野:面白いサービス、上手に設計されているなと思えるサービスを見つけると、よく、勝手にユーザー体験設計書を頭の中で描いています(笑)。無駄な機能が削ぎ落とされていて明確にゴールが見えてくるサービスには好感を持ちますね。
例えば、サービス公開初日に3.6億円超が現金化されたことで話題を呼んだ買取アプリのCASH。2017年6月にローンチしたサービスで、少し前のものにはなりますが、あのアプリは気持ちよかったです。何をやりたいかが一目でわかって、余計なものがない。
嫌いなUXデザインは、ここでは名指しではお話ししません(笑)。
CXOとして、デザイナーとして
伊野:僕はデザイナーとして手を動かすところもやります。どうしてもそこは時間がかかってしまうので、全体の3~4割はデザイン作業をしているかな。商品の撮影もやるし、キャッチコピーもつくるし。
あとは、新しいサービスのことを考えていたり、運営中のサービスのことを考えていたり、様々ですね。施策に取り組んでみて、失敗したりだとか。それらから得た気づきを、新しい施策に落とし込んでみたりだとか。毎日違うことをしているので、ルーチンはありません。
マネジメントをしなければならない立場でもありますが、これからもこの考え方をもとに、たくさんサービスを生み出していきたいと考えています。そしてそのサービスのファンが増えていったら嬉しいな、と思いながら働いています。
伊野:ざっと考えてみて、これですかね。
・『About Face3 インタラクションデザインの極意』(Alan Cooper, Robert Reimann David Cronin 著/アスキー・メディアワークス 刊)
・『誰のためのデザイン?』(D. A. ノーマン 著/新曜社 刊)
・『考えの整頓』(佐藤雅彦 著/暮しの手帖社 刊)
・『融けるデザイン』(渡邊啓太 著/ビー・エヌ・エヌ新社 刊)
・『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建 著/東洋経済新報社 刊)
・『デザインの輪郭』(深澤直人 著/TOTO出版 刊)
有名どころではありますが、どれも良書です。特に1冊目の『About Face3』は高価なので学生さんや若い人にはちょっとすすめにくいのですが……、ゴールダイレクテッドデザインを提唱したアラン・クーパー氏の著書で、僕の考え方の元になっている一冊なのでぜひおすすめしたいです。あとはちょっと変わったところだと『ストーリーとしての経営戦略』でしょうか。
伊野:デザイナーって結局は自分の中にある「壺」に色んなものを入れて、そこで自分の持っているものと現状の色々を混ぜ合わせた結果出てくる「何か」で勝負するんだと思うんです。なので、その「壺」を大きく、多様にすることが大事だと思っています。
だからこそ、ありきたりですが、今を楽しんで自分の中の「壺」を磨くいろんな経験をしたらいいのではないかなあと考えています。
それは、旅でも読書でも文化的な何かでも、恋愛でもいいのかもしれないと思っています。
伊野:デザイン・イノベーション・ファームのTakramで活躍している河原香奈子さんはどうでしょう。先ほど「好きなUXデザイン」でお話しした、買取アプリ「CASH」の初期の頃のデザインを手がけていた方でもあります。
今回のまとめ
「普段はUXということばをほとんど使わない」というお話からスタートした伊野さんのインタビュー。使用感やサービス利用中のユーザー体験などの話は一切なく、いかにユーザーのためのゴールを描くか、という話に終始していたのがとても印象的でした。
・UXデザイナーの仕事とは、サービスの価値=サービス利用前後のポジティブなギャップをつくること
・ユーザーにとって最高の状態とは何かを考え、全ての施策をそこにむけて収れんさせていく
・ゴールダイレクテッドデザインによって、スリムで骨太なサービスが完成する
「UXデザイナーの仕事はサービスの価値をつくること。それ以外にないんじゃないでしょうか」。その言葉からも、UXとは、サービスやプロダクトの土台そのものなのだと気づかされました。
UI/UXデザインを考える当企画では、引き続きUI/UXにかかわる方々にインタビューを行なっていきます。「この人に取材してほしい!」という要望があればぜひ編集部までご意見をお寄せください。
伊野 亘輝
ROLLCAKE株式会社 CXO。立教大学経済学部卒業。WEBやアプリのデザイン経験を経て、2012年クックパッド入社。クックパッドのiPhoneアプリのリニューアルを担当した後、2013年11月に独立。「子どもたちの『いま』を形に残し、宝ものにしたい」という思いからROLLCAKE株式会社を設立、「ALBUS」「レター」をリリース。「ALBUS」は子育てをするパパ・ママから高い支持を得ている。