「誰でも気軽に乗れる」にこだわった3輪タイプの小型モビリティ
2021年3月末、ユニークな電動モビリティに試乗した。その名も「Future mobility “GOGO!” 」(フューチャーモビリティ・ゴーゴー:以下GOGO!)。2つのフロントタイヤとシートのある車体に電動キックスクーターのようなハンドルが付いている。デザインは「未来的」というよりは「レトロ」と形容した方がしっくりくる。昨今のスタイリッシュな電動キックスクーターやeバイクとは明らかに方向性が違う。Webサイトでは美男美女がGOGO!に乗ってかっこよくポーズを取っているのだが、それがまた違和感を増幅する——。
というわけで、正直なところ、試乗会に行くまではGOGO!に半信半疑なところもあった。だが開発の経緯を聞き、実際に試乗してみると、これはまさに日本で求められている乗りものなのかもしれない、と思った。
GOGO!の大きな特徴は、何といっても3輪であること。フロント2輪の幅は広く、見た目にも安心感がある。実際乗ってみても安定しており、まっすぐ直立して停車すれば、足を着かなくても止まっていられるほどだ。フロント2輪の幅には、もうひとつ大きな意味がある。タイヤ間(正確には輪距という)が50cmを超えているため、原付バイクではなくミニカーとして扱われるのだ。ミニカー登録だと、ヘルメットの着用義務がない。さらに二段階右折が不要で最高時速は60kmまでとなるなど、原付と比べて走行の自由度も格段に上がる。ただし原付免許では運転できず、普通自動車免許が必要だ。
「ヘルメットが不要なミニカー登録を前提で考えた」と語るのは、GOGO!の生みの親である井原慶子氏だ。井原氏は現役カーレーサーで、日産の社外取締役も務める人物。GOGO!のアイデアを思いついたのは、コロナ禍がきっかけだったという。2020年4月に緊急事態宣言が発令されると、地元である愛知県春日井市の商店街や近所の人たちから「お客さんが全然こない。でもデリバリーもしたことがない」「電車やバスで通勤するのも怖い」といった声を聞くようになった。これを何とかできないだろうかと考え、ゴールデンウィークの外出自粛期間を利用して小型モビリティの設計をはじめたという。
企画・開発のコンセプトは「誰でも気軽に乗れる」「他人と接触せず出かけられる」そして「出かけるのが楽しくなる」乗りものだ。商店街や近所の方々の顔を思い浮かべながら設計したため、ターゲットには若者のみならず、キックスクーターやバイクに不慣れなシニア層も含まれる。おのずと安定感が高い3輪に行きついた。
設計には井原氏の現役カーレーサーとしての知見が生きている。レーシングカーは軽量で、直感的に運転できないと速く走れない。GOGO!の素材選定や設計においても、その2点には特にこだわった。例えばフロント2輪を支えるサスペンションには、レーシングカーに使われるダブルウィッシュボーン形式(※1)にヒントを得た構造が使われている。マルチリーンステアサスペンションと名付けたこの構造は特許取得済みだ。低速でもスムーズにコーナーを曲がれるアッカーマンジオメトリ(※2)が採用されているところにこだわりを感じる。
最高時速30km、安心感がある走り
実際にGOGO!に乗って、公道を走ってみた。前述の通り、GOGO!はミニカー登録なのでヘルメット着用の義務はない。しかし、自転車やバイクと同じように体を守ってくれるものが何もないので、安全のためにかぶった方がいいのは言うまでもない。
最高時速は30kmほど。法律上は時速60kmまでOKだが、ヘルメットをかぶらなくても乗れることから、あえて安全性を考え「ママチャリを全力でこぐくらい」のスピードに抑えた、と井原氏。走り出してみると、出だしから力強く、最高速度までスムーズに加速する。モーターの出力は原付一種やミニカーの上限である600Wとパワフルで、車重はベースモデルのGOGO! Sで23kgと比較的軽量だから、上り坂も力強く登っていく。
カーブを曲がるときは、ハンドルと連動して車体が内側に傾く、ちょっと独特の感覚だ。はじめは少し戸惑ったが、自転車やバイクに似ているので数分で慣れた。フロントが2輪というのはやはり安心感がある。車道から歩道を横切って駐車場に入る際、多少斜めに段差を踏んでしまっても怖くない。バイクのフロントタイヤでうっかり濡れた落ち葉や小石などを踏んでしまうと冷や汗ものだが、GOGO!なら万が一片輪が滑っても、もう片方で耐えてくれるだろう。「誰もが乗れる」モビリティを目指す上で、この安心感は大きい。
ただし最高時速30kmという走行性能は、現実的には交通量の多い幹線道路の走行には向いていない。あくまで交通量が少なめの道路を走るための乗りもの、という割り切りが必要だ。
GOGO!の航続距離はバッテリー1本で約30km、オプションの大容量バッテリーなら約60km走れる。片道数キロを移動する日常の足として使うなら、標準バッテリーでも十分だろう。フロア部分に内蔵するバッテリーは取り外し可能で、家庭用コンセントで満充電まで約3時間。約2時間で充電できる急速充電器もオプションで用意されている。
モデル構成は、ベースモデルの「GOGO! S」、カゴ付きの「GOGO! カーゴ」、荷台付きで配達に向く「GOGO! デリバリー」に加え、なんとカーボンモノコックフレームを装備した「Future mobility F1」(以下F1)を用意しているところが、レーサーの井原氏らしい。F1モデルは高性能バッテリーを搭載し、最高速度は時速45km。車重はGOGO!の23〜25kgに対し、F1はわずか18.5kgしかない。こちらも少しだけ試乗した。都内の公道だったためギリギリの運動性能を試すというわけにはいかなかったが、発進時や停止時などに軽やかさを感じた。実はGOGO!の開発には、フルカーボンの国産高性能電動キックスクーター「sunameri」を作ったフヂイエンヂニアリングの藤井充氏も関わっている。当然F1にも、その知見は存分に生かされていることだろう。
移動の価値が変わってきている
さて、そんなGOGO!はどんなユーザーに向いているのだろうか。GOGO!の価格は23万8000円から25万8000円(いずれも税抜)だ。価格だけ見ると、原付一種(50cc以下)のスクーターに近い。
以前ZERO10Xの記事でも触れたが、長らく庶民の足を支えた原付一種というカテゴリーは縮小の一途をたどっており、もはや風前のともしび。犬猿の仲(?)だったはずのホンダとヤマハが協業して、何とか製品供給を続けているような状態だ(なんとヤマハの「ジョグ」や「ビーノ」は、いまやホンダが生産しており、エンジンにはHONDAロゴが入っている)。
そんな庶民の足を置き換える可能性があるのが、小型電動モビリティだと筆者は考えている。だが2輪の電動キックスクーターは停止時に不安定で、自分の足で蹴り出して乗る必要があるから、シニア層には厳しい。多くの荷物を運ぶデリバリー用途にも向いていない。
その点、GOGO!は座って乗ることが可能で、3輪だから安定している。カゴ付き、荷台付きのモデルもある。そして、何といっても軽い。エンジン付きの原付スクーターの重量は大体80kg前後だが、GOGO!は最も重いカゴ付きモデルでも25kgしかない。手を離しても自立するから、乗り降りや駐輪場での取り回しもはるかに簡単だ。ちょっと離れたスーパーに買い物に行ったり、地元の商店が近所に配達したりするような、地方における日常の移動手段として、意外に実用的な乗りものではないだろうか。
今、高齢化に伴い自動車の免許返納件数は大きく増加している。そして免許を返納したシニアの方々、特に地方に住む方々は、自動車に代わる日常の移動のためのモビリティを切実に必要としている。だが原付一種は選択肢が少ないし、何よりもバイクは怖いという人も多い。一方、同じミニカー登録でも、コムスに代表されるような4輪の超小型モビリティになると、価格は軽自動車に近くなり、重さは数百キロと一気に大きく重く、高価になる。
GOGO!は、そんな既存のモビリティでは救いきれない、アクティブシニア層の日常の移動を支える可能性も秘めているのではないだろうか。もっとも、現状では免許を返納してしまうとGOGO!には乗れなくなるので、そこは制度面の整備も必要になるのだが。
そんな風に思いを巡らせると、第一印象では「ちょっと野暮ったいかな」と感じたデザインも、地域に溶けこむ愛らしい形に見えてくるから不思議だ。
「昭和、平成の時代は、“遠くに速く行く”ことに価値があった」と井原氏。新幹線や高速道路が高い価値を生み出した時代だ。ところがカーボンニュートラルが叫ばれ、コロナ禍が続いている今、近所で、コミュニティの中で移動することの価値が見直されている、と井原氏は分析する。そんなラストワンマイルの移動に、オーバースペックな乗りものは必要ない。そんな思いで、井原氏は時速30kmという速度のGOGO!を開発したという。
日本のラストワンマイルを担う乗りものになるか
Futureは三重県鈴鹿市に自社工場を保有し、地元の人々とともに生産体制を整えている。特に「Inclusive Growth(地域、社会とともに成長すること)」を重視しており、役員の50%は女性。また組み立てやハンダ付けといった生産工程にも、女性やシニアの方々に積極的に関わってもらっているという。
生産台数は現在月産100台ほど。9月末までに累計1000台の生産を目指している。ゆくゆくは年に1万台体制にする計画だ。3月現在で100台の受注があり、ショッピングモールでのシェアリング用、リゾートでの回遊観光向けなどに活用されている。
さらに Futureでは、デリバリーや店舗予約などを実現するアプリ「かすがい GOGO!」も開発。地元である春日井市で実証実験をスタートしている。モビリティを作るだけでなく、それを使う理由も同時に作ろうとしているのだ。さらに2021年6月1日には、ドコモ・バイクシェアと組んでショールームを構える愛知県春日井市でシェアリングサービスの実証実験も開始した。
JR五反田駅まで来ました。
今日は少し寒いですね。ゴールは目の前です。 pic.twitter.com/vKuKRaWnB3
— Futureモビリティ開発チーム (@FutureMobi2021) February 23, 2021
「コロナ禍で苦しむ地元の商店街を何とかしたい」という井原氏の思いからスタートしたFuture moblity “GOGO!”。見た目こそ粗削りな面はあるが、多くの人が安心して乗れるモビリティとして、そのポテンシャルは大きい。より使いやすく、よりかっこよく磨き上げていけば、日本の、特に地方のラストワンマイルを担うモビリティになるかもしれない。
企業サイト:https://www.futuremobility.fun/