(前回の記事)小さいクルマほどデザインが重要なワケ イタリアからきた小型EV、BIRO試乗レポート
ファースト・ワン・マイル・モビリティ「FOMM ONE」
超小型モビリティ特集第二弾。前回のBIROに続き、今回は異色のEVを紹介する。その名はFOMM ONE(フォム ワン)。2018年3月のジュネーブモーターショーで正式公開された。道路を走るだけでなく、水の上でも進める未来のEVとして話題になっている。
水陸両用というアイデアは決して新しくはない。ジェームズ・ボンドは今から40年も前にロータス・エスプリで海に飛び込み、ヘリを撃墜してみせた。今でも観光地に行けば、船の形をしたバスで海に飛び込むツアーが人気を集めている。
しかし水陸両用車を一般向けのプロダクトとして本気で作るのは容易なことではない。実際くだんのボンドカーは水中に入ると完全に浸水するため、ドライバーはウエットスーツと酸素ボンベが必要だった。水陸両用バスはそこまで過酷ではないが、船の底にタイヤをつけた構造をしているため、座席は大人の背丈よりはるか上にあり、乗り込むにはハシゴが必要だ。
株式会社FOMMが手がける「FOMM ONE」はそれらとは違い、はるかに現実的な理由から出発している。
原点は2011年の東日本大震災だ。代表取締役CEOの鶴巻日出夫氏は東海地方の海沿いに住む母親の「私は足が悪いからあんな津波がきたら逃げられないわ」という言葉にハッとした。そしてたどり着いたのが「水に浮く」というアイデアだった。空気を吸ったり吐いたりするエンジンと違い、EVは密閉できるため防水にしやすい。その利点を生かして水に浮くクルマを作れば、災害時に人々を助ける乗り物が生み出せるのではないか。こうして開発がスタートした。
コンセプトは”First One Mile Mobility”。この頭文字を取って「FOMM」と名付けられた。
自宅から駅、自宅からカーシェアパーキングなど、”First One Mile(ファースト・ワン・マイル)”の移動時に使える「近距離移動用モビリティ」として、自動車の新しい使い方を提案したい、という。
日本のベンチャー企業なのに、ターゲットは東南アジア
興味深いのは、開発しているのが日本のベンチャー企業でありながらタイをはじめとした東南アジアの新興諸国をターゲットとしていること。2018年4月にはタイのバンコクにショールームをオープンした。
東南アジアではスコールによる道路の冠水や河川の洪水が頻発する。そこでFOMM独自の「水に浮く」構造が威力を発揮する。単に浮くだけでなく、フロントホイールの形状を工夫することでプロペラのような推進力を生み出し、人が歩く程度のゆっくりとした速度で前進や方向転換ができるようになっている。
長さ約2.6m、幅は約1.3mという小型で、軽自動車と比べて長さは1m以上短く、幅は18cmも狭い(軽自動車は全長3.4m以下 、全幅1.48m以下)。バッテリーを除いた乾燥重量はわずか445kg程度。注目すべきは乗車定員が4人である点だ。「世界最小クラスの4人乗りEV」と言って良いだろう。
ちなみに欧州の小型EV向け規格であるL7eにも準拠しており、他地域での展開も可能。2017年10月にはヤマダ電機と提携しており、国内での販売も視野に入れているようだ。ただし、日本では超小型モビリティ制度導入の動きはあるものの、乗車定員は最大2人と想定されており、仮に制度が整いFOMM ONEが日本で発売されるとしても、4人で乗ることはできない見込みだ。需要はありそうなのに国内で超小型モビリティが盛り上がらない理由の一つに、この法制度の整備の遅さがある。
EVながら抜群の加速力。「クルマらしい」乗り心地
何はなくとも乗ってみなければ話にならない! ということで、神奈川県のかわさき新産業創造センター内にあるFOMM本社を訪れた。
そこでFOMM ONEのプロトタイプに試乗することができた。見た目はかなりコンパクト。軽自動車と比べてもひと回りもふた回りも小さい。
FOMM ONEは日本で型式認定を取得していないので、走れるのは私有地内だけ。鶴巻社長がステアリングを握り、助手席でその走りを体験した。
初対面の大の男2人で乗っても意外なほどに息が詰まるような感じはない。見た目の小ささから受ける印象に比べると意外なほどに中は広く感じた。見晴らしが良く、後部座席もあるため圧迫感が少ないのが理由だろう。 ただ、後部座席はさすがにゆとりがあるとはいい難い。乗り込むのも一苦労の緊急用といったところだが、それでもあるとないでは大違いだ。
建物の角を曲がって直線道路に出ると、徐行からいきなりギューンと全開加速する鶴巻社長。
試乗前に「このクルマは加速がすごいからね!」とは聞いていたが、これは結構強烈だった。
当然、EVだからエンジン音は聞こえないが、静かにぐんぐんスピードが上がり、体が持っていかれるような感覚には驚いた。
この力強さなら大人が4人乗っても不足は感じないだろう。
本社の周囲を5分ほど走ったところで試乗は終了。一般道を走っていないので乗り心地に関しては限定的な感想となるが、助手席のシートはしっかりクッションもきいていて、衝撃を吸収する「クルマらしい」乗り心地。シートの角度は直角に近いが、短距離の移動であれば疲れを感じることはなさそうだった。
早く日本でも乗りたい……。軽自動車の2/3のサイズでキビキビ動く!
強力なリチウムイオン電池を採用したFOMM ONEの最高速度は80km/h、航続距離は160kmとなっている。
また、エアコンも付いている。現在販売拠点となっているタイは平均気温が30℃近いため、欠かせない装備だ。エアコンを使用すると航続距離は100km程度になるという。
ユニークなのは、アクセルを「手」で操作すること。足元スペースを切り詰めるための選択だが、現在アクセル・ブレーキの踏み間違いによる事故が多発していることを考えると、アクセルを手で、ブレーキをペダルで操作するこの方式は理にかなっている。
助手席で感じたのは「早くこれを日本の道で運転してみたい」ということ。
軽自動車の2/3ほどのサイズで、十分快適にキビキビと走れる。道幅に対してゆとりがあるからラクに運転できそうだし、狭い住宅街を走るときも歩行者に圧迫感を与えにくい。このサイズが欲しかったという人は国内にも少なくないはずだ。
最大の特徴「インホイールモーター」
FOMMはフロントの2輪に取り付けられたインホイールモーターで駆動する。その名の通り、車輪の中にモーターが直接取り付けられている。試乗時に感じた優れた加速反応はこのためか! と納得した。もちろん車両の小型化、部品点数削減にも貢献している。
鶴巻社長は、以前アラコやトヨタ車体で超小型モビリティの先駆けである「エブリデー コムス」の開発に携わった経験がある。「エブリデー コムス」にはインホイールモーターが採用されており、2000年の発売当時には世界初として話題になった。このとき培った経験が、FOMM ONEにも生きている。
試乗後、鶴巻社長に独占インタビューを敢行した。インホイールモーターの話題からデザイン、開発の苦労、今後のことまで伺ってきた。次回の記事でじっくりとお届けしよう。