江戸時代から現代まで続く、私たちの「推す」という営み「推し活!展」レポート

May 26,2023report

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May26,2023

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江戸時代から現代まで続く、私たちの「推す」という営み 「推し活!展」レポート

文:
TD編集部 青柳美帆子

2023年8月6日(日)まで、早稲田大学演劇博物館(東京・新宿区)で「推し活!展―エンパクコレクションからみる推し文化」が開催されている。近年大きな注目が寄せられている「推し」「推し活」という視点を通し、過去から現代にかけての演劇資料を吟味するという企画だ。本展のレポートとともに、企画に携わった赤井紀美氏と佐久間慧氏へのインタビューをお届けする。

「推す側」から見る演劇史

「推し」という言葉が急速に広まっている。もともとはアイドルファンの間で使われていた言葉で、応援している対象、好きな対象のことを指す。「TD推し」と言った場合、「私はTDが好きだ、応援している」という意味合いになる。「推し」の対象は、今や人間だけにとどまらず、ありとあらゆるものになっている。
芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ』(宇佐美りん著,河出書房新社,2020)や、放送中のアニメ『【推しの子】』、映画化した『推しが武道館いってくれたら死ぬ』など創作の世界はもちろん、テレビ番組などマスメディアでも注釈なしで使われるようになってきた。
筆者自身オタクを自認していて、周囲にも誰かを推している人ばかりいる。「推し」という言葉の盛り上がりには興味を持っていた。そして学生時代、江戸時代の文学の研究をしており、研究の上で歌舞伎資料と向き合ったこともある。SNSで「推し活!展」の話題を見かけたとき、展示に「おいで」と声をかけられた気がした。

「推し文化」について考えることは、観客の歴史を問うことでもあります。それぞれの時代やジャンルにおいてどのような観客が存在し、どのように応援をしたのか。そして今、人々はどのような形で「推し」に向き合っているのか。演者や制作者側を中心とした従来の演劇・映像史においては埋もれてしまう、個々の観客たちの営みやその〈声〉をあぶりだすことが本展の目的です。

本展を企画した赤井紀美氏(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館 助教)は、企画の趣旨をこのようにつづる。本展は、「推される側」の歴史ではなく、「推す側」の歴史を感じるための展示だ。

早稲田大学演劇博物館(以下演博)は、小説家・評論家・劇作家の坪内逍遙の発案で1928年に創立された。坪内逍遙が掲げた理想は「演劇にかかわるモノなら、なんでもある」。古今東西の演劇に関する資料を収蔵し、その点数は100万点を超える。中でも多いのは、大衆的な演劇文化が花開いた江戸時代の資料だ。
そんな資料をもとに演者や制作者にまつわる展示を定期的に行っているが、観客側・受容側にスポットを当てた展示はこれまでなかった。なかなか日の目を浴びなかったコレクションを、「推し」という視点から見返してみると、意外にも数百点ほどに上るとわかったのだという。

「そもそも演博の資料の基盤となっているのは、坪内逍遙のコレクションです。中心となっているのは浮世絵、中でも歌舞伎の役者を描いた役者絵が多い。ある意味当館自体、逍遙の『推し活』の結果生まれたといっていいかもしれません。また、個人のコレクターからの寄贈や、推される側――つまり、役者、スター、制作者からの寄贈もあります。特にファンからのプレゼントや手紙は、貴重な資料ではあるのですが、これまでなかなか企画趣旨が合わず、展示することができませんでした。そうした”眠り続けていた”資料を展示できたことにも意義を感じています」(赤井氏)

本展のメインビジュアルは、江戸時代の歌舞伎の芝居小屋の様子を描いた浮世絵とショッキングピンクを掛け合わせ、「推し活」というワードを大きくあしらったポップなデザイン。「推」「活」の漢字の空白部分にハートをデザインし、浮世絵内の観劇する人々にもうちわやサイリウムを持たせている。

本展の展示・会場デザインをプロデュースする佐久間慧氏(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館 学芸員)は、本展のデザインについてこう語る。

「演博にしては思い切ったデザインです。グラフィックデザイナーは株式会社オーバルの平野達也さん。お願いしたのは、なるべく明るいイメージで、若い人にも来てもらえるような展示にしたいということ。これまでも演博の展示に携わってもらったことがあるのですが、我々にこういったテーマの展示の経験がほとんどなく、ビジュアルイメージが浮かばないところ、キャッチーなデザインの提案をしていただきました」(佐久間氏)

江戸の「推し活」

展示は4つのセクションに分けられている。「集める」「共有する」「捧げる」「支える」。コンパクトだが充実した印象だ。

「集める」エリアで目を引くのは、うちわだ。

江戸時代には、江戸の舞台をそのまま錦絵にして、自分でうちわを作る「団扇絵(うちわえ)」という様式が存在していた。さらに、昭和から平成の演劇――長谷川一夫(戦前〜戦後の時代劇スター)、原節子(戦前から戦後にかけての日本映画を代表する女優)、演劇集団キャラメルボックス(1985年に成井豊や加藤昌史らによって結成された劇団)――のうちわを紹介する。
現代では言うまでもなく、さまざまなアイドルや演者のうちわが公式に制作されているし、ファンが自作するカルチャーもある。うちわカルチャーの歴史が連綿と続いていると感じる。

さらにその横には江戸時代の「許多脚色帖(あまたしぐみちょう)」が並ぶ。芝居好きの吉野五運(よしの・ごうん)という人物が、浮世絵などの歌舞伎役者の資料を集めて作らせたいわゆるスクラップブックで、全42冊にわたる大ボリュームだ。ここより前のエリアで個人所蔵のブロマイドの展示があるため「なるほど、浮世絵は今でいえばブロマイドみたいなもので、吉野五運は熱心なファンだったんだな」と現代と紐づけて鑑賞できる。

このように本展は、江戸時代の歌舞伎を中心とした資料、昭和〜平成の演劇関連資料、そして令和を生きる私たちの知識と感覚が、「誰かを推す」という共通項によって自然とつながりあうように意図されている。

応援する側の歴史にスポットを当てる

「共有する」はファン同士のネットワークに、「捧げる」はファンから演者・制作者へのプレゼントにそれぞれ着目したエリアだ。手紙やハガキなどのファンレターはもちろん、手作りの姿絵や人形などインパクト大のものも。

「支える」エリアは、近代初期のイギリスで活躍した劇作家・詩人のシェイクスピアと支援者(パトロン)に関する資料を皮切りに、演者たちを主に経済的・精神的に支援していた人々や、支援の結果制作できた衣装などが展示されている。演者・制作者とパトロンの間には複雑な関係性があり、現代の倫理観からするとセンシティブな面もあるが、これもまた応援する側のカルチャーの重要なポイントのひとつだ。

このようなテーマ設定を見て、「パトロンによる後援とファンによる『推し活』は違うものではないか」と疑問を抱く人もいるかもしれない。しかし本展は、そこをあえて区切らないようにしている。

「たとえば、江戸歌舞伎のファン集団を表す『贔屓連(ひいきれん)』は、支援者としてのパトロン的存在と、一般的なファンの間に位置するような存在といえます。ある程度富裕層で、役者から認知もされていた。とはいえ、その贔屓連と一般庶民がはっきり分かれていたかというと、グラデーションの部分があります。『推し』という言葉も、『ファン』『オタク』『贔屓』と何が違うのか、時代や対象、そしてそれぞれの人によって捉え方が変わってくると思います。本展では、そういった言葉を細分化するのではなく、『好きな人や物を応援すること』を大きな枠組みで捉え、観客たちの歴史と営みを幅広く見渡すことを目指しました」(赤井氏)

現代の「推す」人々

最後のコーナーは現代の「推し活」を扱う。展示されているのは、「推し」を刻んだ消しゴムハンコアート、早稲田大学のサークルが定期刊行している宝塚ファンブック、そして参加型の企画だ。
参加型企画の中心は、事前に集めた「あなたの『推し』は誰ですか?」「『推し活』を通してあなたの人生や生活にどんな変化がありましたか?」といった質問への解答をまとめたスタンドパネル。また、来場者がポストイットに「『推し』へのメッセージ」「あなたにとって『推し活』とは」「『推し活!展』の感想」を書き込んで貼り付けるコーナーもある。
宝塚スターや男性アイドルや人気キャラクターなど、知っている固有名詞が目を引く。推す側にスポットを当てた本展にとって、来館者の参加で終わる構成は必然だろう。江戸時代の「推し活」がこのような企画展になったように、現代の私たちの「推し活」もまた、100年後に歴史の一部になるのかもしれない。

意外な”誤算”もあったと、赤井氏と佐久間氏は語る。
「あまりしてこなかった試みなのですが、フォトスポットを設置してみました。メインビジュアルを使ったものと、坪内逍遙を使ったものです。逍遙のパネルの前で写真を撮る来館者が少ないのは予想していたとおりだったのですが(笑)、多くの人が自分ではなく、『推し』のアクリルスタンドなどを持って撮影していたのは予想外でした。でも確かに、こういった展示のフォトスポットで撮りたいのは『推し』のほうですよね」

展示がスタートしてからおよそ1ヵ月、これまでの展示にはない反響を感じていると赤井氏は話す。早稲田大学演劇博物館は早稲田大学のキャンパス内にあるが、意外にも学生はじめ若い層の来館は少なく、ほとんどが外部からの来館者で、年齢層も高めなのが常。しかし、本展はこれまでなかなかリーチできなかった層が来館し、来館者数も多いという。筆者が本展を取材したのは平日昼間、あいにくの雨だったが、20代くらいから70代くらいまで、幅広い層の来館者が展示を楽しんでいる様子を見ることができた。

「『推し活』を実際にされている方がいらっしゃることが多いので、昔からそういった文化があり、過去の人々と自分たちの思いが一緒なんだと感じてくださっているようです。最初にお話したように、ある意味逍遙の『推し活』の結果である演博がこうした展示をするという文脈を感じ取っていただけるとうれしいです」(赤井氏)


「推し活!展―エンパクコレクションからみる推し文化」
会期:2023年4月24日(月)-8月6日(日)
会場:早稲田大学演劇博物館(東京都新宿区西早稲田1-6-1)
電話番号:03-5286-1829
開館時間:10:00~17:00(火・金曜日は19:00まで)/土・日 開室
休館日:6月7日、6月21日、7月5日、7月17日、7月19日
料金:入場無料

主催:早稲田大学演劇博物館・演劇映像学連携研究拠点
協力:立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター
企画・構成:赤井紀美、石渕理恵子(早稲田大学演劇博物館)
展示・会場デザイン:佐久間慧、岡真理香(早稲田大学演劇博物館)

 

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