街をさっそうと駆け抜ける電動キックスクーターの姿を見かける機会が増えてきた。歩くにはちょっと遠い、でも電車やバスといった公共交通を使うほどでもない、そんな近距離の移動手段として、確実なニーズを感じさせる。
一方、ただでさえ混雑している都市の道路に、新たな乗りものを増やすのは混乱の元だという声もある。免許もヘルメットもなしに乗れてしまうのは危険すぎるという主張も目にする。そこで本記事では、そんな電動キックスクーターを巡る現状と今後について考察してみたい。
道交法改正で「特定小型原付」を新設
新しい道路交通法の大きな変更点の一つは、電動キックスクーターを想定した「特定小型原動機付自転車」という車両区分(※)を新たに設けること。
これまでエンジンやモーターなど動力を用いて走行する乗りものは基本的に「原動機付自転車」に分類されてきた。例外となるのが電動アシスト自転車で、アシストは踏力の2倍まで、アシストできる上限は時速24キロメートルなどと細かいルールを設けることで「自転車扱い」が認められている。またLuupをはじめとするシェアリング事業者が提供する電動キックスクーターは、特例として最高時速15キロメートルの「小型特殊自動車」と位置づけることで、ヘルメットなしで乗ることが可能だ。
現行法では電動キックスクーターは「原付」に分類されているものの、従来の原付スクーターとは大きさや動力性能に大きな差があり、危険度も異なる。一般的な原付スクーターは100キログラム近い車重があり、いざとなれば時速40-50キロメートル出せるものが多い。一方、電動キックスクーターの多くは車重20-30キログラム前後でサイズもコンパクト。現状では最高でも時速20-30キロメートル程度しか出ない。そんな2つの乗りものを同じカテゴリーとして扱うのは無理がある、というのが特定小型原付を新設する背景だ。改正道路交通法では特定小型原付のサイズ制限は長さ190cm×幅60cm以下となる見込みで、自転車とほぼ同サイズ。速度域から考えても最も近い電動アシスト自転車と比べるのが妥当だろう。
販売中の電動キックスクーターが「ヘルメット不要」になる可能性は低い
「特定小型原付」は、具体的にはどのような要件になるのだろうか。まず、最高速度は原付よりも10キロ低い時速20キロメートルとなる見込みだ。年齢制限は16歳以上で、免許は不要。ヘルメットは努力義務にとどまる。走行できるのは車道あるいは自転車道のみ。歩道走行は原則不可だが、最高時速を6キロメートル以下に制御した状態なら走行可能となる。
現在販売されている電動キックスクーターが特定小型原付に該当するかというと、これは不透明。まだ特定小型原付の保安基準が確定していないためだ。ただし国土交通省から保安基準案の骨子が示されている。
まず最高速が20キロメートル以上のものは、すべて現状通り原動機付自転車扱いとなる。最高時速が20キロメートル以下に制御される車両でも、ブレーキの制動距離や段差乗り越え時の安定性などの試験が必要だ。さらに保安基準適合車両であることを示す識別灯をはじめとした装備も必要となる。
つまり、現在販売されている電動キックスクーターを特定小型原付扱いにするためには、こういった保安基準をクリアするよう改造した上で地方運輸局に持ち込み、形式認定を受けるという作業が必要になる可能性が高い。免許不要の特定小型原付として電動キックスクーターに乗りたい人は、保安基準が決まり対応製品が登場するまで購入を待った方がよいだろう。Luupの岡井大輝CEOは「現行の製品を後から特定小型原付に対応させられる可能性は限りなく低い」と見ている。
ヘルメットが「努力義務」にとどまったのは、シェアリングサービスを意識してのことだろう。いくらニーズがあっても、誰が使ったか分からないヘルメットを着用しなくてはならないとなったら誰も乗らないだろう。実際、2019年に千葉でベルリン発のWind Mobilityのシェアリングサービスを試したとき、野ざらしのハンドルに掛かっていたヘルメットをかぶるのには少し勇気が必要だった。
免許が不要なのは、観光需要を見据えてのことだろう。近距離を気軽に移動できる電動キックスクーターは、観光にもぴったりだ。筆者も出張でベルリンを訪れたときには、食事にショッピングにと毎日のように利用していた。不慣れなバスや地下鉄を利用するよりも気楽で、街の雰囲気を感じながら移動できてとても便利だった。
電動キックスクーターは本当に危険なのか
16歳以上なら免許不要、ヘルメットなしでも乗れる電動キックスクーターは危険だという意見があるが、本当だろうか。ここでは衝突時の衝撃・走行場所・走行時の安定性・クルマやバイクとの混走の危険性の4つの観点から考えてみたい。
まず衝突時の衝撃について。保安基準に重さ制限はないようだが、現状の電動キックスクーターは20キログラムを切るものも少なくない。一方、一般的なママチャリタイプの電動アシスト自転車は20キログラム台後半だ。速度は、電動キックスクーターが時速20キロメートル以下に制御されるのに対し、電動アシスト自転車は時速24キロメートルまでアシストが効く。そう考えると、万が一歩行者などに衝突したときの衝撃は、電動アシスト自転車以上にはならないはずだ。
次に走行場所についてはどうだろうか。電動キックスクーターが走行可能な場所は、基本的には自転車に準じている。原則車道の左端か自転車レーンだ。また時速6キロメートル以下に制御されている場合に限り、歩道走行も可能となる。時速6キロメートルは、大人が早歩きする程度。現状で歩道走行が可能な電動車いすやシニアカーと同じだから、これも妥当なところだ。現在、センチメートル単位で自車位置を認識して歩道を検知する技術も、すでに実用化されている。こういった技術を使えば、電動キックスクーターが歩道を暴走するといった事態は防げるだろう。
3番目に、走行安定性について。電動キックスクーターはタイヤが小さく不安定だという声も聞く。これは、電動キックスクーターを複数所有し、さまざまな速度域のモデルに試乗してきた筆者からすると同意できる部分と、そうでない部分がある。確かに一部の電動キックスクーターはタイヤが小さく、道路のくぼみや段差にタイヤを取られやすい。よそ見して段差に突っ込み、ヒヤリとしたこともある。だからこそ国土交通省の保安基準骨子案にも走行安定性に関する試験が組み込まれている。
一方で、最高時速20キロメートルという速度においては、多少の段差に突っ込んでも転倒するような致命的な衝撃までは受けにくいと感じている。また電動キックスクーターは立ち乗りだから危険を感じたときに足を着きやすく、自転車のように横倒しで倒れるようなことにはなりにくい。ひとたびコツをつかめば、特段電動キックスクーターが危険ということはないといちユーザーとしては感じている。
クルマやバイクなど速度域の違う乗りものと混走するのが危険だという意見もある。これは同意だ。筆者は日常的にクルマやバイクに乗るが、個人的に公道を走っていて一番怖いのは自転車だ。赤信号でも止まらない自転車は決して少なくなく、道路を逆走してくる自転車にも毎日のように遭遇する。特に道路の左端を走らなくてはいけないバイクにとって、正面から迫ってくる自転車は恐怖そのものだ。さらにここに電動キックスクーターが加わらないよう、免許は不要だとしても交通ルールの教育は必要だろう。今後普及が進んでいけば、小学校で自転車の乗り方を指導するように、16歳になる前に学校で電動キックスクーターの乗り方を指導すべきだろう。
短距離移動を支える新しいインフラへ
世界は脱炭素に向けて大きくかじを切っている。多くの都市で、クルマを排してより効率的な移動手段に置き換えていく「コンパクトシティ」を目指す動きが進む。
2024年にオリンピック・パラリンピックが開催されるフランスのパリは、徒歩や自転車で15分の範囲内で生活に必要なものがそろう「15分都市」構想を進めている。自動車用の道路や駐車場を転用して自転車道を整備したことで自転車の利用が大幅に増えた。
渋滞に悩むスペインのバルセロナも「スーパーブロック」と呼ばれるエリアを設定し、その中へのクルマの乗り入れを制限する施策を打ち出した。歩行者優先の街へと生まれ変わろうというわけだ。ノルウェーのオスロも市内へのクルマの乗り入れを制限し、厳しい速度制限を課すとともに中心部の駐車場をすべて撤廃した。こうした動きはコロナ禍の影響もあり、ヨーロッパやアメリカの都市で急速に広がっている。
そのようなトレンドの中、クルマに代わる都市の新たな移動手段のひとつとして、電動キックスクーターのような小型電動車両は重要な役割を果たすことだろう。もちろん電動キックスクーターだけではなく、自転車型や、より安定性が高い3輪、4輪タイプも登場するはずだ。
Luupの岡井氏は「長距離移動は電車、中距離はクルマ、短距離はマイクロモビリティと、距離によって使い分けるようになる」と見ている。そして人口密度が高く公共交通機関が発達する日本は「欧州以上にコンパクトシティに向いている」という。だからこそ、利用者が安全に乗れるルール整備を急いできた。
まだまだクルマが重要な役割を果たしている日本では、電動キックスクーターが安心して走れる環境が整備されているとは言い難い。単に道路交通法を改正するだけでなく、将来のイメージをしっかり描き、インフラの整備も同時に進めていかなくてはならない。だが、その第一歩として道路交通法を実情に沿った形に変えたことは高く評価したい。