インドネシアのバイクタクシー「Gojek」に乗ってみた

Aug 19,2022report

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Aug19,2022

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インドネシアのバイクタクシー 「Gojek」に乗ってみた

文:
TD編集部 出雲井 亨

2022年7月、出張でインドネシアのジャカルタとシンガポールを訪れた。現地のデジタル化がどのように進んでいるのか、最新事情を取材するのが目的だ。その一環で体験したモビリティ事情を紹介したい。

TOP写真:Gojek社提供

インドネシア・ジャカルタの生活の足、「Gojek」

ジャカルタは世界でも有数の渋滞都市だ。中心部では、朝夕はほぼ確実に渋滞に巻き込まれる。はっきりした出典は分からないが、クルマの平均移動速度は時速7キロメートルだと聞いたこともある。夕方現地に到着し、午後6時頃に空港からホテルに向かう車内で、早くもそれを実感した。高速道路を下りた瞬間から、道路がクルマで埋め尽くされているのだ。

そして、渋滞するクルマのすき間をたくさんのバイクが縫うようにして走り抜けていく。インドネシアはマレーシアやベトナムと同様バイク大国で、東南アジアの交通事情と聞けば多くの人が思い浮かべるとおりの光景が毎日繰り広げられている。

(筆者撮影)

クルマの横を走り抜けるたくさんのバイクを眺めているうちに、緑色のヘルメットやジャケットを着用しているライダーをよく見かけることに気付いた。背中には「Gojek」あるいは「Grab」の文字。これは、ジャカルタで人々の足として親しまれている、バイクタクシーだ。バイクの後ろの席に乗り込み、2人乗りで目的の場所まで運んでもらう。

これを体験しなければ現地のモビリティ事情は分からない、ということで実際に乗ってみることにした。とはいえ知らない人と2人乗りで、しかもクルマの間をバンバンすり抜けていくであろうバイクタクシーに乗るのは、いかに日本でバイクに乗り慣れている筆者でも怖い。転倒するかも、すり抜け中にクルマにぶつかるかも、などと、良からぬ想像が頭をよぎる。実際、滞在中に事故現場も目撃した。

そこで、道が広く交通量も少ない公園の周りをぐるりと1周してもらうことにした。それでも10分くらいの道のりで、途中で名物?のすり抜けも経験したのだが……。

緊張のバイクタクシー初体験

バイクタクシーの利用にはスマートフォンのアプリを使う。いくつかサービスがあるが、特にインドネシアで普及しているのが国民的アプリの「Gojek(ゴジェック)」と、そのライバルであるマレーシア発の「Grab(グラブ)」だ。今回はせっかくインドネシアにいるので、地元企業であるGojekを利用してみることにした。

(左)これがGojekアプリのトップ画面。左上の「GoRide」アイコンが、バイクタクシーだ
(右)こちらはライバルGrabの画面。一番左はFoodで、食事のデリバリーの力を入れていることが分かる

Gojekは、もともとインドネシアで広く普及していた「Ojek(オジェック)」と呼ばれるバイクタクシーの配車サービスからはじまっている。だから、今でもサービスの中心はバイクタクシーだ。現在はクルマの配車やフードデリバリー、買い物代行、QR決済など、幅広いサービスを提供しており、いわゆる「スーパーアプリ」化しているが、左上の目立つところにGoRide(ゴーライド)と呼ばれるバイクタクシーのメニューが置かれている。

タップして乗車地と降車地を指定すると、近くを走るドライバーとのマッチングが行われる。数十秒待つと、ドライバーが見つかった。Riskiさんというドライバーだ。アプリには顔写真と名前が表示されるので、安心感がある。さらにドライバーの現在位置もリアルタイムで表示されるので、あとどのくらいで到着するのかが分かって安心だ。

ところが、ここで想定外のことが起こった。筆者が指定した乗車場所が分かりにくかったのか、Riskiさんからインドネシア語でメッセージが入ったのだ。位置情報を見ると、近くをぐるぐると回っているようだ。アプリは完全に英語化されているが、ドライバーとのやり取りにはインドネシア語が必要で、筆者は完全にお手上げ。仕方なく、同行してくれたインドネシア人の知人に助けを求めることにした。

(左)ドライバーが見つかると、ナンバー、名前、顔写真と現在位置が表示される
(右)ドライバーのRiskiさん到着。ヘルメットを借り、いざ出発だ

Gojek上には、ドライバーとのやり取りができるチャット機能がついている。知人はボイスメッセージや写真も駆使しながら乗車位置を説明し、ほどなくドライバーが乗車地点に到着した。やってきたのは、ホンダの小型スクーター。気持ちに余裕がなくモデル名や排気量を確認するのを忘れてしまった。

街中にはホンダのPCXやヤマハNMAX風の大柄なスクーターもたくさん走り回っているのに、筆者の元に来てくれたのは50ccかと思うような小型車だ。本当に大丈夫なのだろうか、と一瞬不安がよぎる。

気を取り直して乗り込もうとすると、Riskiさんがヘルメットを渡してくれた。風雨にさらされたためか内装が色あせているが、嫌なニオイはしない。Gojekのアプリ上には「バイク消毒済み」「体温は正常」の表記があり、(アプリを信じるなら)衛生面の心配はないようだ。

安心して後ろのシートに乗り込むと、ブォーンというエンジン音とともにバイクが走り出した。思っていたより元気な加速で、体が後ろに持っていかれる。バイクの後部座席に乗るときは「どこをつかむか」問題が発生する。これがカップルであれば、迷わずドライバーの腰に手を回せばいいのだが、初対面のRiskiさんにそんなことをするわけにはいかない。幸いスクーターの後ろにはパッセンジャー用のグラブバー(取っ手)を発見したので、とっさにそこをつかんだ。後で知人に聞いてみると「ドライバーの腰に手を回す人はいないよ」と笑われた。危ないところだった。

慣れてくると、意外に安定感がある。グラブバーを握る力も徐々に弱くなり、直線では片手を離す余裕さえ出てきた。そこですかさず(記事のために)自撮りをする。「これは楽勝かな」と思っていたら、バイクは幹線道路に出た。

前の車が減速するとみるや、Riskiさんはすかさずその左へ突っ込んでいく(インドネシアは日本と同じ左側通行)。自分だったら絶対しないであろうすり抜けを次々に仕掛けるアグレッシブな走りに、全身から冷や汗が噴き出す。だが周りのバイクもみな同様の動きをしており、これはジャカルタでは平常運転のようだ。

そのとき、筆者は気付いてしまった。スクーターの右のミラーがないことに。いや、正確にはミラーらしきものはついているのだが、鏡がついていない。いくら見つめてもそこにあるのは黒い樹脂だけだ。道路の左端を走るバイクにとって、右のミラーは生命線。なのにこれでは、後ろからクルマが近づいても気づくことができないではないか。

(左)クルマの横にスペースがあれば、積極的に入っていくのが基本
(右)どう考えても右のミラー、見てないよね。鏡ついてないし

そんな筆者の心配をよそに、バイクはぐいぐいとクルマの間に割って入り、無事公園を一周してくれた。スリルはあったが、バイクで街中をスイスイ移動するのは、なかなか爽快な体験だった。

10分ほど走り、料金は14,000ルピア(140円弱)程度。支払いはGojekアプリ上でできるが、どうやら現地のクレジットカードがないとチャージができない。そんなときはドライバーに現金を渡すと、その金額を自分のアカウントに送金してくれる(トップアップという)ので、そこから支払うことができる。

ヘルメットなしや、家族3人で乗っている姿も珍しくない

料金が手軽で渋滞の影響も受けづらいから、気軽に移動できる。バイクタクシーがジャカルタで欠かせない移動手段となっている理由がよく分かった。ちなみに同行してくれた知人は、グローバル企業でマーケティングの仕事をしている女性だが、バイクタクシーはよく使うという。通勤のときは渋滞に巻き込まれると困るのでバイクタクシーを使い、休日のお出かけにはクルマの配車サービスを使っているとのことだった。

「人とモノの移動」を支えるGojek

さて、このようにインドネシアで社会インフラといえるほど浸透しているGojekがどんな会社なのか、簡単に紹介しておこう。創業は2010年。創業者のナディーム・マカリム氏は、インドネシアで広く普及している「Ojek(オジェック)」と呼ばれるバイクタクシーの配車サービスを思いついた。少しずつドライバーを増やしながら規模を拡大し、2015年にアプリをリリースする。

買い物代行のGoShopを使えば、こんな地元のローカルショップでの買い物も依頼できる

おもしろいのは、このときバイクタクシーだけでなく、複数のサービスを短期間に一気に立ち上げたこと。例えばフードデリバリーのGoFoodや、買い物代行のGoMartやGoShop、宅配サービスのGoSend、マッサージ師を自宅に呼べるGoMassageなど。いずれも、ドライバーが何かを運ぶことで実現できるサービスだ。つまりGojekのドライバーにとって、タクシーも買い物代行も同じ仕事の一部なのだ。違うのは、運ぶのが人なのかモノなのかということだけ。

朝の通勤ラッシュ時にはバイクタクシーとして稼働し、昼時はランチを運ぶ。午後は買い物代行や宅配便をこなし、夕方には帰宅する人を家に送り届けるというように、ドライバーたちはGojekのおかげで効率よく稼ぐことができるようになっている。2019年のデータで約200万人ものGojekのドライバーが社会の移動・流通を支えているという。

Gojekの創業者ナディーム・マカリム氏は、マッキンゼーに務めた後、ハーバード・ビジネススクール(HBS)を卒業し、Gojekを創業したバリバリのエリートだ。そしてライバルGrabの創業者アンソニー・タン氏とタン・ホーイリン氏もまたHBSの卒業生である。こういったスーパーエリートたちが、東南アジアのデジタル革命を支えているというのも興味深い。ちなみにGojek創業者のマカリム氏は2019年10月、GojekのCEOを退任してインドネシアの教育・文化大臣に就任して大きな話題になった。

東南アジアでも着々と電動化が進行中

インドネシアの後にはシンガポールを訪れた。ジャカルタとは街の景色がまったく違う。ジャカルタではトヨタやダイハツ、スズキ、日産など日本車ばかりだった。だがシンガポールには、メルセデスやアウディ、ジャガー、ポルシェといった高級車が当たり前のように通り過ぎていく。バイクの数も少なく、見かけてもそのほとんどはフードデリバリーのものだ。

そんなシンガポールでもGojekとGrabはサービスを提供している。シンガポールではバイクタクシーは禁止されているようで、どちらも配車サービスはクルマのみだ。ここではマレーシア発で、現在はシンガポールに本拠を置くGrabを使ってみることにした。

2020年にオープンしたGrabの新本社。明るくオープンな室内は、いまどきのテックベンチャーといった雰囲気だ

アプリの使い勝手はUberなどとほぼ同じ。事前にアプリ上で乗車地と降車地を指定し、やってきたタクシーに乗り込んで目的地で降りるだけ。料金の支払いもアプリ上で済むので、ドライバーさんと会話する必要すらない。非常にスムーズで安心だ。

GrabでやってきたBYDの「e6」
静かで平和な室内。乗り心地もまずまずで、心地よく移動できた

利用の際、エコカーを選べることには驚いた。通常の配車サービス「JustGrab」のほかに、「JustGrab Green」というメニューがあり、BEV(電気自動車)またはHEV(ハイブリッド車)に限定して選択できるのだ。試しに呼んでみると、BYDのBEV「e6」がやってきた。はじめて乗ったが、乗り心地はごく普通。モーターのおかげか加減速が滑らかで静かなので、上質感を感じた。もしエンジン車とBEVが同じ時間・同じ料金だったら、常にEVを選ぶだろうと思う。自分で運転するならエンジンを選ぶかもしれないが、乗客として乗るならBEVのほうが心地よいというのは、新たな発見だった。

そういえば、インドネシアでも電動化への動きを感じることがあった。ジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港には、Grabの電気自動車専用ステーションが設置されていた。またGojekは台湾発の電動バイクメーカーGogoroと組んで、電池交換式の電動バイクをテストしている。実際、ジャカルタ市内のガソリンスタンドの一角には、Gogoroのバッテリー交換ステーションがあり、少数ながらも電動バイクが走っている姿も見かけた。Gojek、Grabとも東南アジアを代表するスタートアップであり、上場企業でもある。ESGやサステナビリティ経営など、企業の社会的責任が声高に叫ばれる今、両社とも電動化への動きは避けて通れないのだろう。この分だと、数年後にはGojekやGrabの電気自動車や電動バイクがたくさん街中を走り回るようになるかもしれない。ジャカルタの深刻な大気汚染が少しでも改善しているといいのだが。

(左)スカルノ・ハッタ空港にあるGrabの電気自動車ステーション
(右)ガソリンスタンドの一画にあったGogoroのバッテリー交換ステーション

石橋をたたいて渡るのも大事だが

インドネシアは、昔からあるOjekというバイクタクシーとデジタル技術を融合させることで、スマホアプリで移動も宅配もできるというデジタル革命を実現した。Gojekがアプリを公開したのは2015年。それから7年で事実上の社会インフラとなり、人々の生活を便利で豊かにしている。そのスピードとエネルギーには圧倒されるばかりだ。

翻って日本のモビリティ事情を見ると、2010年頃から実証実験を重ねていた超小型モビリティの制度が整い、トヨタがC+podを発売したのは10年後の2020年。米国で2019年ごろから普及しはじめた電動キックスクーターのための法整備が整うのは2023年になる見通しだ。モビリティは人々の安全に直結するものだから、慎重に検討を重ね、石橋をたたいて渡る姿勢で臨むのも重要だ。だが、何年も石橋をたたいているうちに、世界はいくつも橋を渡って遠くに行ってしまうのではないかという気もする。ジャカルタの道路を、人や荷物を載せて走り回るバイクタクシーを眺めながら、そんなことを考えた。

 

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