インハウスデザイナーたちの「妄想」を愉しむ夜「Neuron Tokyo vol.2」レポート

Jun 14,2024report

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Jun14,2024

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インハウスデザイナーたちの「妄想」を愉しむ夜 「Neuron Tokyo vol.2」レポート

文:
TD編集部 青柳 真紗美

2024年4月23日(火)、デザイン発信拠点「AXIS」と私たちTDがオーガナイズする招待制イベント「Neuron」(ニューロン)第2回が東京・浅草にて開催された。デザインとその周辺に関わる人々およそ130名が集まり、9社のインハウスデザイナーが演芸場の舞台でピッチを行った。テーマは「妄想デザイン 実はこんなこと考えています」。当日の模様をレポートする。

浅草の寄席で開催された第2回Neuron

インハウスデザイナー、スタートアップ、フリーランスのクリエイターなど、デザインとその周辺に関わる人々が一堂に会し、新たな情報やアイデアを共有するーーそんなコンセプトで生まれたネットワーキングと創発の場「Neuron(ニューロン)」が二度目の開催を迎えた。2024年4月23日、浅草・木馬亭にてクローズドで催された「Neuron Tokyo」は、その名の通り、神経細胞のように個々の想いや情報が刺激となり、新たなプロジェクトやアイデアにつながる場を目指している。

2023年11月の第1回と趣向を変え、今回は浅草寺本堂近くの浅草・木馬亭で行われた。打ち合わせ中、「ピッチは大喜利だ」という着想から、演芸場で開催するというアイデアが生まれ、とんとん拍子で開催にこぎつけた。
木馬亭は普段は浪曲などを上演している寄席であり、独特の雰囲気が漂う。舞台上にスクリーンを設置し、ゲストスピーカーと参加企業各社からのプレゼンターが登壇した。歴史と伝統のある演芸場が、新しいアイデアとクリエイティブな発想で満たされた。

浅草・木馬亭

「妄想デザイン 実はこんなこと考えています」

第2回のテーマは「妄想デザイン 実はこんなこと考えています」。
妄想とは、わかりやすく言えば「ありえないことをあれこれと想像すること」。しかし、誰もが考えつかなかった新しい技術は、しばしば誰からも呆れられるような思いつきから生まれてきた。
デザインの分野でも同様である。課題を解決するためのデザイン、課題そのものを提示するデザインなど、その分野や定義はさまざまで、いくつもの手法がある。だが、今までを超えよう・変えようと、妄想することこそがクリエイティブの第一歩ではないだろうか。

当日はそんな「妄想デザイン」の面白さと可能性について、暦本純一氏(ソニーコンピュータサイエンス研究所 副所長・東京大学大学院情報学環 教授)のゲストトークからスタートした。

暦本氏は冒頭、AI革命と産業革命を比較しながら「AIによって変えられる未来について、我々はまだ何も見ていないかもしれない」と投げかける。
産業革命は蒸気機関の発明により人々の生活を大きく変えたが、元々機関車の構想があったわけではない。実用化されたきっかけは意外にも「炭鉱の水を汲み上げるポンプ」だったのだという。
そこから進化・改良を経て蒸気機関車が生まれ、人々の暮らしをドラスティックに変える産業革命が起きた。

一方AIの現状を改めて見てみると「AIの冬」と呼ばれる時代を経て現在は生成AIが話題となっている。しかし暦本氏は「まだ、汲み上げポンプを見て喜んでいるだけのフェイズかもしれない。今から30年か40年後には『あんなことで喜んでいたなんて、かわいかったね』と振り返るのかも」と微笑む。

AI革命の中で、妄想とクリエイティブ、そしてテクノロジーの関係はどのように進化していくのだろうか。
同氏は「妄想したアイデアを言語化すること、一行で語れるまで磨き上げることが重要」と話しつつ、言語化と同じくらい重要なのがビジュアル化であると説明する。そして、生成AIなどの登場により、これまではスキルが必要だったビジュアル化のプロセスを早く、コストをかけずに行えるようになったことが画期的な変化だと示唆する。
たとえば、自身の研究室ではアイデアブレストの段階から「すでに完成したような」イメージを活用しているといい、実際にMidjourney(ミッドジャーニー)で生成したというアイデアスケッチをいくつか紹介した。

暦本氏の研究室で実際に用いられた、生成AIで描かれたアイデアスケッチ

テクノロジーの進化によってビジュアル化のためのハードルが下がり、気軽に頭の中のイメージを出力できるようになった。会話でのやり取りのみで伝えるよりも、思いついた人が頭の中のイメージをビジュアルにして伝えることで議論がより活発化するとも話し、トークを締め括った。

インハウスデザイナー・クリエイターたちが妄想を大爆発

次に、参加企業9社からインハウスデザイナーやクリエイターが登壇し、自身の「妄想」についてピッチを行った。

TOTO株式会社
松尾 彩加さん/田口 萌さん(第一デザインマーケティンググループ)

コロナ禍を経て、4割近い人の健康意識が高まり、今後ますます「運動の継続化=習慣化」が重要になってくるという調査結果を紹介。そこでハードルの高い「運動の習慣化」を確実に定着させるために、運動と日々の習慣であるバスタイムを掛け合わせたらどうなるだろう?と考え、「お風呂に入るだけで運動効果が得られる”スパルタ・バスルーム(スパバス)”」の妄想を語った。
入室するだけで息が切れる急勾配の床、ダンベルのように重いシャワーヘッド、負荷をかけないと流れない水、急な水流に耐えながら入る浴槽などのスパルタな(?)アイデアを挙げ、「日々の入浴習慣で未来の健康を加速させます」と朗らかにピッチを終えた。

KOEL Design Studio by NTT Communications
徐 聖喬さん(イノベーションセンター デザイン部門 KOEL)

日本が超高齢社会になるにつれ、心不全患者が右肩上がりに増加することから「心不全パンデミック」が起き、社会問題化することが危惧されているという。心疾患には適切なリハビリで再発を防ぐことが重要であることから、KOELは心疾患患者の運動習慣獲得支援サービス「みえるリハビリ」のUI/UXデザインを担当。運動強度(METs)を可視化し医師と共有することで、病院に通わずとも自宅で安心して運動に取り組める。
徐(じょ)さんはアプリのユーザーに想いを廻らせ「さらに高齢者ユーザーを動かす仕掛けはないか」と妄想。カラオケチックな得点表示、画面の中のアバターの体型変化、どれだけ寿命が伸びたかがわかる「余命カウンター」などのアイデアを挙げ、振り切ったモックのデザインが会場の笑いを誘った。「さすがにこれはダメだろう」と自分でツッコミつつも、アイデアと一度真剣に向き合ってみることで新たな見方が加わったと語った。

コニカミノルタ株式会社
喜多 美友さん/清水 有紀奈さん(デザインセンター デザイン開発グループ)

二人は自身の所属を「宇宙事業領域担当デザイナー」と紹介し(ここから妄想が始まっている)、宇宙人の襲来に備えた災害用プロダクトの妄想を展開。
スマートフォンの代わりに使える「脳波で操作する帽子型デバイス」、宇宙人襲来時の地下の避難所の各階ごとの設計などを細部まで作り上げた。
一見、あり得ないと感じる「宇宙人に備える」という発想だが、実は「日本は災害の多い国だが、避難先の環境が悪い」という問題提起から「宇宙人がやってくるという妄想の世界から、現実の世界でも発展できるより良いアイデアが生まれないか?」と思索したという。

コクヨ株式会社
鵜川 雅幸さん(スペースソリューション本部)

「妄想は間違っている」という一言から始まった鵜川さんのピッチ。中学生の頃、授業で石川啄木の詩を読み、解釈の違いから議論が活性化したというエピソードを冒頭で紹介。「(妄想した結果、)たとえ解釈が間違っていたとしてもそれでいい。そこからアイデアが生まれ、元のアイデアとの差別化が起きたり、人々が主体的に関わり始めることが重要なのでは」と提案した。
自身が手がけた空間デザインの事例や「Be Unique.」というコクヨ社の企業理念を紹介しながら、自分の感性や解釈を大切にすること、間違った妄想を創造性につなげていくことについて語った。

日立製作所
森 真柊さん(研究開発グループ デザインセンタ UXデザイン部)

森さんはデザインの現場で頻繁に用いられる「抽象化」の価値は認めつつも、 逆に巡るデザインのプロセスを妄想した。効率を求めて抽象化されることでそぎ落とされた部分にこそ、魅力があると語る。
具体的な事例として学生時代の作品を紹介。それは、パソコンに格納された情報が空間上に可視化されるという妄想で、デスクトップの背景や本体の色・形など以上に、利用者の多元的な嗜好が現われていた。
最後に、インハウスデザイナーとなった森さんが手がけた、一部が本棚として開放されている自動販売機のデザインも紹介。自動販売機の細部が利用者による本の貸し借りを通じて形となり、その場固有の「らしさ」を作り上げた例として挙げた。  

NEC
坂井 晃さん(コーポレートデザイン部)

1979年元旦の新聞に、手塚治虫氏が描いた未来予想図が載っている。坂井さんはこの絵を紹介しながら、過去に手がけた「PaPeRo(パペロ)」に言及。
2001年に発表され、様々な実証実験で話題になったこのロボットは、残念ながら一般に市販されることはなかった。
ところが、最近になってある事実を知ったという。それは、小惑星探査機「はやぶさ2」に、PaPeRoの機能の一部が搭載されていたということだった。
さらに、東大の研究プログラムに派遣した若手デザイナーによる、人間とAIの関係の研究に触れ、これはすなわち、心をもった機械に他ならないという。
そして再び手塚氏の絵に戻ると、「この絵の中で唯一実現していないものは鉄腕アトムだ。そして、先の宇宙へ行ったPaPeRoや、心を持った機械を作ろうとしている私たちは、もしかしたら、アトムを生み出そうとしているのかもしれない。それが私の妄想です」と笑顔を見せた。

パナソニック
安久 尚登さん/明石 啓史さん(デザイン本部 トランスフォーメーションデザインセンター)

パナソニックの二人は、安久さんがお題を出し、明石さんが座布団に座って回答する、浅草演芸場ならではの大喜利スタイルで会場を盛り上げた。
テーマは「変態するデザイン」。彼らが所属するトランスフォーメーションデザインセンターが、変化し続ける社会課題に応じ、事業変革をリードする部署であることから、これからのデザインがどう変態(トランスフォーム)すべきかを妄想した。
「作らない」(すでにあるものを活用する)、「人間以外に決めてもらう」(他の生物との協業)、そして「完成しない・変化し続ける関係性」(作って売ったら終わりではない)というこれからのデザインの可能性を逆説的に提案し、会場からは納得の声が漏れていた。

富士フイルム株式会社
舌 慎介さん/勝又 幸徳さん(ソリューションデザイングループ)

社内で部署を超え、研究者・技術者に対してワークショップなどを実施しているという舌(ぜつ)さんと勝又さん。人々の尖った行動に着目し、分析することで未来の「兆し」を見つけ出し、それらの事例やアイデアを社内で共有しているという。
例として、緑色のペンキで顔をグリーンバックにし、推しのアイドルの顔を自らに投影しているという女性を紹介。2019年から続けてきた活動ではこうしたエピソードから派生した妄想アイデアが100個集まっている。その中から2つが紹介されたが、もっと聞いてみたいと思わせる余韻の残るピッチだった。

シチズン時計株式会社
奥村 颯太さん/山根 生也さん(商品企画センター デザイン部)

漫才風トークから始まった奥村さんと山根さんのピッチは「時計店と銭湯の複合施設の提案」というなんとも渋いもの。
時計と心身のメンテナンスを掛け、「時計と一緒に自分もメンテナンスする」というコンセプトを妄想した。アイデア自体はシンプルだが、施設のフロア図や、3Dを用いた利用イメージ、利用者の体験を盛り上げる小物のイメージなどが細部まで作り込まれていたのが印象的だった。ビジュアルで惹きつけ、最後はオチもつけてしっかりと笑いを誘っていた。

ピッチの後は暦本氏から講評が行われ、それぞれの強みや改善点について具体的なフィードバックを提供。その後はアットホームな雰囲気の中、参加者同士のネットワーキングと懇親会が行われた。

懇親会の様子

多様な視点を体感しつつ、デザイン談義を楽しむ

当日の様子を振り返り、この会をAXISと共にオーガナイズしたTD編集長・有泉は以下のように語っている。

「Neuron」は、ピッチ(登壇)と交流会の2本柱で構成されています。若手を中心に、参加者たちはこの日のためにピッチの準備をし、緊張しながらも舞台に立ち、多様な視点を体感し、(デザイン領域は違えど)同世代のインハウスデザイナーたちの視点を知ります。
主催二社は、AXISとTD運営元であるトゥールズインターナショナル(Tooグループ)。どちらも長きにわたりデザイン業界の媒介を務めてきた企業です。招待制イベントならではの安心感も相まってか、各社から集ったインハウスデザイナーたちがビールを片手にリラックスした雰囲気でデザイン談議を重ねているのが印象的でした。
ちなみに今回は演芸場でのピッチということで、壇上におく「めくり」も用意。国立劇場や国立演芸場、各地の寄席などの筆耕に携わる橘 右之吉氏に依頼しました。フォントや印刷ではない、手書きの寄席文字の企業名は大好評で、各社持ち帰ってくれました(笑)。
(TD編集長/トゥールズインターナショナル 有泉)

「集合写真の皆さんが各社とも、とてもいい顔で嬉しい。ノリノリだった。仲間や会社が好きなんだなぁって思った。あと意図せず自然とジェンダーバランスがとれているのもNeuronのいいところだな」(有泉)

次回は8月下旬、東海地方での開催を予定している。今回は演芸場だったので、次は身体を使うなにかを用意するかもしれない。

 

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