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vol.5 ChompyのCXO、wataameさんに聞いてみた
https://www.td-media.net/interview/ui-ux/interview-what-is-ui-ux-vol-5/
UXデザインの本質は「サービスを磨き続けること」
井上雅意氏(以下敬称略):メルカリでUX領域を手がけるようになってからは、サービス全体の価値ーー誰に・どんな価値を・どんな体験を通じて提供するのかを見つめて、サービスを磨き続けることが僕の役割だと気づき、常にその軸はぶらさないようにしてきました。
大学卒業後、最初のキャリアはモトローラ社やサムスン社での携帯電話のUIのデザインでした。当時は「UIデザイナー」として仕事をしていました。でも、UIの改善などは単にサービスの価値を上げるプロセスの一つだと感じたんです。スタイリングで目を引くことがお客さまの体験向上に繋がるなら注力しますが、あくまでも一部だと考えています。
井上:「そのサービスを本当に必要としている人がいる」という前提がある上で、その価値を「お客さまにどう届けるのか」を検討しています。
メルカリはわかりやすい例で、あのサービスはアプリの中だけで完結しません。それをふまえて、アプリの中もアプリの外の体験も、いかに簡単にしていくかを考えたデザインがされています。人間は基本的に面倒くさがり。だから少しの手間でもできるだけ改善して、障壁を取り除くことで価値をつくっていくことがサービスの隅々まで考えられていましたし、僕自身もそこを大切にしていました。
そこから、話題にしたくなるとか、ちょっと感動するとか……サービスの本質的な価値に加えて、体験を向上させるためになにかしら付加できる価値がないかも考えていきます。
井上:両方ありますが、直感的なひらめきを得たり違和感を覚えた部分から、集中的に考えていくことが多いです。実際にUXデザインを進めていく上では、まずは考えを整理するためにドキュメント化していくことが大半です。
どんなシチュエーションで使われるのか。どんな人にどんな価値を届けるプロダクトなのか、どんな風に実現できるのか。それらをラフに書き出して詳細を詰めていく、というような流れが多いです。場合によっては、いきなり画面の設計を描くこともあります。
ユーザーに考えさせないUI、ビジネスそのものであるUX
井上:UIはルール化しやすいと思います。まず最低限、ユーザーが画面を見たときに何ができるか・何が重要なのかがわかること。ほとんどのサービスでは「ユーザーに考えさせない」ことが重視されます。画面を見た瞬間に、ユーザーが何をすればいいかわかる状態を理想として、情報を整理したり、レイアウトやスタイリングを整えたりしていく。その上で、「使ってみたい」「押してみたい」という気持ちを高めるような工夫をする。そんなところかなと思います。
あとは、サービスによって「UIの頑張り方」は違うので、提供する価値が何かを見極めることが大事だなと。「シンプルさ」なのか「賑わい感」なのかによっても視点は変わります。ビジネスの価値を、より価値ある状態でお客さまに伝える「枠」を作りあげていく。UIのルールはそんなかんじです。
UXは先ほどお話しした内容がすべてかもしれません。「どんなシチュエーションで使われるのか。どんな人にどんな価値を届けるプロダクトなのか、どんな風に実現できるのか」。これがある種、自分にとってのルールに近いですね。どんなときもここを明確にせずに進めることはありません。
井上:むしろビジネスそのものを考えることだといってもいいかもしれません。結局、お客さまに価値を提供して、それに対してお金を払ってもらうというのが事業としてのシンプルなあり方です。UXを考えることと、ビジネスを考えることは切り離せないと思います。
お客さまが求めている価値は?
井上:UIは明確です。ユーザビリティテストなどによって、定量的にも定性的にも判断できる。
難しいのはUXです。UXの改善施策を個別に評価するのはすごく難しい。即効性がなく、ほとんどの場合いろんな要素が組み合わさって結果が出てくるので、細かい改善の組み合わせでしかないのかなと。肌感覚的にも、単体の施策ですごくうまくいったというケースは稀だと思います。そう考えると、最終的にはビジネスが成功したかどうかでしか、UXの成功は測れないのかもしれません。
だからこそ個別の施策には、お客さまに提供する価値がそれぞれに色濃く反映されている必要があるとも考えます。メルカリの例で言えば「梱包・発送」に関する課題を解決することはサービスの価値向上に直結するため、会社をあげて徹底的に改善し続けていました。アプリ上の出品までの工数を見直すというような少し大きなものもあれば、ボタンの位置やタップした後のステップ数など、ちょっとしたところにどれだけ価値を反映させるかだと思っています。
井上:両方ですが、いずれにしても一番重視するのはお客さまの声、特に一次情報です。あくまでもデータではなく、お客さまを見る。「こんな使い方をするんだ」という発見や、自分自身が使ってみて「これって使いにくくないかな」など、感覚的な気づきを集めて問いを立てていく。その上で「じゃあどうデザインすれば良いか?」と解決策の仮説を立ててみる。
仮説を出し切ってみて、どれが最良かを検討し、実装する、というシンプルな流れです。だからこそ、ここで精度の高い仮説をいかにたくさん持てるかが大切だと思っています。問いを立てる力と、解決策の仮説を立てる力が求められるのはどのプロダクトでも同じ。スティーブ=ジョブズ氏が言ったようにお客さまの要望がそのまま解決策になるとは限らないので、顧客の声に耳を傾けつつ「実はこれを求めているのでは?」と課題そのものを深掘りしていくことが重要です。UXの改善は全て、このプロセスの繰り返しだと考えています。
井上:もし、アプリの開発に携わっているならまずはいろんなアプリに触れてみることです。ユーザーとデザイナー、両方の視点から「なんでここはこうなってるんだろう?」とか「自分だったらこうするのにな」とか考えてみる。
そして、ユーザーの声をしっかり聞くことですね。笑っちゃうぐらい想定外の回答がかえってくるんです。「こんな使い方するの?!」とか、「思ってたのと全然違うじゃん」とか。でもむしろそれがいいというか。
デジタルプロダクトの良さは、アップデートできることだと思うんですよ。1回だけリリースして終わり、ということにはならない。だからこそ定期的にユーザーを見つめ直すことがとても重要です。そこから「違和感」を見つけてその解決策を考える。これを繰り返していくと、自分なりにつかめてくるものがあると思います。
数をこなしていくとだんだん見どころがわかってきて、自分の中に型ができてきます。そうなると、少ない手がかりからでもある程度仮説を持てるようになります。なんだか修行みたいな話になっちゃいますけど。
井上:おおよそ、二つに分かれると思います。まずは今までにもあったものを圧倒的に良いものにするサービスやプロダクトであること。あるいはこれまでできなかったことができるようになるサービスやプロダクトであること。
前者の例では、最近だと「Shopify(ショッピファイ)」に感動しました。ECサイトの構築サービスは国内外にたくさんあるじゃないですか。それらの競合をおさえて、非常に「良い具合」なサービスを提供している。とにかく簡単に使いたい、というユーザーのニーズを満たしている一方で、カスタマイズしたECサイトを作りたいというニーズにもきちんと答えているんですよ。
同社が手掛ける決済アプリ「Shop」もよくできています。Shopifyで構築されたEC店舗での購入履歴が一覧で見れたり、海外発送の商品が今どこにあるかが世界地図上に表示されるようになっていたり、返品もすごくスムーズで簡単だったり。周辺サービスにおける体験も含めて優れたUXだなと感じます。そりゃあ伸びるな、と。
井上:後者の例では、古い例ですが「Googleマップ」。これは衝撃でした。地図が要らなくなるじゃん! と。今までできなかったことができるようになるサービスやプロダクトと出会うと良い意味でのショックを受けますね。
「新しい暮らし」をつくりだす
井上:「僕だからこそできるデザイン」というのは無いと思っています。なので、今僕がいる環境での話をします。今は『NOT A HOTEL』というサービスを作っていて、ここで提供する価値は僕たちしか生み出せないと考えています。
簡単に説明すると、自宅、あるいは別荘とホテルをアプリで切り替えられる「新しい暮らし」を提供するサービスです。建築家の方々と一緒に建物そのものの良さを追求するのはもちろん、「住む体験」における面倒くささを排除し、より理想の体験に近づけるための工夫を随所に凝らしています。
井上:例えばIoTを駆使して、常にオーナーにとって快適な温度・湿度が保たれた空間を提供します。室内のタブレット端末やスマートスピーカーを使って全ての照明や機器をコントロールできるようになっています。ほかにも、玄関やクローゼットの鍵はスマートロックになっていてスマホで管理できたり、オンラインコンシェルジュサービスでちょっとした依頼や困りごとを解決できたり……。
井上:一番の特徴は、自分が暮らしていない時にホテルとして貸し出せること。例えば出張で家を空けることが多いとか、冬は海外で1ヶ月過ごすとか、ライフスタイルに合わせて不在時にはホテルとして活用できる。オーナーは、自分が住む日数を使って、他のホテルに泊まることもできます。そうなると、自由にいろんな場所に住むことができるようになる。365日分の権利を持っていたら、毎日世界中旅しながら暮らすことも可能になるわけです。こうしたサービスを通じて、NOT A HOTELは顧客に新しい「暮らし」の体験を提供します。
井上:他にも、「一棟購入」だけでなく「シェア購入」を提案したり、ネットショッピングのように簡単に購入できたりと、購入する部分にも新しい体験と価値を追加しています。
井上:プロダクト全般をみています。オーナー向けアプリから予約サイト、ホテル運営のツール、IoTまでNOT A HOTELでの暮らしをつくるプロダクトを手がけています。
やることが多いので、ルーチンで動くことはほとんどなくて……1日ごとにテーマを分けて動いてますね。例えば「リリースまでのプロセスを考える日」とか、「プロダクトのロードマップを作る日」とか。なので、直接UI/UXデザインに関わることは、ほんの一部かもしれません。
井上:個人的に、クレイトン=クリステンセン氏の『ジョブ理論』(ハーパーコリンズ・ジャパン 刊)や『イノベーションのジレンマ』(翔泳社 刊)が好きなんです。その中に出てくるミルクシェイクの話はすごく示唆に富んでいると思います。このエピソードにもあるような、あるシチュエーションにおいて、本質的に何が求められているのかを見出すという考え方はとても勉強になるのでオススメですね。あとは、デザインの勉強はみなさんそれぞれでされてると思うので……『ノンデザイナーズ・デザインブック』(Robin Williams 著、マイナビ出版 刊)とかは、読んでおくといいかなとは思います。
井上:ZOZOの大久保真登(おおくぼ・まこと)さんはどうでしょう。ZOZOのデザインの統括をになっていらっしゃる方です。クリエイティブ寄りの方ですが、きっと面白い話を聞けると思います。
今回のまとめ
NOT A HOTELで「住む体験」をアップデートするサービスを手がける井上さん。「UXを考えることは、ビジネスそのものを考えること」と語る彼は、多くのプロダクトやサービスの立ち上げ経験に基づいた独自の視点とフレームワークを持っているように感じました。
・UXを考えることは「誰に・どんな価値を・どんな体験を通じて提供するのか」を見つめて、サービスを磨き続けること
・感覚的な気づきを集めて問いを立て、解決策の仮説を立てる。UXの改善はその繰り返し
・注目しているのは、今までにもあったものを圧倒的に良いものにする/これまでできなかったことができるようになるサービス
井上さんのお話からは「サービスの内容が変わっても、顧客(ユーザー)を見つめて『誰に・どんな価値を・どんな体験を通じて提供するのか』を問い続ける姿勢は一貫して変えない」という強い意志を感じました。意識して考えなければリリース時のまま放置されてしまいがちな部分。面倒がらずに定期的にそれらに向き合うことは、サービスの運営に関わる全ての人に必要なプロセスだと改めて考えさせられました。
井上雅意(いのうえ・がい)
慶応SFC在学中からサービスづくりに興味を持つ。卒業後、モトローラに入社。同社日本撤退により、サムスンのデザインセクションに入社し、携帯電話のデザインや新サービスの企画提案などを担当。その後、Yahoo! でのサービス開発・企画を経て、メルカリ・ソウゾウの立ち上げに参画。メルカリアッテ、メルチャリなどのサービス開発を経て、デザイン全体の統括に。事業責任者として、UIやアプリ開発などに携わる一方、全社的なサービス設計や事業計画なども担当。2020年11月より、NOT A HOTELにCXOとして参画。