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vol.7 ZOZOの大久保真登さんに聞いてみた
「社会にとって、これはなんなんだろう」
海部:UXは一言で表せばお客様の体験。もちろんそれは重要ですが、僕はデザインする対象と世の中の「接点」を探っています。それはやはり、UXを考えることはその商品の世界観を考えることだと思っているから。
言い換えると、「社会にとってこれは一体なんなんだろう」「(ユーザーの)どんな価値観を支えるものなんだろう」ということを考えているというか。見た目や使い心地といった部分よりもむしろ、概念的なことを考えている時間の方が長いですね。
海部:例えば僕たちはここ数年、とある家電メーカーさんの先行開発におけるコンセプト策定やUXの言語化、ミッション・ビジョン・バリューの策定に携わる機会が多いのですが、前提として社会が変化していく中でユーザーの価値観がどう変わっていくかを見つめています。変化していく価値観の中で、家電というものがどんな存在になるのかを考える時間です。
このプロジェクトでは2030年や2040年を想定して商品開発をしています。10〜20年後に定着しているであろう新しい価値観を予測し、その社会にとって家電が持つ意味はなんなのだろう、と考えていきます。例えば、リサイクルに対する意識が進んでいて、修理して使い続けるのが当然の世界になっている、とか。そうなってくると「リペア」が持つ価値やそこで得られる満足度が今よりももっと重視されるようになるだろう、とか。
そうなると、これまでは新しいものを買ってもらうことが正解だったけれど、これからは違う枠組みで考える必要があります。UXを考えるときはそうした視点でみている気がします。
海部:まさしく。概念を作った後、どう「具体」に落とし込んでいくかですよね。
多くの場合マーケティングとぶつかります。彼らは、売れるかどうかをシビアに問いますから。でも、ブランドが目指している姿と、足元で今やるべきことを結び付けられる文脈は必ず存在します。そこを見つけていく作業ですね。
UI/UXに特化して言えば、ユーザーにどんな体験をさせるかを整理し、チャネルごとのデザインのトーン&マナーや、「人格」もドキュメント化します。NG項目も挙げますね。そうすると「揺れ」が減っていくので。
あとは仮説検証の繰り返しです。「ブランドが目指す世界観」と「ユーザーのインサイト」が結びつくポイントを探す作業を地道に繰り返していきます。今わかっているユーザーのインサイトを地続きで獲得していく道のりの中で、ブランドが目指している姿にどう近づけていけるかを検証したり。あるいは、目指す世界観に到達するためには今どんなインサイトにリーチしておくべきか、と逆算して考えたり。何度も何度も行ったり来たりしながら考えていきます。
「体系化」や「整理整頓」
海部:いやぁ……実はあんまりルールって思いつかなくて。一つひとつ、毎度ユニークにやるしかないんじゃないかなというのが本音ですね。ただ、僕たちの仕事はクライアントワークなので、UI/UXに関わらず、論理の行き止まりがないところまで考える、というのは個人的に意識しています。「なぜ?」を深掘りしていく。
結果的に提案書はものすごく分厚くなっていくので、プレゼンの時も、最後の方は聞いてないお客さんもいるかもしれません(笑)。でも、「説明しきれること」と「自分の言葉で語れること」はすごく大切にしていて。結果的にそれが仕事につながらなかったとしても、そこで信頼はしていただけると信じてるんですよね。
海部:難しいですね。あえていうなら「体系化」とか「整理整頓」みたいなことに近いような気もします。ほとんどの案件では、この領域はすでにクライアントが持っているアセットやコンテンツの価値を顕在化させていくプロセスなので。
お客さんの中では「散らかっている」ことが多いです。自分たちがたくさんのアセットを持っていることには気づいているけど、どう見せたらいいかがわからない。それをしっかり掬い上げて整理して「一番のアセットはこれですね」って確認していく。そういう作業です。
ないものを無理やりつくっても持続性がないんですよ。一瞬だけ格好良く見えるブランドは作れるんですが、ブランドってもう少し、内省的なものだったり、自然体で持っている良さが抽出された「人格」だったりすると思うので。例えば今いるブランドディレクターがいなくなったら続かない、というのはそのブランドにとって損失になると思うので、あまりにもキャラクタライズしたものは作りません。
海部:はい。当時はホーロー鍋のプロダクトひとつ取っても競合が多数存在し、各社がわりと近しい訴求軸のブランディング戦略を展開していました。
バーミキュラさんはもともと歴史ある鋳物メーカーで、一番のアセットは職人さんの技術力。経営陣や現場の方々と会話やワークショップを積み重ねて情報を整理し、ブランドのコアとなる訴求軸の見直しや、体験価値のあり方、ペルソナの再定義などからスタートしてデザインへの落とし込みを行いました。
海部:企業規模やフェーズ、意思決定プロセスなどは企業によって様々ですから、全ての案件でこういった形のパートナーシップが形成できるわけではありません。そういう意味では、バーミキュラさんの件はタイミングなども含めてとても良い出会いだったなと思っています。
海部:基本的には先ほどお話しした「なぜ」の深掘りのためにワークショップを開催し、3~4ヶ月ほどかけてブランド内のアセットを言語化していきます。ビジョン・ミッション・バリューを整理したり、10年後、20年後に提供できている価値やサービスを定義し、そこから逆算思考でブランドのあるべき姿を再確認したりしていきながら、それぞれのタイムラインでどんなユーザーにどんな価値を届けていくのかを一緒に見つめ直します。
海部:毎回、ワークショップで得られた情報や気づきをドキュメント化し、認識をあわせていく作業を2週間に1回程度のサイクルで実施します。3~4ヶ月というと長く感じられますが、丁寧に取り組んでいくと、この期間でも足りないと感じるくらいで。
お客様に面倒がられることもありますが、ここをきちんと詰めずに進めるとアウトプットに微妙なズレが生じてしまうんですよね。お客様の目線や考え方を徹底的にインストールする期間だと捉えています。こうすることで、お客様との信頼関係も構築できますし、プロジェクトを進めていく上でのディスカッションの解像度もかなり上がります。
このプロセスは、同時に「自分の気持ちを(商品・サービスに)入れていく」ための期間でもあります。
僕たちにとって、そのプロダクトに惚れ込む、好きになるというプロセスは非常に重要で……。商品やサービスを生み出した人々の想いが自分自身に憑依するくらいまで理解することが、良い仕事をする上で欠かせないと考えているんです。一言で「デザイン」といっても、意匠的に鮮やかで美しいものをつくるだけでは足りません。何に対してこだわるのか。その判断のよりどころとなるのはやはり「なぜ」の部分なので、ここを言語化し、整理しきることが重要だと思っています。
経営の横に立ってデザインしていくこと
海部:Webサイトやアプリではないのですが、スノーピークさんの取り組みは、UXという観点からは素晴らしいと思います。彼らは「キャンプ」や「野遊び」をする機会を増やすことをゴールとしていて、サービスの垣根が一切ありません。例えば、手ぶらでキャンプできる提携施設を増やしたり、サマリーポケットさんと事業提携してキャンプ用品のストレージサービスを開発したり。他にも「遊」「衣」「住」「食」「職」の5つの領域で、ユーザーにキャンプの価値を体験させることに徹底して取り組んでいます。ここまでやりきれるのは純粋にすごいですよね。
他にはナイキさんの取り組みにも注目しています。彼らはもともと卸中心だったビジネスモデルを2017年頃から方針転換し、直営店に絞った販売戦略を取るようになりました。このとき同社が徹底的に行ったのは「一次情報を取りに行く」こと。在庫や売り上げなどのデータを分析し、エリアごとの売上予測の精度を上げて「買えない」という体験をなくしたのです。ここで得た一次情報は価格などにも反映し、マーケティングのみならず顧客体験の向上にも活かしています。昨今ではD2Cを強化していますが、ここまでの流れを見ると納得がいきますよね。
どちらにも共通して言えることですが、UI/UXを検討するときには常に経営の横に立ってデザインしていくこと、そしていつも一次情報を取りに行くことは常に意識していたいです。
海部:はい。そうすることで「経営に資するデザイン」を生み出せると思うからです。
昔はもっと、色や形といった狭義のデザインを考えることが多かったように思います。それこそ、「かっこいいデザイン」をつくることが必要とされていると思っていた。でもクライアントワークを手がけていく中で「なぜこれをやるんだろう」「なんのためにデザインが必要なんだろう」と考えていったら、そこを意識せざるを得なくなりましたね。
海部:いえ、まったく。高校を出てすぐに音楽の世界に飛び込んで、スタジオディテイルズを立ち上げるまで、10年ほどバンド活動をやってました。
年間150本くらいライブをしていて、毎日ライブハウスを車で回って楽屋でご飯を炊いて食べて寝て……みたいな生活をしていました。ライブの本数は多くてもお金は全然なくて、そんな日々だとバイトもできないので、何か楽屋で日銭を稼げることはないかなと思った時、バンドグッズを作って売りはじめたのがデザインとの出会いです。インディーズで何枚かCDも出したのですが、そのジャケットのデザインも自分で制作していました。
そこから知人のつながりで少しずつ依頼を受けるようになって、地元の企業のウェブサイトやECサイトの制作などをお手伝いさせてもらうようになって。
30代に差し掛かる頃、年齢的なものもあって、やっぱりすごく悔しかったですけど音楽を諦めて、高校時代からの友人と始めたのがスタジオディテイルズです。だから美大や専門学校を出ているわけではなく、お客さんがついていたわけでもなく……最初は地元企業さんを中心に細々と始めました。グラフィックデザインなどもたくさん作りました。完全にゼロから、泥臭く叩き上げでやってきました。
10年ほど前からは、当時京都大学の学生ベンチャーだったX.1(エックスポイントワン)社と資本業務提携を行い、もともとのWebデザインやグラフィックデザインだけでなく、アプリケーションの開発などにも対応できるようになりました。
5年ほど前には、ソフトバンクの社内起業プログラムに僕自身が起案者となって入り込み、シェアサイクリングのプラットフォーム事業を立ち上げました。取締役兼クリエイティブディレクターとして2年間、立ち上げ時のブランディングやサービス開発に従事しました。そんなかんじで、デザイン会社でありつつも、テクノロジー領域を拡充したり、サービス開発にチャレンジしたりと、対応できる領域を広げながらここまできた感じです。
海部:僕たちは戦略的にコンサルっぽくやってるわけじゃなくて……どちらかというと、「死ぬほど考える」とか、そういうことを大事にしています。代理店さんからのお仕事の比率は1割を切っていて、ほとんどがクライアントさんから直接ご依頼いただいてお仕事できている。それはやっぱり、自分たちで一次情報を取りに行って一生懸命考えて、考え抜いて、自分たちの言葉で伝えられているからなのかなと思います。
考える時の共通したフレームワークみたいなのって正直、ないんです。もちろん、カスタマージャーニーとかファネルとか、そういう一般的なものは使いますよ。でも、もっと大事なのは「自分で納得しているか」。誰かに評価されるかよりも、お客さんやあるいは社会に見せる時に、愛して出せるか。そういうのってお客さんにもユーザーにも絶対伝わると信じているので、そういうところを大切にしています。ちょっと根性論に聞こえちゃうかもしれませんが……。
海部:はい。僕は料理も好きなんですが、料理と音楽とデザインは同じプロセスで作り上げていくものだと思っています。音楽でのアウトプットの方が抽象度はずっと高いですけれど。
大切なのは「素材の本来の良さ」を引き出すこと。若い頃につくったデザインや音楽を見返すと、笑っちゃうくらいコテコテなんですよ(笑)。「自分っぽさ」とか「目立つもの」とかにとらわれてしまって装飾過多になっている。そうするとコアが見えにくくなるんです。料理も同じですよね、出汁と塩さえあれば十分かもしれないのに、砂糖や醤油で味を足していくとどんどん素材の良さがわからなくなる。
UIなどにも同じことが言えます。細部の所作や美しさにはもちろんこだわりますが、そもそものコアとなるコンセプトを引き立てることは常に意識しています。
毎日「写経」する
海部:最近はデザイナーとして手を動かすことはほとんどなくなったので、今日お話ししてきたような、案件ごとのコンセプトや世界観などについて考えていることが多いですね。あとは、現場のデザイナーからチェックやフィードバックの依頼が入ればそれに対応します。朝型なので、朝日が昇る頃に起きて早朝から仕事をしています。
特にユニークな点は無いと思うんですが……美味しいご飯を食べよう、というのが日々のモチベーションですね(笑)。
海部:僕自身、学校や書籍で勉強してきたわけではないので。とにかく若い頃はたくさんのコンテンツに触れるのが良いと思います。本でもアプリでもwebでもいいので、毎日「見る」「触れる」時間をつくるのがおすすめです。
そのとき、ただ眺めているだけではだめで、自分で手を動かしてみるのが大切です。僕は「写経」と呼んでいるんですが、良いと思ったデザインを自分でも再現してみるんです。そうすると、いろんな気づきがある。簡単そうに見える表現でも思ったよりもずっと難しかったり、その逆も然りで。
とにかく毎日、写経するといいですよ。デザイナーは引き出しの数が勝負。自分の引き出しをとにかく増やしていくつもりでコンテンツに向き合うと、成長できると思います。
mount inc.というデザイン会社で長くデザイナーとして活躍されている林さんはどうでしょうか。同社は昔からすごく尊敬している事務所さんで、素敵なデザインを次々に生み出しています。UI/UXについての考え方も聞いてみたいです。
今回のまとめ
これまでクライアントワーク一本でやってきた海部さん。美大で学んだり、デザイン事務所で働いたりした経験を持たずにデザイン事務所を立ち上げ、一歩一歩階段を登るようにあゆみを進めてきました。UI/UXについても「毎度ユニークにやるしかないんじゃないかなというのが本音」だと語っていましたが、掘り下げると独自の視点が次々と見えてきました。
・UXを考えることはその商品の世界観を考えること。だからこそ社会との接点を徹底的に考える
・アウトプットのブレを防ぐための「なぜ」の深掘り。アセットを整理整頓してクライアントと目線を合わせていく
・コアとなるコンセプトを引き立てるUI/UXを常に意識している
バンドマンとして音楽活動に没頭しながら楽屋でパソコン一台でデザインをしていた時代から、表現したい対象の「コア」に向き合い続けてきた海部さん。おそらく、その「コアを見出す力」が彼らのデザインの肝であり、同時にクライアントから信頼される理由なのでしょう。
ブランディングの話の中で、整理整頓に近いとお話しされていたのも印象的でした。第三者である世の中の視点と内部の関係者の視点を行き来しながら、そのプロダクトの世界観をチューニングしていく作業。UXデザインを考えるとは、そういうことなのかもしれません。
海部 洋(かいふ・ひろし)
スタジオディテイルズ 代表取締役/クリエイティブディレクター 1980年生まれ。2009年に株式会社STUDIO DETAILSを創業し、代表取締役兼クリエイティブディレクターに就任。2013年にはアプリ開発会社である株式会社X.1と資本業務提携を行い取締役に就任。2017年にはSoftBank innoventureにてシェアサイクリング・プラットフォームの新規事業の立ち上げに携わり、取締役兼クリエイティブディレクターとして従事。2019年には、事業開発やコンサルティング、スキルの投資をなどを提供する株式会社BOLDを立ち上げ、デザインと経営の両軸で事業支援を幅広く手掛けるギルド型の組織を牽引する。2021年、STUDIO DETAILSは株式会社グッドパッチの完全子会社としてグループ参画した。