世界に衝撃を与えた美しい新幹線「500系」
500系新幹線をご存じだろうか。1997年にデビューし、世界で初めて時速300kmでの営業運転を実現した新幹線だ。
その速さもさることながら、従来の新幹線とはまるで違う未来的なデザインのかっこよさに、当時筆者も大きな衝撃を受けた。個人的には、今でも歴代新幹線の中でナンバーワンだとさえ思う。
そんな500系新幹線をデザインしたのがアレクサンダー・ノイマイスター氏だ。同氏は500系新幹線のほかにもドイツのICEやスペインのAVEといった高速鉄道、ドイツやブラジルや中国の地下鉄など、世界中で数多くの車両をデザインしている。
日本でも東京メトロ10000系や福岡市交通局3000系などのデザインも手がけており、いずれも先頭形状は丸みを帯びたきれいな形。シンプル・モダンなデザインが特徴だ。
講演会は2018年11月3日、JIDA(日本インダストリアルデザイナー協会)によって開催された。会場のGKデザイン機構は、鉄道から醤油さしまで、幅広い工業製品のデザインを手がける総合デザイン事務所だ。バイク乗りならヤマハのバイクをデザインしている会社として名前を聞いたことがあるかもしれない。到着すると、ロビーには成田エクスプレスや中央線をはじめ同社が手がけたさまざまな製品が展示されていて、早くも気分が高まる。
同社CEOでJIDA理事長でもある田中一雄(たなか・かずお)氏が、ノイマイスター氏と親交があることから今回の企画が実現した。
日本留学中のさまざまな出会い
講演はノイマイスター氏が過去の仕事を振り返る形で進んでいった。
ノイマイスター氏は、ウルム造形大学でトランスポーテーションデザインを学んだ。この大学はバウハウスの理念を継承したデザイン学校で、1968年に閉校している。ノイマイスター氏の在籍した学年が最後だったそうだ。
大学を卒業後、奨学金を得て東京芸術大学に1年間留学。日本では後にGKデザイン機構の社長となる西沢健(にしざわ・けん)氏と日本各地を旅行して周った。
この時期、とある議員の息子に英語を教えたところ、特別に桂離宮に入れてもらい、その美しさに大きな感銘を受けたというエピソードも披露した。
このようなエピソードを聞くと、ノイマイスター氏のデザインに見られるシンプルで洗練された優雅さや、細部までこだわった「おもてなし」の精神は、桂離宮を始めとする日本での出会いに影響を受けたのかな、とふと思う。
ドイツに帰国後はリニアモーターカー「トランスラピッド」や、ミュンヘンオリンピックで使われたEVトラックのデザインなどを手がけた。
次に紹介されたのはミュンヘン地下鉄のC1、C2。このときからエクステリア、インテリア両方の実物大モックアップを制作してデザインを提案するようになった。その理由をノイマイスター氏は「スケッチや模型では人によって捉え方が違うため」と説明する。
C2はドアのところにライトが仕込んであり、ドアが開くときは緑に、閉じるときは赤く光って注意を促す。これは分かりやすく、すばらしいアイデアだと思う。
500系が美しい理由は「円筒形の断面」にあった
そしていよいよ話題は500系新幹線へと移る。
500系の前身として、まずHST-350というスタディモデルで2種類の形状が作られ、空力などが検証された。このときノイマイスター氏は日立製作所の新幹線技術者、服部守成氏と出会う。当時について、同氏は「すばらしいフレンドシップを築いた」と懐かしそうに振り返った。
そして500系が誕生する。このスタイリッシュな新幹線は、グッドデザイン賞やブルーリボン賞、そして外国人として初めて機械工業デザイン賞(通商産業大臣賞)を受賞した。
これはノイマイスター氏がここで語った話ではないが、現在主流の700系やN700系と、500系の外観上の大きな違いは車両の断面形状だ。500系が航空機のように円筒に近い形をしているのに対し、700系やN700系は四角い。500系が流麗な先頭形状を実現できたのは、丸型の断面を採用したからなのだ。
ではなぜ500系は丸型の断面を採用したのか。それはおそらく重視する機能の違いだ。車両の横幅や高さの限界は、ホームとの距離や架線の高さによって決まっている。その中で最大の空間を確保しようとしたら、車両の断面はなるべく四角くした方が合理的だ。だから、700系やN700系の断面は四角い。
ところが500系には「時速300kmでの営業運転」という大きな目標があった。速度を上げていくときに大きな問題となるのが空気抵抗だ。単に走行時の抵抗だけでなく、トンネル出口での風圧による騒音や列車同士がすれ違うときの衝撃をにも関わってくる。これらを抑えるためには断面積をなるべく小さくするのが有効で、それには丸い断面が有利だった。
現在の東海道新幹線は居住性を重視して角形断面を採用している。技術の進歩により、角形断面でも十分な空力性能を確保できるようになったことも大きいだろう。このため、残念ながら今後500系のようなスタイルの新幹線が登場する可能性は低い。
500系は、世界初の時速300km越えを目指すタイミングに、ノイマイスター氏がちょうど関わったことで生まれた、奇跡的な新幹線だったのだ。
続々と生み出された美しい車両デザイン
500系を生み出したノイマイスター氏は、さらに日立製作所とともにFastechと呼ばれるJR東日本向けの試作電車も製作する。こちらは「ストリームライン」「アローライン」の2種類の先頭形状がテストされた。ノイマイスター氏の「ストリームライン」は500系の面影を残すきれいな形だったが、残念ながらE5系はやぶさの原型として最終的に選ばれたのは「アローライン」のほうだった。
ドイツの高速鉄道ICE-Vもノイマイスター氏の仕事だ。
このICEの開発については面白いエピソードが披露された。同氏は「もし期限内にデザインができたら、運転席に乗せてほしい」とICEの責任者と約束したというのだ。結果、開発は期限内に完了し、ノイマイスター氏はICEの運転席に座ることができた。
リアルなサイズで考えることで、リアルな体験がデザインできる
数々のエピソードを披露してくれたノイマイスター氏。繰り返し訴えていたのは、1:1(実物大)モックアップの重要性だ。
クライアントへの提案の際には必ず1:1のモックアップを作るという。電車の実物大だから、モックアップはかなりの大きさになる。それでも実物大にこだわるのは、リアルなサイズで考えることではじめて、リアルな体験がデザインできるからだ。
講演会の最後に、ノイマイスター氏自身がドイツから持参した10数冊の写真集を会場で販売すると告げられると、希望者が殺到。ジャンケン大会で購入者を決める一幕もあった。
さて講演会の後、読んでいた本にこんなくだりがあった。九州新幹線をデザインした水戸岡鋭治(みとおか・えいじ)氏についての本だ。
新幹線の先頭形状を設計するには風洞実験をはじめとして数多くの実験が必要になるが、数10両程度しか作らない九州新幹線に、JR九州としてはそこまでの予算はかけられない。そこでJR九州の香月氏は、日立製作所の戸取氏にN700系の開発でボツになった設計を使えないか打診する。
香月は、戸取が新車の設計図を持っているのを知っていた。それは、アレクサンダー・ノイマイスターと日立の新幹線技術者の第一人者服部守成の作品で、他社との争いで採用されなかったものだ。
<中略>
ようやく、戸取はカバンの中から設計図を出した。
それは、「カモノハシ」とは真逆の美しい顔を持った車両だった。いける、と確信した。
香月はすぐに水戸岡に連絡して、ときを移さず3人で会うことにした。ー幸福な食堂車:九州新幹線のデザイナー水戸岡鋭治の「気」と「志」(プレジデント社)
つまり、水戸岡鋭治氏がデザインした九州新幹線「つばめ」のベースには、ノイマイスター氏の仕事が宿っていたのだ。
「洗練された美」を求め続けてきたノイマイスター氏の美意識がしっかり受け継がれているような気がして、ちょっとうれしくなった。