【Sneak Preview】障がい児入所施設「まごころ学園」にみる居場所のデザイン|子どもたちを取り巻くデザインvol.3

Dec 18,2020report

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Dec18,2020

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【Sneak Preview】 障がい児入所施設「まごころ学園」にみる居場所のデザイン |子どもたちを取り巻くデザインvol.3

文:
TD編集部 青柳 真紗美

これまで同連載では「子どもたちにとって良いデザイン」とは何かを探ってきた。前回取り上げた「キッズデザイン賞2020」の最優秀賞を受賞した「まごころ学園」の空間デザインについて、来週、前後編で考察する。今回は予告編として、キッズデザイン協議会のコメントと学園の概要を紹介する。

※TOP写真 撮影:金子斗夢 

前回の記事
vol.2 消費者視点で見る2020年のキッズデザイン賞

障がい児向けの「福祉型入所施設」をデザインする

「この部屋の児童は噛みつきや物にあたって器物を壊す行動があって。入所した頃はよく、壁を噛み砕いていました」

塗装が剥がれてボロボロになった部分をなでながら優しく笑うのは「まごころ学園」の学園長、金安良則氏だ。
まごころ学園は、新潟県見附市の丘陵地に佇む、知的障がいを持つ児童向けの入所施設である。
「子どもたちにとって良いデザイン」を考える中で筆者が出会ったのがこの学園だった。前回の記事で紹介したキッズデザイン賞2020の最優秀作品である。

まごころ学園
まごころ学園・上空から見た外観。左が既存の建物、右が新築(受賞対象)
(撮影:木田勝久)

同協議会にまごころ学園について尋ねると、次のようなコメントが寄せられた。

「福祉型障がい児入所施設としては非常に珍しい『木質』というつくり。旧施設がRC造で個室も複数名での共用だったものから、自分の個室を持てるようになった。結果的に、施設の中での子どもたちの喧嘩の数が大幅に減り、インフルエンザなどの感染症も激減したと聞いています。衛生面などの機能のみならず、居場所を作るという発想が全面に見られ、審査委員の先生方からは高い評価が寄せられていました。

『子どものための施設』という視点と、『障がい児の特性への配慮』という視点。そのどちらから見てもこの空間は優れていましたね。
なによりも、ここで生活する子どもたちがいきいきと過ごしている。預けている親御さんからの『環境が変わると子どもってここまで変わるんだ』というコメントが実感を伴っていました。いろんな子どもが集まる中で、自分の居場所を見つけ、自分は自分として生きていっていいんだと思える。そんな場所を、デザインの力で生み出しているという評価でした。(キッズデザイン協議会専務理事・安好寿也氏 )」

保育園・幼稚園や公共施設などは容易に想像がつくが、筆者にとって障がい児向けの入所施設は全くの門外漢で、どんな場所なのかまったくイメージできなかった。
調べてみると、この施設はキッズデザイン賞だけでなく、グッドデザイン賞や、一般社団法人 日本建築美術工芸協会がおくるAACA賞などの受賞歴もあり、建築界からも高い評価を得ている。これは現場に行ってみなければと思い立ち、新潟県見附市に足を運んだのだった。

まごころ学園での取材を通じて得られた最大の学びは、考え抜かれた「もの」こそが「コト」を生み出すための最も綿密な母体になる、ということだ。

前回、キッズデザイン賞の受賞作品に見られる「コト化傾向」へのモヤモヤを述べたが、この取材で少しだけクリアになったように思う。

子どもを取り巻くデザインというテーマの中で、空間デザインを取り上げたのは初めてだった。そこで気づいたのは、空間デザインにおいては「もの」が「コト」に及ぼす影響や、その関連性が非常にわかりやすいということだ。
キッズデザイン賞の受賞作品を眺めながら筆者が感じていたモヤモヤは、「コンセプト」や「コト」ばかりがフォーカスされて、それぞれのプロダクトからそれを生み出すための造形的な工夫を見出すことができなかったために生まれた違和感だったように思う。
「このプロダクトを通じてこんなコトを生み出したい」という問いと、それに対する「だからこんなデザインにした」という解が繋がって見える作品に、もっと出会いたかった。

一方ここでは、筆者のような部外者にも理解できるほどに「問い」と「解」が鮮やかなコントラストを持って描かれていた。全体の調和を保ちながら「異例」と言われるような新たな取り組みにいくつも挑戦してきた道のりが、建物のあらゆる場所から滲み出ているように見えた。

「居場所をデザインする」という問いにどうこたえるか

まごころ学園は1963年に創設され、障がい児の福祉や教育が十分でなかった黎明期から地域の子どもたちと向き合ってきた。
多くの人にとって、一般的に「入所施設」という言葉からイメージするのはコンクリートで作られた病院のような建物ではないだろうか。まごころ学園も、かつてはそうだった。RC造りの施設で、一望監視型の長い廊下に子どもたちが暮らす部屋が並ぶ。定員4人の相部屋が一般的(標準)だった。

しかし、前述の協議会安好氏のコメントにある通り、2018年8月に竣工した新施設は「障がい児入所施設では異例」と言われる木質中心の施設で、一人ひとりに個室が用意されている。

子どもたちの個室。大好きなキャラクターや、
手紙などが好きなように飾られている(撮影:山下秀之)
まごころ学園の中庭
中庭の様子。子どもたちがのびのび遊べる工夫と、
職員の負担を減らす工夫が両立している(撮影:山下秀之)
まごころ学園の食堂
「ウチごはんの部屋」をイメージをして作られた食堂(撮影:山下秀之)

詳細は本編に譲るが、この空間の一番の特徴は、さまざまなアプローチを通じて子どもたちの「居場所」が徹底して作り上げられているという点だ。

本編に進む前に考えてみてほしい。もしあなたが「子どもたちの居場所をデザインするとしたら?」と問われたら、どんな解を出すだろうか。

筆者は今まで「居場所」のような実態のないものを生み出せるかどうかは運営側の属人的なスキルにかかっていると考えていた。いわゆるコミュニティマネージャーのような人の力量によって、その空間の居心地は変わる、と。
ここも例外ではない。責任者である金安氏の理念や人柄、そして豊富な経験に基づいたフレキシブルな運営手法が学園全体の雰囲気そのものに多大な影響を及ぼしており、それこそが価値の一つであるともいえる。加えてここでは建物そのものが、彼らが目指す子どもたちと大人の関わり方を見事に支えているように感じられた。

少しだけヒントを出すと、まごころ学園には、何かを強制されたり、大人側の都合で区分けをされる場所がとても少ない

例えば、食堂から少し離れた場所で食事をする子もいるし、廊下にボールを広げて遊んでいる子もいる。
それらは一見すると秩序のない行動のように思える。一般的な施設では受け入れられないかもしれない。しかし、ここでは認められる。それを可能にするのが建物の力だ。空間全体に施された様々な工夫により、禁止事項を極力減らすことが可能になっている。結果的に、子どもたちの行動をできるだけありのままに受け入れることができているのだ。

建物全体の構造的な工夫。
細かい部分に施された意匠的な工夫。
快適に暮らすための機能的な工夫。
それぞれが考え抜かれた空間は、そこに暮らす子どもたちの笑顔と呼応するように、実に生き生きと、輝いて見えた。

子どもたちへのまなざしが投影された建築

来週公開予定の本編では、前編で建物全体を紹介し、後編で学園長の金安氏と建築設計を手がけた山下秀之氏の対談をお届けする。

「空間デザイン(を決定づける要素)は、まず『平面の配列』、そして『空間の造形』」とは、山下氏のことばだ。
学園長が30年以上、障がい者福祉の現場で子どもたちに注いできたまなざしと、そこで得た気づき。同時に蓄積された既存の「施設」への違和感。それらの抽象的な概念を実物の空間に落とし込むとこうした解が生まれるのか! という驚きと、既成概念にとらわれない場づくりのエネルギーを一緒に楽しんでほしい。

 

※次回「障がい児入所施設『まごころ学園』にみる居場所のデザイン」は2020年12月25日(金)公開予定です。

※文章中の画像の加工を一部編集しました。(2020年12月18日)

 

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