企業の垣根を超えたカーデザイナーのミートアップイベント
モーターショーに合わせて開催されるデザイナー向けイベントの一つとして50回以上の歴史を持つ、「Automotive Designers’ Night(オートモーティブ・デザイナーズ・ナイト)」、通称ADN。完全招待制で、デザイン関係者・モビリティ関係者のみが出席できるミートアップイベントだ。TDでは2年前の開催時にもレポートした。
※参考記事:モーターショーの裏側でめちゃくちゃに盛り上がる 世界中から集まったカーデザイナー達の夜
プライマリースポンサーを務めるブリヂストンの代表執行役副会長 石橋秀一氏の乾杯により、ADNはスタートした。
ここで紹介されたのは、MGVs(マグヴィス)ワイナリーのスパークリングワイン。MGVsは山梨県のテロワール(土地の気候風土や個性)にこだわったワイン造りを行う新進ワイナリーだ。この日はADNの協賛企業として、「甲州」「ベーリーA」という日本固有品種から作られたワインを参加者に振る舞った。
スポンサーブースには注目の素材や技術が集結
ADNは、世界中からモビリティに関わるデザイナーが集まる貴重な機会。彼らに新しい技術や素材などを知ってもらうために、スポンサー各社がプレゼンテーションのブースを設けており、それもまた見どころだ。その中から、筆者の目に留まった展示を紹介する。
ブリヂストンのブースで目を引いたのは、合成ゴムと樹脂を結合させたハイブリッド素材の「SUSYM(サシム)」。東京モーターショー直前に発表されたばかりの新技術が用いられた素材だ。従来は混ぜることができなかったゴムと樹脂を、世界で初めて分子レベルで結合させることに成功した。ゴムと樹脂のどちらにも使える触媒を開発したことで実現したそうだ。
SUSYMは、配合する樹脂の割合を変えることで、ゴムのように弾力のある状態から強度のある樹脂まで、硬さを自由にコントロールできるのが特徴のひとつ。ひとつのパーツの中に柔らかい部分と堅い部分を混在させられるため、例えばホイールとタイヤを一体成形することも可能だ。また下の写真の背景にあるシートもSUSYMで、柔軟だが非常に高い強度を持つ。実際手に持ってみると柔らかいゴムシートにそっくりだが、全力で引っ張っても切れることはなかった。
AGCで目を引いたのは、ガラスを振動板として使うスピーカーのデモ。この技術を使えば、サイドウインドウ、リヤウインドウといったガラス部分をスピーカー化できる。従来スピーカーを設置していたスペースが不要となり、よりインテリアデザインの自由度が上がる。ちなみに技術的にはフロントガラスもスピーカー化できるが、重要保安部品として定められているため、法律的な理由で実現は難しいのだそうだ。
気になる音質は、会場では周囲の音が大きかったため厳密には分からなかったが、少なくとも普通のスピーカーと同様の自然な音だった。説明してくれた担当者によると、静かな環境で聞けば、しっかり低音も出て音質はかなりいいそうだ。
旭化成のブースには、布で作られた花や石が置かれていた。実はこれは、自動車の内装に使われる生地の展示。自動車の内装といえば、高級スポーツカーに使われるアルカンターラが有名だが、旭化成傘下の伊Miko社が手がけるDinamica(ダイナミカ)も、これに近い質感を持つ人工スエードだ。触ってみると柔らかく心地良い手触りで、高級感がある。滑りにくいのでシートやステアリングホイールなどにぴったりだ。
Tシャツやペットボトルなどをリサイクルした再生ポリエステルを主原料としており、環境にも配慮しているのが特徴だ。既にAMG GTやマイバッハをはじめとするメルセデスのクルマに広く採用されているそうだ。
カーデザイナー大興奮のアトラクションが軒を連ねる
地下1階の広場には本格的なドライブシミュレーターが設置され、サーキット走行を体験できるようになっていた。こちらはADNのアトラクションとしてAXISビル1Fにあるカーグッズのセレクトショップ、LE GARAGE(ル・ガラージュ)が用意したもの。
このシミュレーターは、サーキット用自動計測装置などを製造する国内メーカー、アクセス社製のACSIM2 plusというモデルで、何と7軸ものシリンダーを搭載し、それを個別に制御することでリアルな車両の挙動を再現する。フロントタイヤ、リヤタイヤの位置にある4本のシリンダーでフレームを動かしてロール(左右方向の傾き)やピッチ(前後方向の傾き)、タイヤの接地感などを再現。さらにシートに取り付けられた3本のシリンダーでシートを動かすことで縦横のG(加速度)を表現する。シートの回転によってリヤがスライドする感覚も体験できるという。
実際にドライビングしているところを見ても、縁石に乗った瞬間にシートがゴンと持ち上げられていて、かなりリアルであろうことは伝わってきた。これでレーシングゲームをすれば、かなりの臨場感を味わえるだろう。気になってお値段を聞いてみると、一式すべてそろえると300万円近くかかるそうだ。それはそうですよね……。
例えばヨーロッパのカーレースに参戦するプロのレーシングドライバーが、日本にいるうちにコースを覚えるためのトレーニングに使ったりするそうだ。
同じく地下1階にあるMaterial ConneXion Tokyo(マテリアルコネクション東京)は、世界中から集められた最先端素材を展示する会員制ライブラリー。さまざまな素材を実際に手に取って確かめられる場所だ。
この日はちょうど2組の企業・デザイナーによる企画展「MATERIAL DESIGN EXHIBITION 2019」 を開催中で、素材の新しい可能性を提案する展示に多くのデザイナーが見入っていた。
ADNの参加者たちにフードと歓談の場を提供したのは、AXISビル内の日本料理 菱沼とフレンチレストラン Brassaerie Va-tout。豪華な料理に舌鼓を打ちながら、夜遅くまで企業の垣根を越えたデザイナーたちの交流が続いた。
100年に1度の変革期といわれるモビリティ業界。シェアリングや自動運転の時代になったらもう魅力的なクルマは生まれないのではないか、と危惧する声もある。だが、会場のあちこちで熱いクルマ談義に花を咲かせ、各スポンサー企業ブースで新しい技術や素材に熱心に見入るデザイナーたちの姿を見たら、「きっとこれからもワクワクするようなクルマを生み出してくれるに違いない」と素直に思った。この変革期を経てクルマがどう変わっていくのか、楽しみだ。