若い世代に「今の中国」を語ってほしい
「勢いのある今の中国をもっと知ってほしい」。
このセミナーの発起人でもある、JIDA副理事の御園秀一氏はセミナー開始前にこう語った。
御園氏は年10回以上中国へ足を運ぶが、その度に日本が世界から置いていかれるような感覚を覚えるという。御園氏は若い世代に「今の中国」を語ってほしいと考え、今回のセミナーを企画。さらに、公益財団法人 日本デザイン振興会(JDP)の薛氏との対談もコンテンツに加え、より中国を感じられる場の用意が整った。
当日はデザイン関係の社会人や学生ら50名を超える参加者が集まり、会場は満員。その中にはJDPの会長である川上元美(かわかみ・もとみ)氏などの顔ぶれも見られた。
中国新経済を象徴する「アリババ」「テンセント」「ユニコーン企業」
今回のセミナーは2部構成。第1部、清水氏のパネルトーク「デザイナーの目で見た中国新経済」は1枚のグラフからスタートした。このグラフが示すように、清水氏自身、2015年頃を境に周囲の日本人の中国に対するイメージがガラリと変わった実感があったと振り返る。今伸びているオレンジや水色、緑の線は、中国の新しい経済を象徴するワード「爆買い」やアリババの「Alipay」「Tencent」を指す。
清水氏は、2017年に発表され話題になった「世界のユニコーン企業を表したインフォグラフィック」からも中国新経済の急速な発展が見えると補足。「ユニコーン企業」とは、企業としての評価額が10億ドル以上で非上場のベンチャー企業を意味する。
アメリカ同様に中国にも多くのユニコーン企業が存在する。上記のサイトには評価額(valuation)順に上位10企業が掲載されているが、アメリカと中国の独占状態だ。
このような企業が次々と生まれ、競争を繰り返す中国の様子について清水氏は「まさに今が戦国時代」だと話す。ちなみに日本におけるユニコーン企業はメルカリ1社だけなのがもどかしい。
アメリカと並ぶイノベーション先進国
清水氏は「行政と企業、ユーザーの三身一体式イノベーション」が中国の急成長の鍵だと説明する。
まず、行政は“中国製造2025”や“大衆創業、万衆創新”といったスローガンを立て、起業のサポートや補助金、大学への支援など体制や環境を整える。
企業はそのサポートの下で新規事業やアイディアを実践し、大きな利益を生み出していく。
ここで清水氏は「サービスの原動力はUXデザインである」と言及する。競争が激しいため、UXデザインを重視した便利でお得な良いサービスだけが生き残る。ユーザー体験が研ぎ澄まされていくことでユーザーの利用は加速し、シェアされ、たちまち国内外へ広がっていくのだ。
ちなみに中国のユーザーはITリテラシーが高く、新しいもの好きでフットワークが軽い。スマホ普及も79%と日本をはるかにしのぐ。
イノベーション加速の鍵はE-Paymentプラットフォーム
イノベーションのバラエティが一気に増えた背景としては、AlipayやWechat PayといったE-Paymentプラットフォームの整備が大きい。これらのE-Paymentプラットフォームがオンラインからオフラインへの急速な普及を遂げたことにより、個人認証から支払いまでがスマホで完結。O2Oサービスの爆発的な普及環境が整った。
こうして中国では「ネット上(オンライン)から、ネット外の実地(オフライン)での行動を促す」という初期のO2Oサービスはもちろん、オフラインからオンラインへ誘導するサービスや、オフラインで獲得した顧客にオンラインでブランドのファンになってもらうサービスなど、日々様々なO2Oの形が生まれている。
例えばフードデリバリー(「外買」)業界でシェアを独占するEle.meとMeituan。どちらもユーザー数は2億人を超え、連携店舗も100万以上だ。この2社は幾度なくアプリのサービス戦争を繰り返し、会社・学校・家庭などあらゆる場に「外買」が浸透した。
学食よりも外買の方が安いからといって、大学生が学食を利用しなくなる現象が起こるほど。ユーザーだけでなく、お店側にとっても店舗の賃料がかからない等のメリットが大きく、続々と開店する人が増え、メニューの種類が増え、質もどんどん良くなっているそうだ。
ちなみに今年4月3日にはアリババによるEle.meの買収が報じられ話題となった。
買収金額は推定95億ドル(約1兆円)で中国のインターネット業界において史上最大規模。
また、シェアサイクル事業を展開するmobikeやofoは、GPSやQRコード、スマホ決済の合わせ技を使ってユーザー数を増やし、規模を拡大。今は国外にも展開するほどだ。中国の都市部には専用の駐輪場も次々と作られているという。
海外展開をはかる中国企業
清水氏は海外展開する中国ブランドは、自分たちのサービス・製品の長所と短所を踏まえてブランディングしていると評価。
海外老舗ブランドとのコラボや有名デザイナーの起用、国際的な権威ある賞を利用するといった方法でプロダクトのブランド価値を高め、展開する国や地域は、勝てる場所に絞って進出する。ビジュアル面のデザインも中国らしさを押し出さず現地向けに作り、お得感のある値付けを行い、ユーザーへ届けているのだ。
そんな中国は、今、さらなるイノベーションを起こすために準備しているという。
深圳の柴火創客空間やHAXといったfab-labのような施設が国内に次々とでき始め、優れたアイディアを持つ人がイノベーションを起こせる仕組みを、国を挙げて作り出そうとしている。
今や中国は、アメリカと肩を並べるイノベーション先進国だ。このことによって生み出された影はいくつもあるが、それらをものともしないスピードで経済が拡大していることは疑う余地のない事実であろう。
中国のスピードに、日本はどう向き合っていくか
会は第2部のディスカッション「中国から見た日本、日本から見た中国」へと進む。
薛氏は「日本は10年前からあまり変わっていないが、中国は変化が激しく、これからどのように発展していくか予想できない」と語る。「10年前に来日した際には日本が中国の未来だと感じたが、今やそのような印象は一切ない」とも。
Wechat Payを利用して地下鉄に乗ったり、友人に借りていたお金をオンライン上で返したり……、中国では当たり前になっているサービスが日本では普及していない。
セミナー参加者のひとり、7年前に来日した中国人の留学生も「故郷の変化に驚いている」とディスカッションの中で発言した。
「競争」を超えて、今を見つめる
「現状維持か、変わるか」。この2択を突きつけられた時に、日本にとって前者のリスクの方が少なかった。日本には良いものが揃っている環境があり中国にはなかった。だからこそ中国は変わるという選択をとったのだろうと、清水氏が語っていたのが印象的だった。
現状維持を選んだ日本は、今、結果的に遅れをとってしまったと感じざるを得ない。
一方で、「どの国が進んでいるのか」「中国と日本ではどちらが秀でているか」といった他国との「競争」について議論するという感覚自体がもう使い古されたものになりつつあるような気もする。
例えば世界のモーターショーに目を向ければ、中国やインドの企業が出資し、シリコンバレーで開発された技術を活用してタイで生産する、といった越境型のプロダクトは珍しくない。国境や企業のバックグラウンドにとらわれず、いかに成し遂げたいビジョンに向けて縦横無尽にパーツを集めるかが、次世代におけるサービス・プロダクト開発の要だとも捉えることができる。
一方通行な講演型ではなく、参加者同士が意見を交わし合う場にしたいという想いで今回のセミナーを企画した御園氏。その狙い通り質疑応答でも参加者からの意見や質問が後を絶たず、その盛り上がりは懇親会まで続いた。
日本と中国の現在を比較し、見つめた今回のセミナー。主催者によると今後は「デザイン嗜好と戦略」「イノベーション/企業環境」などの観点から第二弾、第三弾を継続して企画していく予定とのこと。TDも追い続けていきたい。