世界のローカルモーターショー訪問記バンコクモーターショー(タイ)

Aug 03,2018report

#Bangkok2018

Aug03,2018

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世界のローカルモーターショー訪問記 バンコクモーターショー(タイ)

文:
古庄 速人

自動車市場のあるところにモーターショーあり。世界中のあらゆる国で、モーターショーは開催されている。そして新興国でのショーは、どこも観衆の熱気に溢れているが、よくよく見れば国ごとに異なった個性が垣間見られて興味深い。シリーズ第1回は、タイで毎年3月に開催されるバンコクモーターショーの様子をお届けする。

TOP写真:昨年はプミポン国王の喪に服して自粛していたミス・モーターショーが、今年は復活。
容姿だけでなく教養や立居振舞など、あらゆる面で魅力的な女性が選ばれている。

東南アジア最大規模のモーターショー

首都バンコクの郊外にある複合施設「IMPACT」で、毎年3月の後半に開催されているバンコクモーターショー。会場はコンパクトだが、その熱気はすさまじい。なにしろ今年は、2週間弱の会期中の入場者数が約162万人。ちなみに四輪・二輪ともに、日系ブランドの存在感が圧倒的に大きい。

会場はバンコク北方の複合施設、インパクト・ムアントンターニーの展示ホール。
バンコク中心街からは、電車と乗り合いバスを乗り継いでおよそ1時間ほど。

モーターショーが展示即売会を兼ねるのが新興国の常だが、バンコクも例外ではない。
どの出展企業もモーターショー会場だけの特別なバーゲン価格やローン金利、特典を用意して商談を促すのだが、バンコクはその規模が特に大きく、今回は四輪車が36587台、二輪車は5912台の成約があったという。
これはあくまで仮契約であって、実際の販売台数はもっと少ない数になるということだが、各地の販売店と消費者の接点を作る絶好の機会として活用されているのは事実だろう。

コンパクトカー急増にもかかわらず、主役はやはりピックアップトラック

少し前までタイの自動車市場はピックアップトラックが主役で、これがタイ特有の路上風景を作り出していた。
ピックアップが重用される理由は、乗用車感覚で運転できて「人も荷物もたくさん載せられるから」だ。かつて、バンコクではピックアップトラックは貨客両用車として使われていた。高速道路でも荷台に何人も座り込んだまま走る姿がよく見られたものだ。

実は今、そんな風景は変わりつつある。自動車産業のさらなる振興と、低燃費小型車の普及による環境改善を目的とした、政府のエコカー政策の浸透。これらを背景に、都市部ではグローバル視点で開発されたコンパクトカーが増えている。

それでもモーターショーにおいて、まだまだピックアップトラックは重要アイテム。地方部ではいまだに主力商品だし、都市部でも小規模事業者にとっては便利な乗り物。今年のショー会場でも、その多くが通路に面した「一等地」にディスプレイされており、タイの人々にとって愛着のある特別な存在になっていることがわかる。

ピックアップトラックをマイカーとして所有する人もいまだに多いことから、エアロパーツ等でドレスアップされた展示車両も多い。
これをタイ特有の個性として残ってほしい……というのは外野の勝手な願望。今後はこの光景も様変わりしてゆくことになるのだろう。

市場の主力は積載量1tのピックアップトラック。
どのブランドも上級グレードや特別仕様、ドレスアップモデルなどを積極的にアピールする。
いすゞD-MAX X-SERIES
(三菱トライトンATHLETE)
(トヨタ・ハイラックスREVO ROCCO)
(フォード・レンジャーRAPTOR)

エネルギー企業が自動車産業に参入を表明

欧米や中国の自動車市場では、電気自動車(EV)へのシフトが大きな流れとなっている。しかしタイではまだまだ、そうした動きが顕著とはなっていない。
その理由は単純で、まず「普通のクルマ」への憧れがいまだに強いことが挙げられる。そして農村部の電力事情。いまだに安定した電力供給網が整っているとは言いづらく、クルマしか充電できない急速充電ステーションを全国規模で展開するには時期尚早というわけだ。

それでも、EVビジネスの新しい潮流は生まれている。
今回のバンコクモーターショーでは現地のMINE Mobilityが、大々的なカンファレンスを開催して注目を浴びた。筆者は初めて耳にするブランド名だったが、これはMINE Mobility Research(マイン・モビリティリサーチ)という企業が新たに展開をスタートさせたものだという。
マイン・モビリティリサーチの母体は、発電プラントや電力供給インフラを手がける大手企業、エナジー・アブソリュート社。風力発電所や太陽光発電所をタイ全土に展開する同社が、次のビジネスとしてEVとその充電ステーションの展開を始めようとしている、というわけだ。

同社は今回のカンファレンスで3台のEVコンセプトを公開。スポーツクーペはモックアップだったが、コンパクトカーとMPVは走行可能なプロトタイプだった。いずれもキャビン床下に電池を敷くモジュラー・プラットフォームが採用されているが、これもマイン・モビリティリサーチが中心となって開発したもの。自社製品の展開だけでなく、プラットフォームを外販する可能性も見据えているようだ。

キャビン床下に電池を敷くモジュラー・プラットフォームを採用。
 
マイン・モビリティリサーチが公開したプロトタイプ。
独自開発のEV用プラットフォームも公開したが、同社が目指すのは自動車メーカーではなく、プラットフォーム供給や給電インフラも含めたモビリティ企業。
コミューターとMPVは走行可能なプロトタイプだが、スポーツクーペはモックアップ。

日系企業からマイクロEVが登場

またEV関連としては、2台のマイクロカーが登場。いずれも日系企業であることと、先述の「給電インフラが脆弱である」というタイの事情に真摯に向き合った商品開発をしているということが注目を集めた。

FOMMはジュネーブモーターショーの閉幕後すぐに、バンコクにもブースを展開。ジュネーブでは「市販予定モデル」として展示されたONE(ワン)が正式な市販モデルとして紹介された。欧州のL7e規格に従ったデザインながら、パッケージレイアウトの工夫で4人乗車を実現。タイをはじめ東南アジアでは多人数乗車の需要が多いことに対応している。

ONEのデザインは、L7e対応マイクロカーは2人乗りがあたりまえという現状に一石を投じるもの。しかしながら現在の日本でONEを公道走行させるには、ミニカー規格に適合するよう出力を落として1人乗りにするか、あるいは軽自動車として扱うしかない。マイクロカーに関して、日本はタイよりも後進国となってしまっている。この事実は憂慮すべき事態ではないだろうか。

FOMMは「ONE」の市販仕様を初公開し、予約受付をスタートさせた。
ショー閉幕後にはバンコク市内に初のショールームをオープン。
日本発の電動マイクロカーが、いよいよ世界を走り始める。

もう1台は、タカノカーズのE-SMART PORTER(Eスマート・ポーター)のプロトタイプ。マイクロサイズのピックアップトラックというだけでもユニークだが、家庭用コンセントで充電する鉛バッテリーのほか、発電用エンジンを搭載するメカニズムも負けず劣らずユニークだ。
農村部でのワークホースとなるべく価格を抑えるために、あえて鉛バッテリーを採用。航続距離の短さと、電力供給が不安定なことをカバーするために175cc単気筒の発電用エンジンを搭載。スタイリングが「普通のクルマっぽい」のもまた、高い実用性をイメージさせるためだ。

タカノオートの電動マイクロピックアップは、シンプルな構造と低価格が特徴。
発電用エンジンは荷台の下にレイアウトされている。

バンコクモーターショー特有の「二輪メーカーの存在感」

さて、バンコクショーといえば、二輪メーカーの存在感が非常に大きいことも特徴だ。経済成長が進んで中間層が増えてきた近年は、庶民の「移動の足」としての価値はそのままに、趣味性の高いスポーツモデルの二輪車への注目度がどんどん高まってきている。

今年の最大のトピックは、ホンダがモンキー125とスーパーカブC125の市販モデルを正式発表し、価格も公表したことだ。排気量50ccのマニア向けレジャーバイクだったモンキーは、125ccエンジンを得て車体も大型化され、グローバル市場で高い商品力を備えた乗り物に生まれ変わった。

スーパーカブC125も注目を浴びた。実質的に日本のみのベーシックなモビリティだったスーパーカブを、グローバルなライフスタイル商品として通用させたいというホンダの気概が感じられた。
モンキー125もスーパーカブC125も、スタイリングは「元祖」をモチーフとしている点に注目。グローバル市場での評価と健闘を期待したい。

ホンダのモンキー125とカブC125は、二輪車でもっとも注目度の高かったモデル。
アパレルや雑貨と組み合わせてライフスタイルを演出したディスプレイをおこなっていた。

二輪車のブースではカスタム車両が多数展示されるのもバンコクモーターショーの特徴だ。
かつては街のショップが製作した自由奔放なカスタム車両が目を楽しませたが、近年は大幅に減少してしまった。これはメーカー側に安全性や品質を重視する傾向が強まり、そうした車両はカスタムイベントで見せるべきという姿勢にシフトしたからだ。

代わって増えたのは、タイ市場専用の独自アクセサリーを装着したモデル。背景にあるのはタイの経済成長と、それにともなう二輪車市場の成熟である。市場ではスポーティさやスペシャリティ感覚が重視されるようになり、メーカーとしては、付加価値を高めていくことによって利幅を大きくするのが狙いだ。

カスタムパーツを装着したホンダCB150R。タンクにある「H2C」とは、ホンダの純正アクセサリーブランドの名称。
シャープなロケットカウルを装備したヤマハSR400。ヤマハの現地法人とカスタムショップの共同開発だとか。
タイのみで販売される、独自カウルを装着したスズキGSX-S150。車両はインドネシアで製造されている。
カワサキはインドネシアで生産しているW175をタイにも導入。これは外部ショップによるボバーカスタム。

地元メーカーと中国勢の存在感が増加

タイの二輪市場について特筆すべきは、地元メーカーのGPXと、中国勢の存在感である。

GPXはまだ創業してから10年あまりという若いメーカーだが、タイ国内シェアではホンダ、ヤマハに次ぐ3位となっている。今回はシャープで近未来的なデザインのスポーツモデル、レーザー220を発表してさらなる飛躍を目指す姿勢を見せた。

タイ市場で存在感を強めてきている地元メーカーのGPXは、初の本格スポーツモデル、レーザー220をデビューさせた。
GPXデーモン150GR。同社はこれまで、こうした小径ホイールのモデルと、シンプルなデザインでノスタルジックなイメージの車種が主力だった。
ドゥカティのタイ法人は、スクランブラーを電動化。ただのコンバートではなく、同時にスタイリングのカスタマイズも施しているのがポイント。

また今回は、中国勢も精力的なブース出展で存在感を見せていた。

MUNRO(マンロ)は自転車感覚の電動モデルをアピール。V型エンジンを思わせるシルバーの箱の中には、取り外しと持ち運びが可能なバッテリーが収納されている。バッテリー重量は2.65kg。やや装飾要素が過剰なデザインだが、車体構造を極力シンプルにすることで重量を抑え、バッテリーの体積と重量を少なくすることは理に適っている。航続距離は50kmとのこと。

マンロの正式社名は北京門羅電動車。この「2.0」は2017年のCESで世界デビューを飾った。
ボッシュの二輪車用電動モジュールと、日韓メーカーのリチウムイオン電池を採用している。

もうひとつ、中国のCFMOTO(CFモト、春風動力)も注目ブランドだ。同社は自社製品として二輪車やATVなどを展開するほか、エンジンを他メーカーにも供給。技術開発力に自信を持っている。
しかしなにより目を引くのは、そのスタイリング。欧州ブランドにひけをとらないプロポーションと、スタイリッシュさを備えている。それもそのはず、実は同社の製品デザインは、オーストリアのキスカが手がけているのだ。

2気筒400ccCFモト400NK。スタイリングがどことなくKTM車に似ているのは、どちらもキスカがデザインを手がけたから。

いまのところタイではまったくブランドイメージを確立できていないCFモトだが、これからの成長が楽しみなブランドだ。現在は日系ブランドが圧倒的な支持を得ているタイ市場だが、これからはしだいに生存競争が激化してゆくことだろう。

クラシカルなカスタムモデルをディスプレイしたのはHANWAY(ハンウェイ)。
江蘇省の漢威機車科技が展開するブランドで、すでにヨーロッパ各国にも進出している。

新興国のモーターショーは、日本人に馴染みのある大手メーカーや有力メーカーがないためか、現地の盛り上がりとは裏腹に日本での大手メディアでの扱いは驚くほど小さい。しかし実際に訪れてみればそれぞれにローカルな特色があり、さまざまな発見や驚きに満ちている。今後もインドネシア、ベトナム、インドやロシアなど、知られざる国のモーターショーの魅力をお伝えしていきたい。

※写真は全て筆者撮影

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