私が見たジュネーヴ・モーターショー
第88回ジュネーヴ・モーターショー(2018/03/06~18/03/17)は前回以上に盛り上がっていた。量産車メーカーの新型車のほかに、ピニンファリーナ、イタルデザイン、GFGスティーレなどカロッツェリアや新参技術開発会社によるコンセプト・スーパーカーの展示が豊富だったからだ。
日本車メーカーの話題作や欧米の注目ブランドについてはすでに多くのメディアが紹介済みなのでそちらをチェックしていただくとして、TDでは、インドと中国の資本力に支えられる老舗ブランドの作品とその背景、そして中国の若い経営者たちがリードする技術開発会社について触れてみたい。なお個々の車のスペックや性能に関しては、それぞれのウェブサイトを閲覧してほしい。
スイス・ジュネーヴ・モーターショーとは?
正式名称Salon International de l’Auto(サロン・アンテルナショナル・ド・ロト)、通称ジュネーヴ・モーターショーは、毎年3月上旬(かつては2月末から)に開催されるモーターショーだ。会場はジュネーヴ空港に隣接する見本市会場Palexpo。規模も観客動員数もトップクラスではないものの、その歴史と展示内容から世界の5大モーターショーのひとつに数えられている。スイスには量産自動車メーカーが無いのだが、ヨーロッパの貴族や富裕層にとって楽しみなイベントのひとつだったという。
第1回開催は1905年。ガソリン・エンジン車と蒸気自動車が混在して展示されていた。当時、日本ではやっと山羽式蒸気自動車が試運転を始めた頃である。第二次大戦後はトリノやミラノのカロッツェリア(馬車大工から発展した車体製造業者)たちも出展、デザインを競い合った。現在ではメディアの注目度も高く、ヨーロッパ各国の少量生産スポーツカーメーカーや技術開発会社が超高級スーパーカーを出展するので話題となるショーである。
今回はオランダのパルヴィ・インターナショナルのリバティ(三輪乗用車+ヘリコプター)やクロアチアのリマック・アウトモビリ社のハイパーEV、マクラーレンのセナGTRコンセプトなどが注目された。
Pininfarina「HK GT」
2015年にインドのマヒンドラ&マヒンドラグループの傘下となったピニンファリーナ社は毎年新しいコンセプト・スーパーカーを発表してきた。依頼したのは香港を拠点とする電気自動車サプライヤー、ハイブリッド・キネティックグループ/正道集団有限公司。今回は1088hpを超える4WDのEVスーパーGTを披露した。前年までのデザイン責任者ファビオ・フィリピーニの後任として、元PSAのカルロ・ボンザニゴ(1966年生まれ)が就任した。1995年当時、彼はインターンシップで同社を経験したことがある。
ハイブリッド・キネティックグループは1995年にユン・イョン/Yung Yeung会長が有志を募り香港市場に上場、2009年からエコカー市場に参入している。2017年のジュネーヴ・モーターショーで公開されたH600セダン・コンセプトは2020年発売の予定とか。
Italdesign「POP UP NEXT2018」
2月13日で創業50周年を迎えたイタルデザインだが、現在の筆頭株主はジウジアーロではなくVWグループの傘下となっている(実質的にはアウディ)。フランスのエアバス社やアウディAGとの共同開発で空陸両用モビリティ・システム「POP UP」(2017)の次世代型であるPOP UP NEXT2018を披露した。
POP UP NEXT2018は二人乗りのカプセル、あるいは貨物輸送用カーゴ、これらを搭載し陸送するためのオートノマス・プラットフォーム、そして空輸するためのドローン型飛行装置の3つで構成される。エアバス社はフライトモジュールとカプセルのドッキング技術を提供し、アウディは自走プラットフォーム技術を受け持っており、既に実験中という。インテリアでは49インチの巨大スクリーンがダッシュボードを占め、インタラクション・システムは音声、顔認証、視線追跡、タッチセンサーなどで操作する。以下が動画だ。
GFG Style 「SIBYLLA」
エンヴィジョン社が特許を持つ「EnOS™IoTプラットフォーム」の搭載を前提としており、4基のモーターは4個のホイールを直接駆動する。車体のデザインは1963年のジュネーヴに出展されたベルトーネ・コルヴェア・テストゥードのスタイルを思わせる(写真下)。ドーム型のキャビンは半分が前方にスライドし、後ろはガルウィング構造で開閉。ドアは通常のスウィング式。ジウジアーロはこの車の細部にわたるスケッチを『あるプロジェクトのためのアイデア集』と題する本にまとめている。8月7日に80歳を迎えようとする人とは思えないエネルギッシュなタッチである。
注目すべきは総合エネルギー会社エンヴィジョンを率いるチャン・レイ/Lei Zhangという人物。 1972年生まれで、中国人民大学卒業後アメリカのイエール大学大学院でMBAと国際関係学修士号を取得。2007年にEnvision Energy社を設立し、10年で中国第2位の風力タービン・メーカーに成長させた。現代をエネルギー革命の時代と捉え、IoTによるあらゆるエネルギー・サービスを世界的規模で推進しようとしている。
Techrules「REN RS」
北京を本拠地とする技術開発会社テックルールズ/泰克鲁斯は2016年から自社の高性能パワーユニットをPRするためにコンセプトカーを出展している。2017年はジウジアーロのデザインによる横1列3人乗りのハイブリッド・スーパースポーツ、RENが話題を呼んだ。今回はその車をベースに1人乗りのディーゼル・ハイブリッドのレースカー「REN RS」(なんと1287hp!)を出展。その技術力をアピールした。この会社の創始者でありCEOのウィリアム・ジン/Wiliam Jinの目標は、安価で信頼できるEVプラットフォームを世界の量産車メーカーに供給することだという。
Volvo「V60」
量産車で評価の高い1台はボルボV60。PHV仕様も用意されているプレミアム・エステートである。ボルボ・グループの乗車部門ボルボカーズは2010年にフォードから中国浙江省のジーリー・モータース/吉利汽車に買い取られ、その後着々と業績を回復している。同社は元フォードのデザイン・ヘッドだったピーター・ホルバリー氏をグループのデザイン最高責任者に招聘し、ジーリーとボルボ両方のブランド育成を図っている。
Volvo「POLESTAR 1」
ボルボはS60の高性能モデルに「ポールスター」の名称を与えていたが、2017年暮れにEV部門を独立させてポールスター・ブランドを創設、その1号車をジュネーヴで公表した。
2+2クーペ、ポールスター・ワンの目標はテスラのような高性能EV(現在はPHV)の完成であり、その成果を次世代ボルボに継ぐことにある。2018年中には中国・成都に量産工場が完成する見込みで、市販は2019年を予定。11年間にわたるフォード傘下の時とは打って変わって積極的な商品戦略である。
Jaguar 「I-PACE」
現在も英国王室御用達や政府高官の公用車として使われているジャガー・ブランドだが、財政的には長い苦難の道を歩み、1989年にフォードの傘下となり、2008年3月にはランドローバーと共にインドのタタ・モータースに買収された。しかしここ数年のジャガーはランドローバー共々復興めざましく、世界のモーターショー会場をにぎわせている。
加えて2014年、チェリー・モータース・グループ/奇瑞汽車集団は、ジャガー・ランドローバーと自動車生産・販売合弁会社を設立。中国工場生産のジャガー・ブランド「XFL」(XFのロングホイールベース仕様)を2017年に発売している。
ICONA 「NUCLEUS」
トリノを本拠地とし、上海とロサンジェルスでもデザイン・エンジニアリング・プロトタイプ開発を業務としているイコナ社はオートノマス・モビリティのデザイン・スタディ「ニュークリアス」(核)を出展した。
コンセプトは「走るラウンジ」。目新しくはないが、未来のEV「自走車」の姿をこの会社は常に提案している。
テレジオ・ジジ・ガウディオ会長兼CEOは元スティーレ・ベルトーネのCEOで「トリノの技術やデザインセンスを中国はじめ必要としている国々の企業のために役立てたい」と創業した。
グローバル・デザイン・ディレクターはサムエル・チュファート氏。元ニッサン・デザイン・アメリカのシニア・デザイナーだった人であり、スティーレ・ベルトーネのチーフ・デザイナーも経験している。イコナ社の運営資金の出どころは公表されていないが、中国資本との噂である。
このほか、ジュネーヴには出展しなかったが、上海汽車グループは英国産スポーツカーとして有名なMGブランドを2015年から自社商品化すると同時に、最後のローバー・ブランド「75」の生産権を買い取り、ローウィ/ROEWE 750として生産している等々、このところ旺盛な中国・インド資本の躍進の中心に概観した。
北京モーターショー2018に向けて
最後に、来週から始まる北京モーターショーについても触れておきたい。
今回で15回目を迎える北京モーターショーはこれまで以上に話題豊富なものになりそうだ。自国の主要カーメーカーを始め、欧米日韓の各社は続々と北京でのワールドプレミア・モデル公開を準備していると表明している。それらの多くは非化石燃料エンジンを搭載しているであろう。
昨年9月に中国政府は新エネルギー法(NEV)を発表し、2019年中に中国で販売される全自動車の10%を石油系以外の燃料で走る車とすることをすべての自動車メーカーに義務付けた。これにはハイブリッドもプラグイン・ハイブリッドも含まれず、完全ゼロエミッション動力に限られる。
しかし電気自動車も水素自動車も比較的高価だから、それぞれのカーメーカーにとって10%を満たすNEVユーザーを獲得するのは容易ではない。
EV大手のBYD/比亜迪モータースや北京汽車グループすら苦戦しているこうした状況に中国外資合弁自動車メーカーはどんな手を打つのだろうか?
そしてコンセプトカーが示すデザインの傾向は?
興味ある方は4月25日からのオートチャイナにぜひ注目を。
(解説・藤本彰/写真・藤本彰、TD編集部)
藤本 彰(ふじもと・あきら)
1937年、大分市佐賀関生まれ。1959年、三栄書房美術部に入社し、1969年に『AUTO SPORT』編集長を務める。1972年に日本初の日英両訳・カースタイリング専門誌「CAR STYLING」を創刊し、編集長に就任。同誌は世界のカーデザインに遅れをとっていた日本の自動車業界・カーデザイン業界に新風を吹き込み、業界誌、専門誌という枠組みを越えてデザイナーの育成という機能まで果たした。 1974年、独立。1979年、株式会社カースタイリング出版設立、代表取締役社長兼編集長。 2010年、CAR STYLING169号で休刊。 その他、日本自動車殿堂理事・イヤー賞選考委員会委員長、トリノ・ピエモンテカーデザイン賞審査員(1984-1997)、三菱自動車国際カーデザイン・コンペティション審査員(1997-2002)、ルイヴィトン・クラシック・コンクール・デレガンス審査員(2001-2004)、世界自動車デザイン・コンペティション(カナダ)審査員(2002-2005)、 2004 World Car of the Year 設立実行委員なども務める。