東海地方で「Neuron」を初開催
領域や業界の枠を越えて、インハウスデザイナーをはじめ、デザインとその周辺に関わるさまざまなクリエイターが集い、新たな情報やアイデアを共有する“ネットワーキングと創発の場”として生まれた「Neuron」。
第1回の東京・六本木のギャラリー、第2回の東京・浅草の寄席に続き、東海地方初の開催となる第3回の会場は、100年もの歴史を持つ旧那古野小学校の跡地にある『なごのキャンパス』の体育館。古き良き校舎の佇まいを活かしながら、「次の100年を育てる学校」というコンセプトで再生された施設で、まさに“未来”を創っていく若手インハウスデザイナーたちがそれぞれの無理ゲーとの格闘を語った。
人間の矛盾した欲求を知ることが、無理ゲー突破のカギ
体育館での開催ということで、ラジオ体操第1からはじまった「Neuron Nagoya」。テーマは「デザインの力で“無理ゲー”課題を乗り越える」だ。第一回開催時の好評を受け、今回名古屋でも同じテーマで実施する運びとなった。
ゲストスピーカーの安斎勇樹さん(株式会社MIMIGURI 代表取締役 Co-CEO)が登壇し、社内外から突きつけられる無理難題に頭を悩ませるインハウスデザイナーたちに向けて「“無理ゲー”課題の乗りこなし方」を語った。
組織づくりやマネジメントなどに関する研究を通じて、さまざまなビジネスの現場で無理ゲーを目の当たりにしてきた安斎さん。長年の研究の結果、「無理ゲーの突破を阻む正体は、人間誰しもが抱えている矛盾した欲求=『感情パラドックス』だと気づいた」という。
「人間は『Aしたい!…けど、実はBしたい』という矛盾した欲求や感情を同時に持つことができます。デザイナーの皆さんも、『ユーザーの声を第一に考えたいけれども、デザイナーとしては自分自身で新しい“作品”をつくりたい』と思うことがあるかもしれません」(安斎さん)
自覚されやすい“正”の欲求と、隠蔽されやすい“負”の欲求。この矛盾した2つの欲求が、無理ゲーで設定される課題をどんどん歪ませてしまい、本来の課題である「実現すべきデザインやプロダクト」にたどり着けないという状況が生まれる。
2023年に出版された著書『パラドックス思考』で、同氏は「人間は“正”と“負”の矛盾した欲求・感情を持っているということを前提に、課題や悩みを解決する」ことの重要性を説いている。
「“無理ゲー”課題を突破するカギは、まず相手が持つ感情パラドックスを察知した上で、その矛盾した欲求や感情をすべて受け入れて向き合うことです。そして、『どのようにそれらの矛盾を解いていくか』という発想に立つことが大切です」(安斎さん)
インハウスデザイナーは、無理ゲーにどう挑んでいるのか?
続いて、参加企業9社のインハウスデザイナーたちが、自分たちが直面した無理ゲーや、それらを乗り越えるための取り組みなどをピッチ登壇した。
カリモク家具株式会社
伊藤崇真さん(マーケティングセンター デザイン部)
世界的建築家ザハ・ハディド氏が設立したザハ・ハディド・デザインとのコラボレーションを担当した伊藤さん。ビッグネームのデザインで家具をつくることに気持ちを高ぶらせながら、その椅子のデザイン画を見た瞬間に「これは無理ゲーだ」と悟ったという。
木を使ったモノづくりを基本とする自社に対して、デザイン案は“メタル”が前提。さらに、形状も従来の家具の常識を逸脱した斬新なもので、強度面に不安もある。当時はコロナ禍だったため、日本・イギリス間のコミュニケーションの課題や現物検証の問題、すでに決定していた展示会日程や納期までの短い時間など、課題も山積していた。そこで“逆転の発想”ですべての課題を一つ一つ解決していったプロセスを紹介。
苦労の甲斐あって、同製品シリーズは世界各国の展示会に出展されるなど、高い評価を獲得。実際の製品も会場に登場し、参加者はユニークな椅子の仕上がりや座り心地を体感した。
株式会社サンゲツ
蜂谷賢さん/尾崎拓磨さん(スペースプランニング部門 壁装ユニット 商品開発課)
私たちの生活空間に、当たり前のように存在する“壁紙”。そのデザインに関する無理ゲーの基礎編と応用編を紹介。基礎編では壁紙同士を並べて貼る際に必ずできるつなぎめ(「ジョイント」)や、貼り付ける下地の凸凹が目立たないようにするデザインのむずかしさと解決方法について語った。
応用編では「目立たない壁紙を主役にしたい」という想いで取り組んだプロジェクト。「壁紙を軸にして、空間にコミュニケーションを生み出せる、奥行きがあるデザイン」をコンセプトにした国立科学博物館とのコラボレーションは、無理ゲーの連続だったという。
デザインのモチーフになる素材探しから、大量な動物の剥製の撮影とトリミング、学術的な誤りをなくすための“専門家からのミリ単位のサイズ指定”の調整などなど――。それらをクリアして出来上がった動物やクジラ、恐竜など7種類の壁紙がスクリーンに投影されると、会場に感嘆の声と拍手が沸き起こった。
ノリタケ株式会社
伊藤純平さん(食器事業部 開発・技術部デザイングループ)
伊藤さんのテーマは、絶賛挑戦中の「インド市場からの“無理ゲー”課題」。同社の重点市場である人口世界一のインド向け新製品の開発にまつわる悩みの種を列挙した。
大きな障壁なのが、「人口が多いゆえに、多様すぎる言語・宗教・文化が存在する」というお国事情。さらに、同社の主力製品でもあるボーンチャイナに使用される“牛の骨灰”が、「牛は神聖な動物」とする宗教が多いインドで受け入れられにくいといった課題もあったという。
現地代理店からのオーダーで“牛をモチーフにした白磁製の食器”をデザインしたが、「やっぱり、聖なる牛の絵柄に食べ物を載せるのはよくない」とまさかの代理店ボツをくらったエピソードも披露した。
これらの経験を通じて、伊藤さんは「無理ゲー攻略に必要なのは、『諦めない』ことに尽きる」と結論。「多くの課題があっても、チャンスがある限り、諦めず、全力でやりきることが大切だと思っています」と語り、ピッチを終えた。
トヨタ自動車株式会社
中嶋孝之さん/須田陽祐さん/山田陽介さん/多賀柊子さん/八木葵衣さん(ビジョンデザイン部)
「東海地方のデザイナーたちは面白いぞと知らせるために、皆さん盛り上がっていきましょう!」と登場した5人が挑んだのは、「カーメーカーのデザイナーなのに、ゲームをつくる」という無理ゲー。
「メタバース空間でのVRカーゲームを、東京ゲームショウで発表する」「トヨタ主導でつくって、日本中のカーメーカーの車も登場させる」ということ以外はほぼ白紙の状態から取り組んだプロジェクトには、3つの無理ゲーポイントがあったそうだ。
1つ目が、制作期間約5ヶ月という”時間無さ杉”問題。2つ目は、トップレベルのゲームが集まる日本最大のゲームショーに見合う“クオリティどーすんの”問題。そして、3つ目が“ライバル企業との協業”問題。この三重苦を乗り越えて、一般的なカーレースゲームではないカーカスタムゲーム『爆創クラブ』が完成するまでの挑戦を紹介した。
結論としては「とにかく全部やる」。ゲームデザイン経験がない中でも自社でデザインを完結させて実装のみの状態でゲーム開発側に渡す、という力技で乗り越えたとのこと。全員で「パワー!」と叫ぶ一発ギャグも織り交ぜながら、賑やかなままにステージを降りた。
株式会社豊田自動織機
後藤涼太さん/岡田遥さん/増田理稀さん(製品企画部デザイン室)
普段はSUV(スポーツ・ユーティリティー・ビークル)などの車両デザインを行っている、入社2年目・3年目・4年目の若手トリオが登壇。「今日は、自分たちの会社を容赦なくディスる」と宣言した。
3人が「なかなか変えられない」とフラストレーションを抱えているのは、昭和臭が漂う自社の雰囲気や職場環境だという。
「私たちは、キラキラしたい!」。「自分たちが会社を変えていく!」。そんな想いで取り組んでいる「KIRA KIRA VISION」と自ら題した無理ゲー。
いかにも昭和然としたオジサンのイラストを自社に見立てて、「会社の“顔”を明るくさせるためのロゴを刷新」「“身だしなみ”であるオフィスをキラキラさせる」「“ハート”にクリエイティブの風を吹き込む」という“脱昭和感”計画を発表。その実現のための時系列の長期計画も公開し、始まったばかりの挑戦への意気込みと共にピッチを終えた。
株式会社アイシン
増田拓海さん(デザイン部デザイン戦略企画グループ)
“目に見えず、ほとんど体感できないものを、新規参入分野でユーザーに訴求するブランディングとデザイン”。それが、増田さんに課せられた無理ゲーだ。
同社が独自開発した微細水粒子技術の『AIR(アイル)』は、ナノサイズの水粒子を生成・放出して、髪や肌に効果をもたらす新技術。しかし、水粒子は1.4ナノメーターの極小で、無色透明&無臭。効果も即時には得られず、「科学的なエビデンスはあるが、体感しにくい」というわかりづらさも。
しかも、自動車部品を中心とするサプライヤーの同社には、美容や理容分野の知見がない。さらに社内外から、ああだこうだと“ありがたい”アドバイスが殺到。これらの無理難題を乗り越えながら、約6年間かけて、2つの新規事業ブランディングと各製品のデザインを実現させた。
AIR事業は今後さらにさまざまな新規分野への拡大計画があるといい、「あと何年続くかわからないし、逃げられない」と語る増田さんの無理ゲー挑戦はまだまだ続く――。
株式会社デンソー
宮井智尋さん(デザイン部第一デザイン室)
「幸福の研究に興味ない?」 。約3年前、上司からの一言から、宮井さんの「デザイン組織として『幸福』を研究する」という無理ゲー挑戦は始まった。
「幸福をデザインできるのか?」「怪しい研究?」など、さまざまな思いを抱えながら、国内外での研究のリサーチやウェルビーイングの研究者へのヒアリングを行い、「挑戦・自己実現をテーマにすれば実現できそう」と手応えを感じたという。
そして、“トマト栽培への挑戦・没頭”をテーマに、趣味を通して生きがいを発見する実験を計画。しかし、幸福研究者からは「幸福度が変化するまで半年はかかる」との見解が……。
早期実現のために『心理変化のメカニズムを解明するトマト栽培アプリ』を開発し、実験を繰り返しながら課題の抽出や改善、幸福の変化の定量化など行い、幸福の測定に成功した。
その結果、事業部から“幸福×サービス”をつくりたいという相談を受けた宮井さん。今後は「量産する中で幸福を取り扱う」という次なる無理ゲーへの決意を表明した。
富士フイルム株式会社
中村佐雅仁さん/鈴木陽香さん/河西未来さん(デザインセンター)
第1回から3回連続の参加となる同社は、唯一の関東からの参戦チーム。昨年、東京・南青山にオープンした新拠点『CLAYスタジオ南青山』開設に向けての試行錯誤を紹介した。
同社経営トップの「君らでデザインしたらどうか︖」という⾔葉。そこに「いいの︖
我々は普段、製品・サービスのデザイナーだが、プロのデザイナーだしやっちゃおう︕」というノリで乗っかる形でこのプロジェクトははじまった。
プロジェクト推進におけるコンセプトは、『80名(当時)のデザイナー全員でデザインする』だ。
今回登壇した3人は、それぞれが畑違いの「建築」「サイン計画・マンホールづくり」「オープン記念品の雑誌とお土産の和三盆づくり」を担当。そのように全員が専門外の分野に挑戦したことで、業界的には非常識だと思われるようなアイデアが多発した。
全力を尽くして完成させた建造物は、建築の識者から「これは建築ではない。大きなプロダクトデザインだ」「素人が考える非合理なデザインも面白さにつながる」と評価された。また、通常はサインの専門家に依頼するところ、112種類・254個のサインを作りきり、社内コンテストを経て世界で一つのマンホールも製作。AXIS増刊号として発行された特集誌も無事完成し、細部まで作り込んだ和三盆はデザイン賞を受賞するに至ったという。
最後に、3人が学んだこととして「自ら、無理ゲーを生み出し、スパイラルさせることで、デザインはより高みにいける」「無理ゲーとはエネルギーである」と語り、熱いピッチを終えた。
株式会社東海理化
山本優弥さん/五十嵐大智さん(デザイン部)
トリを務めたのは、「社内でのデザイン部に対する認知度が低く、自分たちの企画がなかなか通らない」と悩む2人。「社内の困りごとをデザインの力で解決して、デザインについてもっと知ってもらいたい」と取り組んだのが、自社の野球場リニューアルのCG作成だ。
「建築図面ではわからないから完成形の絵を描いてほしい」という社長の一言で、「“いい感じ”の絵を、3DCGで描く」という無理ゲーが発動。立ちはだかる壁は、「CGの知識がほとんどない」「テクスチャーを実際の土と同じにするなど、なるべく本物に近づける」「締め切りが3日後」という3点だった。
ドローンや360度カメラを駆使して、車体をレンダリングするソフトでCGを制作。何とか納期に間に合わせて社長にプレゼンし、高評価を得て無理ゲーを無事クリアした。
その直後、社長から“新築する工場のCG制作”の新たな依頼が。「今後もしばらく“CG制作屋”としても活動が続きそうだ」という発言で会場の笑いを誘い、穏やかにピッチを終了した。
そして、安斎さんが「皆さんのお話、めちゃくちゃ面白かった」と、今回の総評を行った。
「俯瞰して、Neuronには可能性があるなと感じました。回を重ねるごとに“おふざけ”度合いが強まっていると聞きましたが、実際に1回目に参加したときよりも“コメディ”としてのネタ性が高まっているなと思います。
皆さん、無理ゲーに取り組んでいる最中は、ものすごく大変なはずです。でも、その苦労を『Neuronのネタになるな』と考えて、想いを発散・共有できる場になると、さらに面白いコミュニティになるんじゃないかと思いました」(安斎さん)
その後、来場者全員の懇親会に突入し、真夏の夜の「Neuron Nagoya」は幕を閉じた。
初の出張開催。Neuronの地域開催の可能性が見えた
今回も、NeuronをAXISと共にオーガナイズしたTD編集長・有泉。以下のように振り返った。
「今回、台風10号の接近により直前まで開催すべきか悩みました。しかし当日は幸運にも雨に見舞われることなく、多くの方々にご参加いただけたことは非常に嬉しく思います。イベントNeuronは、移動式サーカスのように各地域を巡り、地域のインハウスデザイナーがやわらかくつながることを目指していました。実際には、ふだんあまり接点のない他地域のインハウスデザイナーとも交流したいという声が多く寄せられ、今後の開催地や方法について再考する良い機会となりました。また、富士フイルムの『CLAYスタジオ』のピッチを見て、企業がホストとなり、そのデザイン部のフィロソフィを深く知る機会を提供しつつ、その場でNeuronを開催する形も面白いと感じました。
最後に、今回のイベント開催に多大なご協力をいただいた株式会社Too名古屋オフィスの皆様、本当にありがとう!(TD編集長/トゥールズインターナショナル 有泉)」
ちなみに編集長は「次回は年末に、忘年会っぽく”アゲ”ていきたい!」と語っている。今後のNeuronにも乞うご期待!