これは「走り」に期待できそうだ
movicleの電動キックスクーター。ひと目見て、「早く乗ってみたい」という気分にさせられた。大きめのエアタイヤ。前輪のディスクブレーキ。ステップボードの後ろにちらりとのぞく後輪サスペンション。「走り」の性能を予感させるパーツがいたるところに使われていて、よくあるシェアリング用の電動キックボードとは明らかにたたずまいが違うのだ。
さっそく乗ってみる。使い方は一般的な電動キックスクーターのシェアリングサービスと同じ。まずハンドル中央に設置された大きな液晶ディスプレイのQRコードをスマホのアプリで読み込んでロックを解除する。アプリ上で料金プランを選んだら、ヘルメットをかぶって、いざ出発だ。はじめに操作に慣れるため、車通りの少ない路地で試してみることにした。
一般的な電動キックスクーターと同じ感覚で、地面を蹴りながらアクセルレバーをぐいっと引くと、前輪が浮きそうになるほどの勢いで加速をはじめた。これまで試してきたLimeやWINDの電動キックスクーターと比べて、圧倒的にパワフル。これはすごい。
movicleを運営するCurious Vehicle代表取締役の牧野勝氏によると、この電動キックスクーターの出力はなんと600W。つまり、普通自動車免許で乗れる、いわゆる原付(第一種原動機付自転車)の出力上限ギリギリだ。以前「パワフル」と感じたglafit LOM(プロトタイプ)の出力が350Wだったから、movicleの出力がいかに高いかが分かる。「日本では、今のところどうやっても電動キックスクーターは原付扱いになる。だから原付と同じ動力性能を持たないと危険なのではないかと考えた」と牧野氏。バイクやクルマと同じ車道を安全に走るには、このくらいの走行性能が必要だというわけだ。
前後ブレーキも自転車と同じような握るタイプのものがついている。電動キックスクーターの中には、ブレーキが貧弱なものも少なくない。広く、空いている道を走るならそれでいいかもしれないが、狭く坂道も多い日本の道を走るには不安が大きい。movicleの電動キックスクーターはフロントにディスクブレーキ、リヤにドラムブレーキという小型バイクによくある構成を採用しており、安心感がある。
とにかく乗っていて楽しい
さて、公道に出て走ってみる。アクセルはブレーキレバーの上にある短いレバーを引いてコントロールする方式。引いた分だけパワーが出るので慣れてしまえばコントロールしやすく、発進や走行中の速度管理も容易だ。発進からぐんぐん加速して、数秒で原付の最高時速30kmに到達した。そのままアクセルを引き続けたら、平地では時速40km近くまでいきそうな勢いだ(公式HPによると最高時速は42km)。パワーに余裕があるのでちょっとした上り坂でも速度を落とすことなく、交通の流れに乗って走ることができる。ブレーキの効きにも不安はなく、前後のブレーキを使って時速30kmからでもしっかり止まることが可能だ。
movicleの電動キックスクーターが乗りやすい理由のひとつとして、後輪にインホイールモーターを内蔵する点も見逃せない。前輪にモーターを内蔵するタイプ(例えばLimeやWINDの車両)は、直進走行が安定する反面、自由自在に走るという感覚ではない。一方、このmovicleやglafitのLOMで採用されている後輪駆動タイプは前輪の動きが軽く、小回りもきく。個人的には、やはり後輪駆動のほうが乗っていて楽しい。ということで、芝浦エリアを約30分間走り回り、存分に楽しんだ。
料金体系は、最初の10分が250円。以降10分ごとに200円かかる。今回は30分なので650円だった。30分あればかなり楽しめるので、この料金は納得だ。ちなみに1000円で1時間利用できる「1時間プラン」も用意されているので、じっくり試したい方はこちらがオススメだ。
movicleを乗り回してみて感じたのは、「走る、曲がる、止まる」という基本的な走行性能が、日本の原付一種という枠にしっかり合わせられているということ。以前サブスクリプションで借りていたWINDの電動キックスクーターは最高時速20km弱で、歩道を並走する電動アシスト自転車にも置いていかれてしまうような性能だった。短距離移動用と考えればこのスピードもありだとは思うが、日本の車道を走るには向いていない。交通ルールを電動キックスクーターに合わせていかないと実用的ではないと感じた。一方、movicleは日本の現行のルールに合う電動キックスクーターを用意したことで、日本で無理なく使える乗りものになっている。
エンジニアの「モノづくり魂」の結晶
これだけの車体を用意するには、それなりのコストもかかるはずだ。牧野氏は「movicleの本体原価は、一般的に流通している電動キックスクーターの2倍近い」と話す。それでも、牧野氏自身が数種類の電動キックスクーターを乗り比べた結果、「日本で原付として安全に乗るには最低限このくらいのスペックが必要」と考えてこのボディを選んだという。
実は、運営元のCurious Vehicleは、ビッグデータ分析や機械学習などを得意とするエンジニア集団の会社。牧野氏自身もエンジニアで、現在約20名のスタッフを抱えている。そんなIT企業の新規事業としてはじめたのがmovicleなのだ。そのため営業スタッフもおらず、駐輪ポート設置の交渉からナンバーの取得まで、牧野氏自身が動いている。
スマホアプリや登録・認証・課金システムもすべて自社開発。電動キックスクーターに搭載する液晶画面付きの管理装置も、牧野氏自らが基板から設計して制作したという。「サービス開始前の1カ月間はほぼ徹夜状態でハンダ付けした」と振り返る。
もしかしたら、ビジネスとして見るとスマートなやり方ではないかもしれない。ハードウエアはできるだけ低コストに抑えて、その分のリソースは駐輪ポートの設置交渉やマーケティングに使い、一気にサービスを立ち上げた方が収益化しやすいだろう。
だが同社は違う道を選んだ。できるだけ理想に近い機種を選び、ナンバープレートのホルダーやウインカー、ミラー、そしてそれらの制御装置など必要なパーツを選び、ときには3Dプリンターで制作して日本の公道を走れる仕様を作り上げていった。movicleの電動キックスクーターは、エンジニアの「モノづくり魂」の結晶なのだ。
そこまでしてmovicleを手がける背景には、牧野氏の「日本をアップデートしたい」という想いがある。牧野氏は6年前、新たな挑戦のきっかけを得るため独ベルリンに3カ月ほど滞在したことがある。そこには数多くのスタートアップが集まり、新技術やビジネスが次々に生まれる刺激的な環境があった。ところが帰国してみると、日本には新しいチャレンジがあまりない。仕事柄、定期的に海外に行く機会もあるが、海外の量販店を訪れると日本製品の存在感が年々減っていることも肌で感じていた。自分の挑戦を、もう一度日本が世界で勝負するきっかけにしたい。その舞台として選んだのが電動キックスクーターのシェアリングだった。
いずれはソフトウエアで勝負
なぜ新規事業としてシェアリングサービスを選んだのか。牧野氏はその理由として「ハードウエアAI」という言葉を挙げた。movicleの電動キックスクーターには、カメラや傾きセンサーなどの各種センサーやGPS、それに液晶画面を搭載した小さなコンピューターが搭載されている。ここから集まるデータを、得意のAIを使って分析・活用することで、新たな付加価値を付けていけると考えている。
例えば各駐輪ポートにおける需要を予測し、「このポートに返してくれれば100円引き」といったインセンティブをつけることで車両の配置を最適化できる。あるいは安全でスムーズな運転をしたユーザーにキャッシュバックする制度を作れば、事故を減らしたり車両の寿命を延ばせるかもしれない。Curious Vehicleは、テクノロジーの会社らしく「ソフトウエアで勝負したい」(牧野氏)と考えている。
そう考えると、極論すればシェアリングのための車両は何でもよく、自動運転時代になっても対応できる。現在は車両の調達から日本の法規に対応させるための改造まですべて自社で手がけているが、今後はハードウエア会社と組むことも考えたいと牧野氏は意欲を見せた。モビリティという未経験の分野に飛び込んで、車両の法規制への対応やハードウエア制作からアプリ、システム開発まですべて自分たちでやりきってしまう力強さを見ていると、何か新しい価値を生み出してくれるのではないかと期待してしまう。
なお、movicleは現在車両が約20台、駐輪ポートはわずかに2カ所とスタートしたばかり。当面は港区を中心にサービスを拡充していく予定だ。またコロナ禍によって計画がストップしてしまったが、お台場での展開も準備しており、事態が落ち着いたらこちらも進めたいとのこと。今後の展開を楽しみにしたい。
(了)