デザインとデザイナーの重要性を経営者に理解してもらうために
2018年10月12日、虎ノ門ヒルズで開催された「design surf seminar 2018」に、トヨタのデザインの元トップが登壇した。トヨタ自動車株式会社のチーフブランディングオフィサー・エグゼクティブアドバイザーの福市得雄(ふくいち・とくお)氏である。
多摩美術大学を卒業後1974年にトヨタに入社。途中、関東自動車工業(現:トヨタ自動車東日本)などの関連会社で活躍し、トヨタ本社の外からトヨタを見つめた福市氏。その間デザインの拠点のあるべき姿や、アイデンティティの追究を続けてきた。
2011年に豊田章男社長から呼び戻されてからはおよそ8年にわたりデザインのトップとしてトヨタのデザイン改革を手がけ、今年エグゼクティブアドバイザーに就任。デザイントップをサイモン・ハンフリーズ常務理事に譲った。
「8年間、デザインの重要性、デザイナーの重要性を経営者に理解してもらうことに注力してきた。これまでやってきたことを軸に、今日は『本音』をしゃべりたい」というコメントで、プレゼンテーションの幕が切って落とされた。
タイトルは『デザインには企(わけ)があり、スタイルには意味がある』。
大きく2つの構成に分かれており、前半は、福市氏がトヨタのトップや役員、クライアントの信頼を勝ち取るためにやってきたこと。後半は、デザイナーとしての心得が主なトピックとして取り上げられた。
意外性あるデザインで「後の定番」を生み出し、統一感を持たせることで「ブランド」を作り上げる
前半では、長年受け継がれてきたトヨタの歴史あるデザインを福市氏がどのようにアップデートしていったかが丁寧に語られた。ブランドやユーザーの再定義から始まり、どのような印象をもたれるデザインを狙うのか、福市氏は綿密に戦略立てた。
お客様の期待どおりのものをつくったら、古くなると思うんです。お客様はいつも『期待以上のもの』を期待している。だからこそデザインする時点では意外性のあるところを狙っていくべきだという結論になりました。
そのためには、決めるときには「意外だ」と思われるものを、勇気を持って決めていく必要がある。リスクをとって決めたデザインが時間を経て、人の目になじみ、後に定番になるという。
そしてどんなデザインも「長所を最大限に生かすこと」を心がけたという。以前は商品開発時点でマーケティング調査をして、対症療法的にデザインを直していた。対して福市氏は「長所を最大限伸ばし、100人中10人でいいから、熱狂的にその商品を欲しがってもらえるようなデザインをする」と決めた。同時にデザインを審査・評価する役員の意識も改革していった。
続いて福市氏は自動車の「顔」、つまりフロントデザイン戦略についても言及。統一性がありつつも個性不足が否めなかった旧来のデザインは、一言で表せば「類似性が高い」だけの状態。それを「KEEN LOOK(キーンルック)」と名付けた精悍な顔つきのデザインに変更。強い個性を付与することで、統一感を持たせた。
北米や中国では、トヨタ車のシェアはまだまだ低い。そこでグローバルコアのキーンルックに加えて、地域ニーズに対応したトラックや高級セダンにまで専用のフロントデザインを導入することで徹底的に「トヨタの顔」を打ち出した。結果的にこの新しい顔がトヨタブランドの特徴の一つとして受け入れられ始めた。
面白いのが、日本国内の戦略が全く異なる方向性だったこと。
日本国内でのトヨタのシェアは、40パーセントから50パーセント近い。これだけトヨタ車が溢れている中で、街なかで10台並んだとしたら?
車両の大きさが違っても同じ顔が並ぶと気持ち悪いですから、意識的にフロントデザインを作り分ける戦略をしていきました。カテゴリーごとに顔を分け、バラエティー豊かなラインナップを構成して日本特有のニーズに配慮したのです。
このように前半では、福市氏が手がけたデザイン改革の内容が余すことなく紹介された。しかしただ良いデザインを作っているだけでは改革は進まない。
「経営トップや役員の理解を得るために行ったプレゼンテーション」など、非デザイナーに向けてデザインの肝をわかりやすく伝えるテクニックなどについても語られた。「デザインには企(わけ)があり、スタイルには意味がある」という、今回の講演のタイトルの意味が感じ取れる内容だった。
これからのデザイナーに向けて語られた福市氏の哲学
後半は主に、これからのデザイナーたちに向けて語られた内容だ。まずは福市氏の「デザイナーとしての心得」が「三つの信念」と題され熱く語られた。
1つ目は、「どのブランドにも通じるオリジナリティ」。
売れ筋を狙うと商品のデザインは近づいてきてしまうが、とにかく他社をフォローしないで、オリジナリティを追求していってほしいとのべた。
2つ目は「常に新しい形にチャレンジしていくこと」。
失敗を恐れず、時代をリードし時流を変える気持ちでデザインを手がける重要性について語った。
そして3つ目は「形には必然性がある」ということ。
車の構造や特徴などに触れながら、デザインを通じて「機能、性能の見える化」に取り組んだ事例を紹介した。
終盤では、「同床異夢」と題し、形容詞によるイメージの安易な共有に警鐘を鳴らす。車両コンセプトに照らし合わせて決められる「スタイルコンセプト」。例えばエレガント、スポーティー、ハイテクなどのキーワードが挙げられるが、「その形容詞やキーワードを共通認識しているのかは怪しい」という。
年齢、性別、国籍の違いによって、形容詞や言葉に対して抱くイメージには違いがあります。デザイナーはコンセプトを立てる際、自分のイメージだけに頼らないでターゲットユーザーの気持ちを理解してイメージすることが重要です。
まずは「(自分が抱いているイメージがユーザーのそれと)違っている」ということを認識すべきだと思うんですね。これは評価者、つまり会社のトップやクライアントも同じ。自分個人のイメージでしかコメントできないんだったら、黙って任せてもらうしかないと思います。
最後に福市氏は、自身の哲学を紹介。
例えば「万能より唯一無二」。
みんなに意見を聞いて万能なものをつくろうと思うと、誰からも欲しいと言われないものになってしまう。唯一無二なものをつくると、魅力を感じて買い求める人が現れ、結果的に万能になっていく。
それから「満腹より満足」。
「付加価値」という言葉はデザインの現場でも用いられるが、福市氏は「付け加えない価値、選択の価値が重要になってきている」と語る。満腹より満足。おいしいものを少量でいいから食べたい、というユーザーの欲求をきちんと見極めるべきだ。
そして最後に「理解より笑顔」。
頭で理解するよりもハートで理解することが大事だ、と締めくくった。
後半の内容を聞いて、最高のデザインを求め続ける中でデザイナーたちは常に様々な問いを自身に投げかけているのだと感じた。三つの信念と、「〜より〇〇」という形式で語られた福市氏の考え方。次代を担うデザイナーたちに向けたメッセージとして、問いの立て方のヒントとなる「視点」が散りばめられていたように思う。
質疑応答では、現役デザイナーからの率直な質問のほか、大学生からの素朴な疑問も飛び出したが、その一つ一つに福市氏は丁寧に答えていた。人間味あふれる回答に会場はあたたかい空気に包まれた。
デザインそのものの追求にとどまらず、伝え方を工夫し、良いデザインとは何か・売れるデザインとは何かという問いに妥協せず徹底的に向き合う。
1時間のセミナーだったが、福市氏のデザイン哲学が凝縮された、濃く贅沢な時間だった。
福市得雄(ふくいち・とくお)
多摩美術大学卒業後、昭和49年トヨタ自動車工業株式会社入社。トヨタ自動車株式会社デザイン本部長、同社取締役、先進技術開発カンパニー先行デザイン担当などを歴任。Lexus International Co. President、Chief Branding Officerを経て、今年エグゼクティブアドバイザーに就任。