記者会見で見かけた、“ただ者ではない”電動キックスクーター
海外には、時速50km以上も出る電動キックスクーターがあるらしい。そんなウワサは耳にしていた。海外のユーチューバーが、大柄な電動キックスクーターに乗って爆走する動画も見かけた。だが、それを日本で販売しようとしている会社があるとは思わなかった。
そんな、とんでもない電動キックスクーターに出会ったのは2020年11月、日本電動モビリティ推進協会(JEMPA)の設立記者会見でのことだった。JEMPAは日本でパーソナルモビリティを手がける企業6社が設立した団体で、次世代に向けて電動マイクロモビリティのあり方を提言し、その可能性を最大化することを目指している。代表を務めるのは以前TDでもインタビューしたglafit代表取締役の鳴海貞造氏だ。
記者会見の会場には各社が手がける電動モビリティが持ち込まれ、試乗できるようになっていた。その中でも、ひときわ目を引く電動キックスクーターがあった。筆者はこれまで国内外で多くの電動キックスクーターに乗り、サブスクでオーナーになったこともある。だが記者会見場で見た電動キックスクーターは、明らかに見慣れた機種とは雰囲気が違った。
まずサイズが大きい。一般的な電動キックスクーターよりもひと回り大きく、足を乗せるステップボードの位置も高い。そして見るからに頑丈そうだった。前後のタイヤは太く大きく、ゴツいサスペンションで支えられている。見るからに“ただ者ではない感”が漂っていた。近くにいた男性に話を聞いてみると、これはシンガポールのFalconが手がけるZERO10Xというモデルで、日本ではSWALLOWが販売予定だという。この男性は公道走行可能な電動キックスクーターを販売しているSWALLOW合同会社の代表社員、金洋国氏だった。
ZERO10Xのスペックを聞いて、またまたびっくり。10インチの前後タイヤそれぞれにモーターを内蔵するデュアルモーターを採用。その出力は各500Wで、合計1000Wにも達する。一般的な電動キックボードは250W程度のものが多く、試乗時に「パワフル」と感じたglafitのLOMが350Wだから、ZERO10Xの出力がいかに高いか分かるだろう。しかも重量は35kgと、100kg前後はある原付バイクよりはるかに軽いから、かなり刺激的な走りが楽しめるだろう。最高速度は時速50kmだ。
普通自動車免許で乗れる原付一種の上限は600Wと決められているので、ZERO10Xはその枠に収まらず、125cc以下のバイクと同じ原付二種の扱いになる。このため乗るにはAT小型限定普通二輪免許以上が必要となる。ちなみにこの免許は、自動車の免許があれば最短2日で取得できる。
そんなZERO10Xにぜひ試乗してみたいと思ったが、さすがに室内の試乗会場では狭すぎる。そこで後日SWALLOWを訪ねることにした。
公道で2機種の電動キックスクーターに試乗
改めて取材したのは、2021年2月。SWALLOWがオフィスを構える川崎市の公道で試乗した。当日用意してもらったのは、ZERO10Xと、600Wの出力を持つSWALLOWの主力機種、ZERO9の2機種だ。ZERO9は2019年11月から販売しているモデルで、取材時点で約600台売れているという。実は以前レポートした電動キックボードのシェアリングサービス「movicle」でも使用されている機種で、一般道を走るのに十分なパワーと安定感があり、好印象だったのを覚えている。一方ZERO10Xは、試乗時点では発売前で、2021年3月19日に販売が始まった。
この日は試乗のために、バイク用のジェットヘルメットとプロテクター付きのグローブを用意してきた。それでも、たくさんのクルマが行き交う一般道で、いきなりモンスター級のZERO10Xに乗るのは少し怖さがある。そこで、まずはZERO9に乗ってクルマ通りの少ない場所まで移動することにした。
久々に乗ったZERO9だが、やはりパワフルで安定しているという印象に変わりは無い。軽々と原付一種の最高時速である時速30kmまで加速できるので、片側1車線のバス通りのような道なら、まずまず流れに乗って走ることができる。軽い登り坂でも力強く進んでくれるため、頼もしさすら感じた。前述の通り、ZERO9は原付一種の上限である600Wのモーターを搭載しており、電動キックスクーターの中ではかなりパワフルな方だ。原付として車道を走らざるを得ない現状では、このくらいの余裕は必要かもしれないと感じた。
ZERO10Xは圧巻の安定感だが、乗りこなすには練習が必要
交通量の少ない広い道で、いよいよメインディッシュのZERO10Xに乗り換える。ハンドルを握り、ステップボードに足をかけると、まずボードの高さが高いことに気づく。各部の作りも重厚感があり、小型のバイクから大型バイクに乗り換えたような感覚、あるいは軽自動車から中型車に乗り換えたような感覚だ。
恐る恐るハンドル部分のアクセルレバーを握って走り出す。軽く地面を蹴り、ステップボードに足を乗せると、前後サスペンションがやわらかく体重を受け止めてくれる。速度が上がれば、それだけ地面の凹凸からの衝撃も強くなるが、ZERO10Xのサスペンションはそれをしっかりと受け止めてくれ、安心感は高い。一般道を走る上で、この余裕は大きい。法律面でも時速30km制限から解放されるため、より流れに乗って走れるようになるのは大きなメリットだ。
一方で、デメリットと感じる部分もあった。それは、安定性が高いがゆえの曲がりにくさ。電動キックスクーターは、狭い場所でも小回りがきき、きびきびと走れるのが魅力のひとつ。だがZERO10Xは、曲がるのに多少のコツがいる。大げさに言うと、大型バイクのように、ブレーキリリースをきっかけに車体を倒して曲がるイメージだ。そこまでシビアではないし、誰でも慣れれば乗れると思うが、自転車のように自由自在に乗り回すにはある程度スキルが必要となりそうだ。
実は今回の試乗では、時速40km程度までしか出すことができなかった。試乗コースの交通量が多かったというのもあるが、怖さを感じたのだ。筆者は大型バイクにも乗るのでスピードそのものが怖いわけではない。不安を感じた原因は、乗車姿勢だ。バイクなら、両足で車体をしっかりと挟むことができる。原付スクーターも、シートに座り、足を踏ん張ることができる。一方、電動キックスクーターは姿勢が自由すぎるのだ。体を支えるのは、ハンドルを握る両手と両足だけ。例えるなら、電車で座っているときと立っているときの違いのようなもので、立っているときはつり革にしっかりつかまり、足でバランスをとらないとよろけてしまう。
これが時速30km以下ならほとんど問題はない。ところがそれ以上の速度域になってくると、体にかかるG(加速度)も大きくなる。特に難しいのがブレーキで、そのままグッとブレーキをかけると体重の大部分がハンドルにかかってしまい、前につんのめりそうで不安になる。もちろん感覚的なもので、おそらく実際は大丈夫なのだと思うが、公道で試すわけにもいかない。
時速50kmからのブレーキングはバイクでも難しく、フロントブレーキをかけ過ぎて転倒というのはよくある事故のひとつ。だからバイクの免許を取るときは必ず急制動の練習をする。電動キックスクーターでもそこは同じで、きちんと練習してから乗るべきだと感じた。おそらくしっかり腰を落とし、重心を後ろにおいてブレーキをかければ、急制動もできるだろう。誤解の無いように書いておくと、ZERO10Xのブレーキ性能自体はしっかりしており、前後ディスクブレーキの効きは十分安心できるものだ。
最適解はZERO9、でもZERO10Xは走る楽しさがある
改めてZERO9に乗り換えてみると、軽やかで自由自在に操れる感覚がある。まるでレーシングカーからコンパクトカーに乗り換えたような気軽さだ。電動キックスクーターを日常の移動手段として捉えるなら、このくらいのスペックが最適解なのだろう。つまり最高速度は時速30km以下、重量は20kg前後といったあたりだ。
今バイク業界では、長らく庶民の足を支えてきた原付一種(50cc以下のバイク、スクーター)が危機的状況になっている。日本自動車工業会によると、30年前は100万台を超えていた販売台数が、2019年には約13万台まで縮小。バイクメーカーも採算が取れないような状況に追い込まれている。だが普通自動車免許で乗れるパーソナルモビリティとして、生活や仕事のために原付一種を必要としている人はまだまだいる。そんな原付一種の枠に、ZERO9のような小型電動モビリティはぴったりとフィットするのではないだろうか。
一方、原付二種枠のZERO10Xは、日常の足としては完全にオーバースペックだ。低速で走っている分にはパワーや車体に余裕があり、安心感も高い。だがその性能をフルに発揮させるには、それなりのスキルが必要になる。筆者は短時間の試乗では乗りこなせなかった。だが、乗りこなすことができるようになれば、刺激的で楽しいだろう。圧倒的なパワーと(バイクと比べれば)軽量で安定感の高い車体があるから、「走る楽しさ」を感じられる。大型バイクと同じように、趣味性の高い乗りものだと思う。SWALLOWの金氏も「ZERO10Xはもっと速いのに乗りたい、走りを楽しみたいという人に向けたニッチな製品」と捉えている。
街乗りで便利に使いやすいZERO9、そして走りを楽しむ趣味性の高いZERO10X。こうして電動キックスクーターの選択肢がどんどん増えているのはすばらしい。glafitのLOMや、以前TDでもレポートした最高時速75kmの電動バイクSUPER SOCO TCも含め、エンジンの時代には考えられなかったような形の乗りものが次々と登場し、電動化時代の乗り物がいよいよ楽しみになってきた。