ナンバープレートを覆えば自転車に変身
普段は50cc以下の原付一種だが、ナンバープレートを専用カバーで覆うと自転車として走れる。そんなモビリティが実現した。
日本の道路交通法上、状態によって車両区分が変わる乗りものは、これまで存在しなかった。そんな規制の改革に挑戦し、見事に先例を作ったのがTDでもおなじみの和歌山発スタートアップ、glafit社だ。過去には、GFR-01やLOMのレポートを紹介している。
同社の自転車型電動バイク「GFR」シリーズに専用オプションの「モビリティ・カテゴリー・チェンジャー(モビチェン)」を装着することで、原付バイクと自転車を切り替えられることが20年10月に認められ、21年7月に警察庁の通達が発出された。つまり、今回晴れて自転車モードで公道を走れるようになったわけだ。モビチェンは未発売だが、プロトタイプを装着したGFR-02があるということで、さっそく試乗させてもらった。
なお、モビチェンの発売時期は今年秋の予定。今回試したプロトタイプは、形状や操作方法は製品版と同じものだ。価格は未発表だが、同社代表取締役CEOの鳴海禎造(なるみ・ていぞう)氏は「誰でもオプションとして買いやすい価格を目指す」という。既にユーザーインタビューも進めており、ある程度の価格のめどはついているとのこと。まず秋にGFR-02用のモビチェンを発売し、その後GFR-01用のモビチェン開発を進める。
GFR-02は、一見するとコンパクトな折り畳み自転車そのもの。バッテリーはフレーム内に内蔵されていて見えない。後輪のホイールに装着されたモーターも小型なのでほとんど目立たない。よく見るとバックミラーや小型のウインカーが付いていることに気づくが、自転車との最大の違いはリヤに装着されたナンバープレートだ。
自転車モードとして走るときは、モビチェンのカバーでこのナンバープレートを覆う。カバーには自転車マークが描かれており、自転車モードであることが直感的に分かる。
原付バイクモードから自転車モードに切り替えるには、まずハンドルの操作パネルで電源をオフにする。次にナンバープレートの左にあるモビチェンのボタンを2、3秒ほど長押しし、青いライトが点灯したら反対側にあるボタンを押しながらカバーを引き上げる。ちなみに電源が入った状態ではモビチェンのボタンにはロックがかかり、押すことはできなくなる。一連の操作は、あえて一度降車し、両手を使わないとできないように設計されている。どちらのモードで走っているのかを明確にするためだ。当然、走行中に瞬時に切り替えて取り締まりを逃れるようなことはできない。
自転車モードから原付バイクモードに切り替えるときは、同様の手順で両側のボタンを押し、カバーを引き下げる。カバーは自然と下に落ちるので、こちらの方が操作は簡単だ。なお、自転車モードのときは本体の電源が入らないしくみになっているが、モード切り替えボタンを押せばライトは点灯できるので、夜間走行も可能だ。
原付バイク→自転車の切り替え#glafit
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#モビチェン— Toru Izumoi (@izumoi) July 11, 2021
自転車→原付バイクの切り替え
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名実ともに「ハイブリッドバイク」になった
さっそく、自転車モードで走行してみる。今回試乗した有楽町駅周辺は、自転車も通行できる自歩行者道(自歩道)が整備されており、一方通行の道路が多い。自転車モードが活躍する場面が多いエリアだ。
走り出そうとしてまず困ったのが、ヘルメットの扱いだ。原付バイクモードのときはヘルメットの着用義務がある。安全性を考えれば、頭頂部だけをカバーするハーフヘルメットではなく、頭部全体を覆うジェットヘルメットをかぶりたいところ。だがジェットヘルメットはサイズが大きく、リュックなどに収納するのは難しい。
仕方なくかぶったまま走行しようとも考えたが、バイク用ヘルメットを着用したまま歩道を走ると、周囲の歩行者にいらぬ誤解を与えてしまいそうだ。通気性があまり良くないため、ペダルをこぐとヘルメット内が蒸れてきて不快だ。GFR-02は自転車用のパーツを取り付けられるので、カゴや荷台を取り付けてヘルメット置き場にするのがよさそうだ。
自転車モードでの走行は、普通の折り畳み自転車と同じ感覚。ペダルが重いということもなく、すいすいと走れる。ただし変速機がないので、上り坂はあまり得意ではなさそうだ。街中を走るときは、自転車モードはとにかく気楽。一方通行の標識には大抵「自転車を除く」と補助標識が付いているので、どこへでもさっと入っていける。車道が危なそうならさっと歩道へ退避できるし、もちろん自歩道も通行できる。
バッテリーが切れたときも、自転車モードの出番だ。実は従来のGFRシリーズは、バッテリーが切れてしまうとペダル走行すらできず、押して歩くしかなかった。というのも原付バイクはヘッドライトやウインカーが光らない状態で走行すると、整備不良と見なされてしまうからだ。モビチェンを取り付ければ、万が一バッテリー切れになったときは自転車モードにすれば、自転車として乗って帰ることができる。ようやく当たり前の状態になったと思う。
ちなみにモビチェンの操作には多少の電力が必要で、完全にバッテリーが切れてしまうと動作しなくなってしまう。そこでモビチェンには外部給電のためのUSBポートが設けられており、緊急時はモバイルバッテリーから給電して操作できるようになっている。
原付バイクモードでの走行は、スロットルを回すだけで時速30km前後まで加速してくれる。平地でも上り坂でもペダルをこぐ必要はなく、長い距離を走るのも楽チンだ。モビチェンによって、原付バイクならではの快適な移動と自転車の小回りを併せ持ち、名実ともに「ハイブリッドバイク」になったと言える。
日本のモビリティ全体にとっても大きな一歩
さて、今回の「車両区分を変化させることができるモビリティ」は、単にglafit社にとって意味があるだけでなく、日本のモビリティ全体にとっても大きな前進だ。
小さく軽く手軽に乗れる小型電動モビリティは、これからの日本の「ラストワンマイル」を担う重要な交通手段となる。都会では、密を避けながら電車の数駅分を移動できる乗りものとして、シェアリングサービスがますます普及するだろう。郊外では、軽自動車に代わり半径数kmの日常の移動を担う存在になるかもしれない。現在の法制度の元では免許が必要だが、将来的には年配の方の免許返納後の移動手段としても適している。
だが大きな問題は、現在の道路環境が小型電動モビリティを前提としていないこと。幹線道路でクルマに交じって時速20〜30kmの低速で走ると、速度差が大きすぎて危ない。かといって歩道を走り回られては、歩行者が危険だ。本来なら、トヨタが東富士に建設中の実験都市「Woven City」のように、高速で走るクルマ専用、低速モビリティと歩行者用、そして歩行者専用と、3種類の道路を作るのが理想的だろうが、インフラを変えて行くには時間がかかる。
そこで、今回の「車両区分を切り替えられる」モビリティの出番だ。幹線道路では自転車、安全な道では原付バイクと、環境に合わせてモビリティ側が柔軟に変化できれば、既存のインフラの中でもより安全で、より使いやすいモビリティを作ることができる。
現在、「車両区分を変化させられるモビリティ」として認められているのは、モビチェンを取り付けたglafitの「GFR」シリーズだけ。だが今後、「走行中の切り替えはできない」「人力モード時はナンバープレートが隠されている」など、警察庁が定める要件をクリアできれば、他社からも同様のモビリティが登場する可能性は大いにある。
さらに、車両区分の切り替えは自転車と原付バイクだけとは限らない。例えばLuupが開発中の、「乗る人の状態によって歩道走行と車道走行を切り替えられる4輪電動キックスクーター」も実現できる可能性がある。
glafitの鳴海CEOは発表会の席上で、「バイクと電動アシスト自転車」との切り替えにもOKが出たことを明らかにしている。ただ、電動バイクと電動アシスト自転車の切り替えは技術的にも難しいとのことで、モビチェンのように後付けオプションで対応できる可能性は低そうだ。もし実現するとしたらまったく新しいモデルとして発売されることになるだろう。
実は、約2年前に書いた「GFR-01」の試乗レポの締めの小見出しは、「ペダル走行時は『自転車扱い』になったら最高!」だ。そのときglafitバイクに試乗して筆者が感じた課題を、glafitはたった2年で見事に解決してしまった。正直、書いているときはこんなに早く実現するとは思わなかった。国を動かし、規制を変えるのはあまりにも高いハードルだと思っていたのだ。いや、実際に高いハードルだったと思うが、あきらめずに挑戦したglafitの皆さんに敬意を表したいと思う。