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vol.3 ROLLCAKE社のCXO、伊野亘輝さんに聞いてみた
UIデザインは「振り子」のように考える
河原香奈子氏(以下敬称略):ユーザーとサービスとの接点を、アプリやWebなどのデジタルのプロダクトを通してつくるのがUIデザインだと思っています。そして、そのサービスを通して得られる体験を最大化するのがUXデザインではないかなと。
河原:一般的にUI/UXデザインといわれる領域とほぼ同義かなぁとは思います。
UI/UXデザインにブランディング領域は含まれていませんが、私はそのプロダクトがそもそもどうあるべきかだったり、どんな切り口で表現するとユーザーに伝わるのか、というところに興味があって。UI/UXという枠を越えて、デジタルプロダクトにまつわることは広く手がけていきたいという思いで「デジタルプロダクトデザイナー」という肩書きを使っています。
河原:「ユーザー体験(UX)全体を考慮しながら、ユーザーがやりたいことをスムーズに達成できるようにUIに落とし込む」。この繰り返しですね。
一般的にはユーザーインタビューをしたり、カスタマージャーニーマップを作ったりして、ユーザーについて深く理解しようとするところから始めます。ユーザーが普段どんな生活をしていて、どういうことに困っている人なのかなどを明らかにし、自分の中にユーザーをインストールします。その上で、ユーザーがやりたいことを実現するためにどんなUIが必要なのかを考えます。
河原:基本的にはそうなのですが、Takramには「Pendulum Thinking(ペンデュラム・シンキング)」という考え方があります。ペンデュラムとは「振り子」のこと。UIはデザインをする上でも「振り子のように、考えることとつくることを行ったり来たりする」ことを意識しています。ロジカルに全てを考え切ってからつくるフェーズに移るのではなく、リサーチやコンセプトメイキングと並行してDay1からプロトタイピングを始めることも多いです。
プロセスを重視して進めても、それで必ず成果物がよくなるとも限らない。頭だけで考えすぎずに、実際にプロトタイプをつくって自分自身の感覚で確かめることを個人的には大切にしています。こうした過程で得られた気づきを、コンセプトやユーザー体験の設計までさかのぼって反映することもあります。
河原:エンジニアさんに実装してもらわなくても、Figmaなどを使えばある程度触れる状態のUIを再現できます。つくったものをすぐに自分のスマホで触りながら調整をしていきます。あまり時間を掛けすぎずに素早くできる方法でプロトタイプをつくっていくことが多いです。
河原:まずは、ユーザーが目的を達成するために無駄なところやわかりにくいところがないかを確認し、削ったり修正する作業を行います。そのために、ユーザーになりきって触ってみます。あとはUIデザイナーとしての今までの経験から「ここはたぶんうまく伝わらないだろうな」みたいなところも抽出します。ユーザー視点と専門家視点でプロトタイプを客観視して、リストアップしていく、といったかんじですね。
加えて、情緒面も見ていきます。「ここはユーザーにわくわくして使って欲しい」など、より魅力的にできる部分はどこか考えます。UIは使いやすさの観点で語られることが多いと思うのですが、機能面の要件がクリアされているだけではなく、情緒面においても高いレベルで実装されているUIを作りたいなとはいつも思っています。
河原:難しいですが、まずはデザイナー自身が「満足しない」ことじゃないでしょうか。機能面の目的達成だけをゴールにしない。結構「やるかやらないか」な面もあると思ってて。まずは使いやすいかどうかをクリアできるまで整えて、その上でもう一段階の粘りでもっと魅力的にできないかを時間の限り考えたいとは思っています。そういったフィーリングの部分も含めてUXなので。あと、私の場合はプロダクトの「人格」という切り口からも考えてみることが多いです。このプロダクトが人だったら、どういう語り口や反応をするのかとか。
河原:そうかもしれません。ただし、人格を考える上でも大事なのはやっぱりユーザーについての理解なので、結局考えているのはユーザーのことなんですよね。
例えば以前、若年層向けの金融サービスのデザインを手がけたのですが、その時に心がけたのがユーザーに「自分たちの仲間だ」と思ってもらえるかということ。お堅い金融マンみたいな人が唐突に話しかけても、彼らは「別に話を聞かなくてもいいかな」と思ってしまうかもしれません。そういうテンションじゃなくて、自分たちと同じような空気をまとっている人が語りかけてきたら、ちょっとだけ話を聞いてみようかなと思えるんじゃないかと。自分にとって関係のあるものだと認識してもらう、ということが大事かなと思います。
ユーザーと関わる「人」と見立ててプロダクトをつくることで、ただの道具という位置付けを超えて、もっと有機的にユーザーの心を動かすものを作ることが可能になるのではないかと考えています。
事業会社でユーザーを身近に感じた体験が基盤に
河原:Web制作会社から転職して、事業会社で働き始めてからですかね。Takramに入社する以前は複数のIT系スタートアップに計6年ほどおりまして、新規事業を0→1でつくる部分も、事業を育てる部分もデザイナーとして携わっていました。この経験を通じてエンドユーザーをはっきり意識しながらデザインするようになり、今につながる考え方ができてきたように思います。
スタートアップは、ユーザーとの距離がすごく近いんです。絶え間なくユーザーから会社にお問い合わせが来て、同じフロアで働くサポートメンバーが対応している。ユーザーを身近に感じながらデザインしていた時間が長かったので、そういった環境で身についたように思います。
河原:制作会社でもつくっていたのはWebサイトなので、UIをデザインしていたと言えます。ただ「デジタルプロダクト」となると目的が変わってきます。
例えばコーポレートサイトやランディングページのようなWebサイト制作の場合、その目的は内容をいかに分かりやすく的確に伝えるかということ。一方デジタルプロダクトの目的は、ユーザーが使う「道具」をつくることです。情報をどう見せるかだけでなく、本当にユーザーにとって使えるものになっているか、ユーザーにとって意味のあるものをつくれているかといった視点が加わりました。
UXはそのサービスの根幹になるものですから、クライアントも含めた全員で考えていくことが多いですね。新規サービスを立ち上げるプロジェクトの場合、サービスのユーザーは誰でどんな体験をしてほしいのかを整理します。一緒にカスタマージャーニーマップをつくったり、場合によってはワークショップをしながらUXを考えていく、ということもあります。並行して、UIデザイナーはプロトタイピングも行います。
あらゆる手段を用いてサービスにまつわることを統合して考え、さまざまな方法で具現化できるところがTakramでものづくりをする面白さだと思います。
河原:はい。ここでは複雑な情報をいかに分かりやすく伝えるかを重視しました。さまざまなデータをビジュアライズしたサイトなのですが、できるだけ広い層の方々に役立てていただきたいという想いがあったので、すっと頭に入ってくるトーンにしたいなと。
コロナ禍になってすぐは関連データを公開するサイトも増えましたが、その多くが危機感を煽るような表現になっていて。そうではなく、数値の増減をニュートラルな視点で俯瞰できるようなUIの佇まいを考えてつくりました。
河原:「KINS(キンズ)」ですね。肌の菌の状態がわかる検査キットと、パーソナライズされたサプリメントを毎月お届けするKINS BOXなど、菌ケア発想によるサービスを提供しています。
Takramはブランドコンセプトからネーミング、パッケージデザイン・ECサイトデザインなどの包括的なブランディングに携わっています。
さらに新しく愛犬・愛猫向けのブランド「KINS WITH(キンズウィズ)」が始動しまして、最近はそちらのプロジェクトリードを担当しました。犬や猫の体内に1000兆匹いると言われている菌を最適な状態にすることで、彼らの健康な心と体のバランスを保つためのD2Cサービスです。
こちらのパッケージデザインもチームでこだわってつくりました。
D2Cブランドはデジタルを主としているため、普段はWebサイトからしか商品を購入することができません。いつでも実店舗で実物を確認できるものではなく、お客さまは主にInstagramやWebサイトを見て購入を検討されます。そういったことを念頭に置いた時に、最適なパッケージデザインとはなんだろう、お客さまがInstagramに投稿したいと思えるパッケージデザインとはどんなものだろう、と考えました。パッケージのモックアップのデザインをWebサイトに入れ込みながら、UIデザイナーの視点からパッケージのデザインについても考えていましたね。
人を幸せにするという強い意志と、プロトタイピング精神
河原:「これを学べばUI/UXデザイナー」という決定打はない、と思います。グラフィックデザインなどと比較すると歴史も浅い領域ですし、技術や手法も日々アップデートされている。だから「習うより慣れろ」の精神が大事な領域だと思います。
河原:UIデザインは画面をつくるだけの仕事に思われがち。でも、実際はその影響範囲がものすごく大きい仕事なんですよね。ちょっとしたさじ加減で、場合によっては多くのユーザーの行動を変えることすらできてしまう。だからこそ、その影響力を自覚して適切に使うことが大事かなと。
人を幸せにするという強い意志を持ってデザインをする、ということを忘れないようにしたいなと思っています。UIデザイナーはユーザー体験だけでなく、ビジネス面でのゴールなども考慮しながら、さまざまな要件のバランスをとりながらデザインに落とし込むということを行いますが、その過程の中でも「人を幸せにするんだ」という意思は常に持っていたいなと。
あとは、先ほどもお話ししましたが、プロトタイピング精神ですね。いいユーザー体験を作るってすごく難しいので、頭だけで考えていると煮詰まっちゃうことも多いんですけど、それをとりあえず具現化してみる。誰にでもわかりやすいかたちでアウトプットして、共通認識をつくれるというのがデザイナーの強みだと思うんです。
だから、議論して煮詰まっちゃったときはとりあえずつくってみて、そのものを見ながら話す、ということを大切にしています。
河原:繰り返しになりますが「人を幸せにしている」デザインであることですね。そのプロダクトがあることですごく助かっている人がいるとか、心が豊かになっているとか。そうしたことがスマートに魅力的に実現できているプロダクトには心を動かされますね。その逆になっていると、モヤモヤします(笑)。
河原:名著ですが『誰のためのデザイン?』(D.A.ノーマン 著 / 新曜社 刊)はやはりおすすめです。人が使う道具をつくるという観点で普遍的に大切なことが書かれている一冊です。How toを学べる本についてはいろんなものが出ているので、好きなものを選ぶといいのではないかと。
UI/UXデザインは日々進化していて、移り変わりが早い領域。だから勉強してからなにかを始めるというより、まずやってみる、といういうのが学びの一番の近道だと思います。できれば実際のユーザーがいるサービスを運営している会社で働いてみるのが一番良いかなと。インターンでもアルバイトでもなんでもいいと思うんですが、その中でプロダクトづくりにかかわってみて、肌感覚で掴んでいくのがおすすめかな。あるいは、自分でアプリやWebサービスをつくって運営してみるのもいいと思いますよ。
河原:急成長しているフードデリバリーサービスChompyで、最近CXOに就任した大杉健太さんはいかがでしょうか。
今回のまとめ
UI/UXという概念がまだ定着していなかった頃に美大でそれらを学び、Web制作会社から事業会社を経てTakramにジョインした河原さん。第一印象の柔らかく穏やかな物腰とはうらはらに、ユーザーに対する情熱と「人を幸せにするデザインをつくる」という強い意志を感じたインタビューとなりました。
・頭の中で考え過ぎず、プロトタイピングを繰り返しながら最適な状態を生み出して行く
・「道具」を越えた有機的な「もの」としての存在を作り上げる
・機能面のゴールで満足せずに「人を幸せにするデザイン」にこだわる
UI/UXについてデザイナーたちが手探りで学んでいた時代から、多くのプロジェクトに携わってきた河原さんならではの視点ではないでしょうか。
たくさんの学びの機会とデジタルツールに触れられる今だからこそ、プロトタイピングを大切に「どんどん作ってアウトプットしてみる」ことの価値が、より見直されているのかもしれないとも思いました。
河原香奈子(かわはら・かなこ)
デジタルプロダクトのUI/UXデザインとブランディングを中心に活動。ITスタートアップ複数社にて新規事業立ち上げからグロース、デザイン領域のリーダー・役員などの経験を積み、2020年よりTakramに参加。主な仕事に、新型コロナウイルス感染症が地域経済に与える影響の可視化を行うサイト「V-RESAS」のUIデザイン、犬猫のためのD2Cブランド「KINS WITH」のブランディングなどがある。多摩美術大学情報デザイン学科卒業。