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vol.6 NOT A HOTELのCXO、井上雅意さんに聞いてみた
UXは世界観、UIはそれを実行していくためのトリガー
大久保真登(以下敬称略):UI/UXに対する考えや感覚は、自分の中でもここ数年間ですごく変化しているので一言で言い切るのは難しいのですが……UXとは、コンセプトと世界観。UIはその世界観を実行していくためのトリガー(きっかけ)のようなものだと考えています。
UI/UXを議論するときは一般的には抽象的な体験やインターフェイスについて語られることが多いと思うのですが、それだと議論がぼやけるため、サービスデザインの上流で「コンセプト」や「世界観」をいかに具体化して考えられるかが大切なポイントだと思ってます。
大久保:一言で表すなら「(そのサービスにおける)ビジネスの方針とデザインの橋渡しになる仕掛けを考える」ことなんじゃないかなと思います。
大久保:ZOZOTOWNをはじめた2004年はまだ「インターネットで服が売れるわけがない」と言われていた時代でした。
当初目指していたUX、つまりコンセプトは、その名のとおり「街(TOWN)」。「『想像(SOZO)』と『創造(SOZO)』の行き交う街(TOWN)」というのが、サービス名と現在の社名の由来にもなっています。
大久保:はい。当時のサイトでは最先端CG技術を使って、ブランドの世界観を再現していました。ネットショップに対する信頼度が世の中的にまだまだ低かったので、ユーザー側はちゃんと商品が届くのか、本物なのかを不安に感じていました。ブランドさん側は、自分たちの商品が大切に扱われるか、手にとって触れられないネットショッピングでもブランドの価値観が届けられるかを懸念していたと思います。それらの不安や懸念を払拭するための仕掛けとして、インターネット上に「リアルなCGの店舗が並ぶ街」をつくりました。
目的は2つで、まずはユーザーに対して公式ショップであることを印象付け、安心して買い物を楽しんでもらうこと。そしてブランドさんに対して「皆さんのブランドを大切に扱います」という想いを表現することでした。
しかし「公式で丁寧なサイトなので安全です!」とストレートに出してしまうと、かえってサイトが怪しく見えてしまう。だからこそそういうビジネスの方針を咀嚼して「リアルな店舗が並ぶ街」というコンセプト(UX)に変換したんです。
それから6年ほどたった2010年頃には、インターネットで洋服を買うことが当たり前になりつつありました。公式感と安心感のために大切にしてきた街並みの世界観は役割を終え、よりECサイトとしての利便性を高めるUIにリニューアルしました。その時のコンセプトは「街から人へ」。ユーザー数・ブランド数が共に増える中でより使い勝手のいいサイトにしていく必要性が高まり、それを受けたUI/UXになりました。
大久保:今回は17年目のリニューアル。「これから」を見通してデザインを考えたとき、「ハイブランドからプチプラブランドまであらゆるファッションアイテムを取り扱うECサイト」として成長させていくのが次のフェーズです。
「ビジネスの方針」は「MORE FASHION×FASHION TECH」という経営戦略に紐づけられています。これは一言で表すと、テクノロジーの力でネットとリアルの境界を溶かしてくこと。オンラインショッピングの課題だった、テスター利用や試着ができないことによる「コスメ選び・サイズ選びの難しさ」を解消するために、僕たちはテクノロジーを活用して、コスメ選びの際に使えるフェイスカラー計測ツールZOZOGLASSや、足の3Dサイズ計測ツールZOZOMATなどの計測ツールを開発・配布する、といった取り組みも実施してきました。
これらのビジネスの方針とデザインの橋渡しとして、UXを考える上では「全てを包み込む器になろう」というコンセプトを掲げました。簡単にいうと「どんなブランド・商品でも取り扱うことができる売り場になろう」と。
実はこのコンセプトの元になったキーワードは、ちょっと恥ずかしいんですけど「愛」だったんです(笑)。向かう先はブランドやユーザー、そしてファッションというカルチャーそのものに対しても。
大久保:はい。まず表現したのは、ジェンダーニュートラルです。それまでのZOZOTOWNは黒い帯に白抜きのロゴでどちらかといえば男性的な印象のあるサイトでした。実際のユーザーは7割が女性なので、2021年3月のリニューアルではグレーに黒いロゴを載せて、ジェンダーの偏りがないようにバランスを整えました。他にも性別アイコンをトルソーに変えたり、オリジナルフォントを作成してロゴを含めて刷新したり、そうやってユーザーへの「愛」を表現しました。
一方、ブランド側が訴求したいことを、より表現できる場も用意しました。ショップコンセプトページを新設し、ビジュアルエリアを大きくとったりショップニュースをリッチ化したりするなど、コミュニケーションの場としても活用してもらえるようにしたんです。
ファッションを愛しているからこそ、ワクワクしながらお買い物を楽しめる場所をつくり、ファッションを愛する人を増やす。そのために時代の変化に合わせてUI/UXを刷新しました。
カルチャーを生み出す場としての機能
大久保:先ほどもお話しした通り、今回のリニューアルのキーワードである「愛」の向かう先はブランドやユーザーだけでなく、ファッションやアートを含めた「カルチャー」そのものも含んでいました。
ですから、ブランドやユーザー向けの施策のほかにも、カルチャーをもっと盛り上げていきたい、という想いもいろんなところに込められています。例えば、サイト内で使用するバナーは今まで社内のデザイナーが作っていたんですが、それを外部のアーティストに依頼するようにしたり。
ZOZOTOWNのトップページの1日の閲覧者って、実はJR新宿駅の1日の乗降客数を超えるくらいいるんです。
そこで、トップページを「若手のクリエイターが自分のイラスト作品を多くの人に見てもらうための場所」としても活用することにしました。多くのユーザーに利用されるようになった今、プラットフォームとしても可能性を広げていってクリエイターの人たちに開かれた環境をつくることで、結果的にカルチャーを生み出すことにも繋がるのではないかと考えたんです。
他にもカルチャーを生み出すための取り組みとして、購入者向けの会員誌『FAR』を創刊しました。これはクリエイターの想像と創造を開放するビジュアルマガジン、というのがコンセプト。各号のテーマのみをZOZO側で決め、ヘアメイクアップアーティスト、スタイリスト、フォトグラファー、イラストレーター、画家など多様な分野で活躍するクリエイター達に自由に発想し、表現してもらうことを目指した雑誌です。
創刊号のテーマは「FACE」。FARの編集チームは、雑誌の意図とテーマだけを伝え、7組のクリエイターがテーマをもとに自由に表現したビジュアルを、そのまま掲載しています。「文字のない雑誌」として、各ページには、作品名や作品の説明どころか、ページ番号の記載もありません。
10万部作成して、ZOZOTOWNでお買い物してくれたユーザーの中から商品と同梱の形でランダムに発送。事前予告はあまりしなかったものの、インターネット上の口コミで雑誌の存在が一気に広がりました。
今後、FARでも若手クリエイターが活躍する場を積極的に創っていきたいと考えています。雑誌を創刊しても10万部も売れない時代ですが、ZOZOTOWNを運用している僕たちならたくさんのユーザーに届けられる。まだ始めたばかりの取り組みですが、ZOZOTOWNが今後カルチャーやファッションに貢献していく人たちのための開かれた場所の一つになれたら、という想いで取り組んでいます。
「スケール」を意識して器をつくる
大久保:UI/UXを考える際にはいつも「(そのサービスが)どのような道のりを経て拡大・成長していくか」を考えています。僕たちがよく使う言葉で言い換えると「どのようにスケールするか」ですね。ルールとしては、サービスの成長・拡大に「耐えうる」器になっているかをいつも意識しています。
人と人との会話に例えて考えるとわかりやすいのですが、サービスを伝える対象が1人か2人……あるいは30人くらいなら、そんなに難しくありません。伝えたいことをどう言えばいいか、なんとなくわかる。だけど100万人になるとしたら?
突然、わからなくなりますよね。サービスデザインもそれと一緒で、だからこそ最初から大規模に使われることを想定したデザインの器を考えることが重要なのです。
大久保:例えば、ファッションコーディネートの写真共有サービス『WEAR』は、当初からグローバルで愛されるサービスに育て上げることを目指していました。
メインコンテンツはユーザーが投稿する写真です。ユーザーにとって、コーディネート写真は自分の作品でもあります。だからこそ「ちゃんと扱ってくれている」と実感してもらえることはマストで、なおかつジャンルを問わないことが必須です。
明らかに女性向けとイメージさせるようなデザインや、特定ジャンルに偏ったデザインだとそれ以外の人にはしっくり来なくなってしまいます。
なのでWEARでは、一見シンプルでニュートラルだけど、どんな作品でもスッとなじむ……そんなデザインを目指しました。規模が拡大しても、サービスを伝える対象が増えても、コンセプトや世界観を正しく伝えられるかどうか。いつもこれを大切にしています。
行動のトリガーになるかどうか
大久保:Webサイトではないんですが、マクドナルドのポテトの「匂い」。もはやUIの一部だよなと思いますね。
よくできたUI/UXの特徴は、何かの行動のトリガーになること。例えば休憩時間にオフィスから出てエレベーターに乗った時、あきらかに数分前にここにマクドナルドのポテトが「いたな」とわかる瞬間がある。で、そうなると一気にマクドナルドに行きたくなるわけです。他のハンバーガー屋ではなく、マクドナルドに。同社がそこまで考えているかはわかりませんが、あれは本当にすごいと思います。
大久保:気になっているのはタクシー配車アプリの「GO」ですね。とにかくインターフェイスがシンプル。開いたらすぐにピンが落ちてきて、住所入力などの手間なくタクシーが配車されます。ボタンも大きく誤タップが防げたりと、トリガーとして洗練された印象を受けています。
あとは、あくまで僕の経験上ですがGOで配車されるタクシーが今のところ全部「当たり」なんですよ。
接客や車内のニオイ、清掃レベルや運転技術など、素晴らしい運転手さんが多い。オペレーションも統一感があります。デザイナーだとどうしてもアプリの画面上のUIだけに目がいってしまいがちですが、ひょっとしたらタクシーの運転手さん向けにトークスクリプトや接客マニュアルみたいなものがあるのかもしれません。
細かいことですが、タクシーを降りる瞬間にプッシュ通知でレビュー依頼がくるのも本当にいい。それが目的地へのマップを見るためにスマホを開く瞬間だったりするので、もしかしたらそういう絶妙なタイミングまで計算されていて、それがレビューの件数や内容の向上に繋がって、運転手さんの接客技術の底上げになって……というサービスのフィードバックループのトリガーになっているのかもしれないな、と妄想したり(笑)。
本当にそうだとしたら、サービスの仕組みによってユーザーの体験を向上させている素晴らしい例だと思います。
長くやっているから気付く部分、好きだからこそ気付く部分
大久保:僕たちならではでいうと、ZOZOには勤続10年以上のデザイナーが多いんですよ。デザイナーは全体で数十名なのですが、そのうち半数くらいはもう10年、15年とZOZOで働いてきた人たちです。
一つのサービスにここまで長く関われる環境は珍しいと思っています。僕たちは創業時から3回の大規模リニューアルに加えて、日々、細部のアップデートを繰り返してきました。例えばヘルプページやカスタマーサポートといった、普段あまり目にしないようなところまで「ピカピカに磨き上げてきた」という自負があります。
そんな風に一つのサービスで何十回も改修し、改善を繰り返してきたデザイナーはなかなかいないんですよ。だから深いところまで見れるデザイナーが多いなとは感じます。
あとは、もともとファッションが好きな人たちが作っているので、それゆえの強みはありますよね。好きだからこそ気づく部分ってどうしてもあるので。
自社事業の成長性は、結局のところはそこにかかわる人たちが「自社やそのサービスをどれだけ愛しているか」に尽きるのではないかと思います。そういう意味では、ZOZOは本当にサービス愛やZOZO愛の強いデザイナーが多いです。
ZOZOはすごくデザイナーと経営層との距離感が近い会社です。近年では、より経営に近い場所にデザイナーが入っていく方針に舵を切っており、組織や体制にもそれが現れています。「デザイン経営」というワードを耳にすることが多くなってきていますが、デザイナーがデザインやクリエイティブなどの武器を持って経営に参加できる企業が増えたら、日本におけるデザイナーの価値はもっと向上していきますよね。そんな企業の一事例になれたらいいなと思っています。
UI/UXを学ぶなら、地域の商店街に飛び込んでみるのもあり
大久保:そうですね、どうでもいいかもしれませんが1日1回サウナにいきます(笑)。サウナが一番、デジタルデトックスできるんですよ。スマートフォンがあればどこでも仕事ができてしまう時代なので、あえて遮断できる環境を作っているのもありますね。考えごとや瞑想などもサウナですることが多いです。
いわゆる「ととのう」じゃないですけど、ムラのある人にならないということは心がけています。健康面・精神面ともに安定した状態でいるためにも、サウナにいくことでルーティンをつくり、自己管理をしています。
あとは、自らデザインをしないようにしています。現在の立場は「クリエイティブディレクター」なので、意思決定をするのが仕事。その日にできる判断は後回しにせずに、できるだけその日のうちに決めるよう心がけています。
打ち合わせや会議に1人で出席しない、というのも進め方として大切にしていることです。個人的な意見ですが、デザイナーにとって一番重要なのは「間に人を入れないこと」だと思っていて。社内にしろ社外にしろ、クライアントと直で仕事をすることが一番やりやすい、お互いのインサイトを引き出せるやり方なんですよ。
発言しなくてもいいので、まずはその場にいてもらう。会議が終わったら少し時間をつくって、壁打ちしながら方向性を決める。その上で作業に入ってもらう、ということを意識しています。
大久保:こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、本当に学びたいなら、「UI/UX」と銘打ったインターンやスクールだけに行って満足しないようにした方がいいかもしれないですね(笑)。
表面的なデザインやお作法を学ぶのもいいですが、「経験」は現場に出なければ得られません。
例えば、地域の商店街のお店や町工場などのDX化を一つでも無償でお手伝いしてみるとか、どうでしょう。たくさんの気づきを得られると思いますよ。
まずはいつもの業務でやりにくいこと、困っていることをヒアリングする。何を成し遂げたいのかを語ってもらう。それをインターネットの力で解決できないかを考える。目的を達成するために何がトリガー足り得るかを考える。実際に作ってみて、使用してもらい、感想を聞く。そのフィードバックを反映させる。これができたら、めちゃくちゃ勉強になると思いますね。
大久保:活字を見ると眠くなるので本はあまり読まないのですが(笑)、あえて挙げるならフィル・ナイトの『SHOE DOG』(東洋経済新報社)です。いわゆるデザイン本ではなく、ナイキ創設者の創業物語。彼が熱狂的に靴を愛していることが伝わります。日本のランニングシューズに可能性を見出して学生時代に単身で日本に渡ったり、自社製品の良さを伝えるために自分で陸上競技会に出て走ることで在庫を完売させたり。とにかく「シューズ愛」がすごいので、「自分って何愛が強いんだっけ?」と思わず考えてしまうほど。
「寝食を忘れる」という例えがありますが、著者はリアルにそんな感じなんです。他のことが気にならないほど何かに熱狂できるって素晴らしいことですよね。学生のうちは表向きのデザインやお作法を学ぶよりも、そういう「寝食を忘れる」ほど何かにのめり込む経験をした方がいいんじゃないかなと思います。そうやって何かに熱狂して、深くのめり込んで長けていけば、そのうち周りの景色もスーッと拓けてきて前後左右もわかってくる。
デザインに限らずスキルセットの身につけ方みたいなものと一緒だと思うので、そういう意味でも、参考になる本でした。
大久保:STUDIO DETAILSの海部洋(かいふ・ひろし)さんですかね。デジタルでもフィジカルでも素晴らしいデザインをたくさん生み出していて、いつも「これはすごい」と感心させられる気づきを与えてくれる方です。最近だとバーミキュラやリンナイなどのクリエイティブを包括的に担っていて、いわばブランディング戦略のスペシャリストです。
海部さんご自身はかなり「やってきた」人。お話しするとすぐにわかりますよ、「ああ、この人は本当にやってるな」って(笑)。ぜひ、インタビューして確かめてみてください。
今回のまとめ
ZOZO全体のサービスデザインにかかわってきた大久保さん。特にZOZOTOWNではこれまで何度も大規模リニューアルに携わり、事業フェーズの拡大とともにユーザーやブランドと向き合い、ビジネスの方針を世界観に変換してUI/UXに落とし込んできました。
・UX(=世界観・コンセプト)を考えて、ビジネスとデザインの橋渡しになる仕掛けをつくることが重要
・そのサービスが今後どうスケールしていくかを想像する
・よくできたUIは、なんらかの行動のトリガーになっている
・UI/UXを学ぶには、ビジネスの現場に飛び込んで作ってみるのが一番
印象的だったのは2021年3月のZOZOTOWNのサイトリニューアルのテーマが「愛」だったということ。ファッションへの強い想いを持つ同社だからこそ、ZOZOTOWNをひらかれたカルチャーのプラットフォームにしていきたいというお話からは、社として掲げるミッションそのものまでもUXに反映されていることが感じられ、ハッとさせられました。
大久保 真登(おおくぼ・まこと)
株式会社ZOZO CDO室 室長 / クリエイティブディレクター 2007年に株式会社スタートトゥデイ(現株式会社ZOZO)に入社後、デザイナーとしてZOZOTOWNのUI/UXや広告プロモーションに携わる。 2013年には同社が運営するファッションコーディネートアプリ「WEAR」のクリエイティブディレクターとして事業立ち上げを行い、その後も計測ツールZOZOSUITやZOZOMATなどのUI/UX設計やコンセプトなどのディレクションを担当。現在は株式会社ZOZOの自社サービス全体のブランディングを支える。